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観月の偽日記

『おばけ』

やれやれ、
大変な風が吹く日であったの。

せっかくのおでかけが
えらいことになってしまった。
玄関を一歩出たそのときから、
兄じゃや姉じゃたちは、家族を守ろうと命がけ。
さくらはせいいっぱいのおめかし、お気に入りのワンピースが
食堂との往復で、すっかりびしょびしょ。
がっかりしたやら、怖いやら、半泣きで、
それでいてお子様ランチは残さずぺろり。
家に帰ってきて、濡れた体を温めるために風呂に入ったときも
こわかったー、と兄じゃにしがみついておった。
怖がりの家族たちには、なかなか過酷な一日になったようじゃな。
しかし、大人しくしているならまだ安全なほうで、
手に負えなかったのは、
このめったにない暴風と雨に
気分が盛り上がって、
水溜りに自分から踏み込んで跳ねるなどの奇行をとる
元気な子供たち。
わらわはもちろん、
元気なほうじゃ!
風の子じゃ!
今日のためにおろしたはかまも、
だいぶ妖怪退治の修羅場を潜り抜けてきたみたいになってしまった。
お疲れさま。
いつもの癖で、すそをひきずるはかまでないのはまだよかった。
これで体が冷えたわりに、体調を崩さなかったのも
神仏の加護じゃ!
お風呂のおかげもあるかの。
うちの風呂場には、いい神様がいついておるようじゃ。
家族食堂で、甘味まで追加注文して
栄養を取ったおかげでもあるやもしれぬ。
ん、何かおかしいか?
家族食堂。
舶来の言葉は、なかなか使い慣れぬ。
同様に、舶来の文化も──
しかしお店のお勧めらしく大きく紹介されていた
きれいなアイスの盛り合わせを今日は注文してみた。
堪能したぞ。
甘いものを買ってもらえるのは幸せじゃ。
子供に生まれてよかった!
舶来の習慣も、あんがい悪いものばかりではない。
いいものじゃ、あのようなお店も。
それで、わらわも敬意を示して
きちんと正しい名前を覚えるとしよう。
この際だからの。
ふぁ、
ふぁみ
ふぁみれ、
す、
じゃ!
それからな、お勉強したぞ。
ふぁみ、は家族のこと。
わらわたち全員のことじゃ。
この天気で、兄じゃや姉じゃたちには苦労も多かったようだが
また家族で行きたいのう。
帰ってきたら、まるで長い旅行から帰ってきたかのように
大勢で声をそろえて
やっぱり家が一番落ち着くな!
たった数時間のおでかけだったが、
家族みんなにとって、ずいぶん強烈な体験になったな。
過激な思い出の一日、みなそれぞれに楽しんだかの。

それにしても、
疲れて帰ってきたのだから、ゆっくり休めばいいと思うが。
あともう少しで春休みも終わりになるから、
じっとしていられないか。
ヒカル姉じゃは、録画していた野球を観戦して
目を潤ませては、
興奮を抑えきれない様子で
もうれつな速度の腕立て伏せを繰り返しておった。
それから、大きい子も小さい子も混じって
この春休みに楽しもうと買い集めた本を片付けなおして、
先日読んだ、
まだ読んでない、と話は弾む。
短いはずの春休みなのに、
ずいぶんいろいろな場面を
めいめいが辿ってきたかのように
語り合ったものじゃ。
しかし、誰が選んできたものか
おどろおどろしい気配を放って混じっていた一冊が、
悪い予感をかきたてる。
聞けば、わらわが異界のものを好むだろうと
一緒に楽しみたくて、買ってきたとか。
うむ、わらわはあやかしに強いぞ。
しかし、それは修行を積んできたからであって、
まだ知らぬ領域を集めた
世界の怖い話の本は
わらわの修行では、なかなか及ばぬ。
科学の発展によって改造された恐ろしい生物、
夜空の彼方より飛来する未知の侵略者、
そして文明の機器がとらえた理解困難な異常、
あの心霊写真とやら。
吹雪姉じゃが言うには、カメラに詳しい人なら
たいてい原因は見当がつくそうな。
しかし、吹雪姉じゃもそうらしいという話を聞いただけで
カメラに詳しくはないので、説明してはもらえなかった。
わらわが見るに、これはおそらく──
怨念というには、印刷物やフィルムから感じるというものでもないし。
うーん、不思議じゃ!
よくわからなくて、
怖いのう!
実は兄じゃ、
わらわは今日、ふぁみれす、に行って
どりんくばあ、を生まれて始めて体験して
わんさかジュースが出てくるぞ、
裏の山からジュースの井戸でも掘り当てた
ジュース長者のお祭りか何かなのか、
と、面白がって飲みすぎて、
夜寝る前にごふじょうに行っておかないとまずいと
わかっているのだが。
あいにく、こんなときに限ってキュウビまで疲れたようで
気持ち良さそうに鼻提灯を出している。
おそらく、恐ろしいものが相手でも
話せば意外と悪いやつではない。
わけのわからぬものにおびえながらも、なぜか心を惹かれるのは
それが解明可能だと、なんとなく思えるからであろう。
でなければ、不思議の塊である兄じゃに
これほどまで惹かれる理由がないではないか。
家族であれば、いつかは恋人の心のうちもわかるやもしれぬ。
わらわの力の前では、やがて兄じゃの謎はまるはだか。
兄じゃの全てを知ってしまった後は、
今度はわらわの主導で仲良く過ごす時間の始まりじゃ。
そうなれるよう、精進の毎日を過ごすとしよう。
もうちょっと強くなるまでは、わらわが手も足も出ない
えいりあんや、こわいこわい顔のようなしみに
襲われたときには、守ってもらわねばならぬのじゃ。
今夜だけでもいいから、ついてきてくれぬかの。
こわーい写真には、言って聞かせるわけにもいかん。
科学の恐ろしさが相手では、古来よりの闇に対抗する力もなすすべがないが、
家族の愛の前では、その恐ろしさもちっぽけなものになりはてるのじゃ。

観月の偽日記

『夜来たる』

昼と夜の長さが
同じになる
一年にたった二回だけの日。

そして、
これからはだんだんと
昼の時間が長くなっていく。
それでも──
夜がなくなることはない。
暗闇に隠れ住まうものが
行き場を失うことは決してない。
見よ、
夜が短くなるにつれて
闇は熱を持ち
体温を孕むようになる。
深みまで染み込むように、濃厚さを増し
牙を立てるがごとく、夜は人の世に食い込む。
もしもこれが海を渡った
遠い白夜の国であっても
暗がりは消えるものではない。
いずこでも匂いを感じる、
死の気配、
淀む穢れ、
異界は時に山であり、時に森であり
彼らはそこに住むよう定められた。
いかなる神の血を受け継いだか、
異形や異能は、人が知ることのない領域。
われらは、その者たちを祭ることしか許されぬのじゃ。
どこにでもいるぞ。
柳の下や、四つ辻、井戸の底ばかりでなく
武者人形のがらんどうにも
家具の隙間にも
ハイカラなベッドの下にも
ビデオテープの中にも。
どれだけ日のさす時間が長くなろうと、彼らはどこかで跳梁する。
なぜならば、
それが実在するものだからであろう。
理知の目には見えぬとも、
気がついたとき、どこかに必ずいる。
短い夜に密集し、
濃い影の内部に凝縮される。
いかにも、夏の夜に怪を語るわけじゃ。
おそれ、うやまい、怯えながら
身の無事を乞わねばならぬのだから、
その知識を得るために。
わらわのような、少し心得のあるものだけが
少しやんちゃをしすぎたモノノケをつかまえて
こら! いかんぞ!
と、こらしめるくらいが関の山。
なーに、
この役目も、言うほど恐ろしくもない。
あやつらも臆病者で、好んで人を襲うことはあまりない。
つきあってみれば、なかなか話が分かる。
このキュウビのように、何かと力を貸してくれる
かわゆらしいものもおるしの。
時にはのさばる連中も多いが
この家にはわらわがいるし、
兄じゃも心強いし。
なんとかなる。
消し去ることはできぬ、古き友。
これからはじまる熱き夜を、共に堪能していきたいものじゃ。
どこにでも見つかるからの。
探さなくても、向こうからやってきて賑やかになるであろう。
おっ!?
これは!
兄じゃ、動いてはいかん!
なんというものを連れて来たのじゃ、
その肩にあるものは!
心配しなくとも良い、わらわがついておる。
そっとかがんで、
接吻するように
近づいておくれ。
ほれ、
うまいこと取れたぞ。
小さな子でも、頼りになるであろ?
これがついておった。
桜の花びら──
家に持ち込んだら、また掃除が大変になる。
春風姉じゃは、こないだ青空の汚れようを見て
もう、男の子みたいに元気なんだから!
おうちにはもう、男の子はお兄ちゃんがいるのにね!
王子様ったら、いつも元気です!
きゅん!
とのことじゃ。
しかし、青空にしとやかさを求めるのは、もうちょっと育ってからじゃな。
この季節は家中、掃除の仕事で大騒ぎ。
新学期に向けて、部屋の整理整頓が大変らしいぞ。
わらわのような幼稚園組も、
掃除の先輩の姉じゃらに教わって、
ちょっと背伸びのお手伝い、小学校仕込の雑巾がけをしておる。
床をはいはい、
おしりふりふり、
しぼりきれていない雑巾で、びちょびちょ。
役に立っておるであろうか?
姉妹が一丸となって、
霙姉じゃの部屋の、密林のような散らかりように立ち向かう。
あの部屋には、どれだけ得体の知れぬものが住んでおるか
想像するだけでもうきうきするではないか。
春分の日というよりは、ひたすら掃除におおわらわであった。
おおわらわと言われても、大きいのか、わっぱなのか、
さて、さっぱりじゃ。
どういうことであろう?
のどかな春先というのも、意外とゆっくりしていられぬものじゃな。
兄じゃも、この騒ぎの隙に妙なものに体を乗っ取られぬよう
日ごろからよく身を清めることを心がけるのがよいぞ。

観月の偽日記

『桜』

古より、巨木はあがめ奉る対象であった。
年ふり経たものは、畏敬すべき魂を宿す。
ましてや、天を突く高さ、大勢の大人が集まってやっと囲める太い幹。
巨大な、不思議な、それは生きるものたちの中心。
いつの世も、偉大なる存在として敬われてきた。

兄じゃは、わらわたちの家族の大きな柱、
中心の巨木であるおのこ。
どれほど偉大な力を持っているのであろう。
わらわたちは、兄じゃの恵みを受けながら
飛び交う蝶か、さえずるうぐいすか、
祭りをする元気な子か、
横でゆっくり育つ小さな幹か、
そのあたりじゃ。
まあ、兄じゃは樹木ではないし、オーラも違う。
山に出かけたときの木々の気配も心地よいものじゃが、
あれはマイナスイオンと呼ぶらしいの。
癒し系じゃ。
兄じゃは家族を落ち着かせるだけではないから、
マイナスイオンは出ておらぬ。
何が出ておるかというと、
わらわが兄じゃを好きになる
謎の力じゃ。
兄じゃから妖怪が飛び出して、わらわの心臓を矢で射抜いたのかも知れぬ。
大きな存在には、そのようなもののひとつやふたつもおるであろう。

霊が宿るのは大きいものばかりではない。
芽を出したばかりの双葉であっても、偉大な生命力に満ち満ちておる。
小雨姉じゃの手入れする花壇には、今日も不思議な力がいっぱいじゃ。
また、巨大な岩も、鬼も、崇拝を受けてきた。
であるならば、花壇の小石も、角がある小さな虫も、力に溢れていることは疑いない。
毎日青空が新しい虫を発見して喜んでおる。
小雨姉じゃは、どんな虫も殺せなくておろおろしておる。
のどかな春。
生き物がこぞって動き出す気配。
そんなこの頃の、尊敬すべき巨木は
やっぱり、あれじゃな。
桜じゃ!

桜の花がなぜあんなにきれいに咲くか、
兄じゃは知っておるか?
うむ。
桜の木の下には、
実は、死体は埋まっていない。
死肉を食らうあさましいものたちが
桜の木を狙ってくるとは聞いたことがないからの。
桜が美しいのは、
人に見てもらいたいからなのじゃ。
わらわたちと楽しく、一緒に騒ぎたいからなのじゃ。
でなければ、あれほどまでに華やかに咲く理由はない。
あっちの桜にも、
こっちの桜にも、
もうすぐ咲く季節に備えて、
そわそわと化粧や衣装選びを始める
乙女心いっぱいの妖精が集いはじめた。
どこかで見たことのある光景じゃの。
イベントを前にした我が家のあわただしさに、よく似ておるな。

つい先だってより、
九州、四国で開花のしらせが続々と届く。
海晴姉じゃの天気予報によってじゃ。
いま、桜前線はどのあたりであろうかと、気になっていた。
というか、九州や四国とは、どこのあたりじゃ?
吹雪姉じゃに尋ねてみると、
「観月は日本の歴史に興味があるようなので、
 昔の言葉で説明してみましょう」
と言って、教えてくれた。
九州とは、筑紫、薩摩、肥前、肥後──
おお! 知っておるぞ!
そうか、あれのことであったか。
肥後と言えば、
あんたがたどこさ、の手毬歌に出てくる国じゃ。
そうじゃそうじゃ。
あれは九州であったのか。
そう言えば、以前の家族旅行で九州に行ったときには
古い地名はあまり気にしておらなんだ。
惜しいことをしたの。
肥後と言えば、確か他にも
ガラッパがいるのは、あのあたりではなかったか?
旅行に行ったときに、会ってみたかったのう。
相撲が得意というから、教えてもらえばよかった。
そうすれば、わらわは小さい体で、兄じゃも投げ飛ばすぞ。
そーれ!
ひょーい!
とな。
でも、まだ出会っていないから
兄じゃ相手の初金星はお預けじゃ!
うーむ、惜しかったの。
ガラッパのほうでも、かわいいわらわに稽古を付けることができなくて
さぞ残念であろ。
今頃は、桜を愛でておるかもしれぬ。
それを言うなら、河童に似合うのは
黄色い桜じゃな!
かっぱっぱじゃな!
河童の花見が、黄色い桜とは
わらわはうまいことを言ってしもうた。
どやぁ。
じゃ!

今日はついに、東京都心で染井吉野が開花したと、
海晴姉じゃもテレビの向こうでにこにこしておった。
近いうち、上機嫌で遊んでくれるかもしれぬ。
その時は兄じゃも一緒にどうじゃ?
いよいよ春も本番じゃの。
こんなにいい季節、わらわも浮かれて
桜の咲いたお祝いじゃ、
おやつの時間に少しおまけもよかろうと
せんべいの袋を開けて
ぽりぽりしていたら
そんなに食べちゃダメでしょ! と
氷柱姉じゃに怒られてしもうた──
どうやら、氷柱姉じゃの春はまだ遠いようじゃな。
おいしいせんべいは、
花見の本番が来るまでの辛抱。
宴のための豪華な料理も、
喜びを彩るゆかいな芸も、
尊く、華やかな
桜の木々と遊ぶ
お祭りの日のお楽しみじゃ。

観月の偽日記

『あさひはよい子』

おお、よしよし。

あさひはかわゆい子じゃ。

ユキ姉じゃは
青空の子守をするのが得意であろう?
わらわも、妹の面倒を見なければいかん、
と思うてな。
よしよし。
怖いものが来たらわらわが追い払うぞ。
キュウビも手伝ってくれるぞ。
わらわでもキュウビでもどうにもならなかったら、
まあ、そういうこともあるかの。
おばけはいろいろいるものな。
あさひも早く大きくなって、いざとなったら自分で何とかせねばの。
よく食べてよく寝て、大きくなるのじゃ。
言わなくてもミルクをよく飲むのう。
うーむ、このままでは、
だいだらぼっちになってしまうかもしれぬ。
なんとも楽しみじゃ!
おや、どうした。
泣いてはいかん。
そんなに泣いたら兄じゃを困らせるぞ。
大丈夫じゃ、怖いものはそんなにたくさんはいないから安心せい。
あさひもそう簡単に怖いものにはなるまい。わらわがついておる。
よし、子守唄を歌ってやろう。

この子泣いたら俵に入れて、
土佐の清水へおくります。
土佐の清水は海より深い、
底は油で煮え殺す。

気に入らぬか?
誰だって殺されたくはないか。
いい子にしていれば守ってやるからな。
守れるものならな。
なーに、あさひには頼れる兄じゃもいることだし
意外となんとかなるであろう。
兄じゃでもなんともならなかったら、
まあ、運命とはそういうものじゃ。
よくあることじゃからの。
わらわと兄じゃがふんばって、あさひを逃がすくらいならできるか。
一人で逃げられるように、早く大きくならねばの。
兄じゃは家族を守れるように、わらわと修行を積まねばならぬ。
まだ泣いておるな。不安なのであろうか?
そんなにオーラの色を悪くしていたら、すぐ食べられてしまうぞ。
別の子守唄を歌ってやろう。

でんでん、ごろばし、ごうろごろ、
マキリコ、とげたが、とげだがよ、
娘いたが、
マキリ持った雪女、
よろたの肉とりね来た。

ますます泣いてしもうた。
すまぬの、わらわではいまひとつ青森の雰囲気が出ぬ。
あの女に教わったのもだいぶ前の冬。
あれほど雪が深くなければ、今時はこのあたりにも来ているであろうに
今年は妖怪がうろつくのもおっくうになる寒さじゃ。
歌い方の問題ではないか。
ああいうものどもに、あさひの世話を任せられぬ。
こんなにまるまるしていると、ぱっくりいかれるぞ。
よく育っておいしそうな頃合じゃ。
まあ、野蛮な鬼はたくさんいるものとはいえ
たいていは偉い神様や修行者が封じておるから怖くないぞ。
なかなか封じられぬ鬼がいたら、
とりあえずわらわもやるだけのことはやるとしよう。
あさひにも身を守る手段くらいは教えておかねば。
神社に行ったら見るべきものを見るようにすれば、
初詣のときにも願いを聞いてもらいやすくなるかも知れぬ。
わらわの願いはよく叶っておるぞ。
兄じゃがいつも遊んでくれるのじゃ。
早くあさひにもいろいろ仕込みたいのう。
ぐんぐん大きくなるのじゃぞ。
少し落ち着いてきたか? まだか?
もっと子守唄を歌ってやろう。
おや、兄じゃも怖い子守唄は嫌か?
今度は普通のものじゃ。

ねんねんころりよ おころりよ
坊やはよい子だ ねんねしな
ねんねのお守りは どこへ行た
あの山越えて 里へ行た
里のみやげに 何もろた
でんでん太鼓に 笙の笛
起き上がり小法師に ふり鼓
たたいて聞かすに ねんねしな

おや、おや。
これは大変じゃ。
あさひときたら、
安心しすぎたのか、お漏らしをしてもうた。
おむつの取替えは兄じゃに任せよう。
もうずいぶん慣れておるであろう?
兄じゃのほうがしっかりしておる。
なにしろ、わらわはまだ5歳。
何事に慣れるにも、少々時間が必要なのじゃ。
ちっちゃなキュウビも、まだこれから育つ。
子供は遊びながら学んでゆくものだが、学ぶことは急いでもどうにもならぬ。
あさひは遊び道具ではない。
遊び相手じゃ。
わらわは、まだお世話も遊びもなかなかできぬが
あさひが大きくなっていくにつれて
いろいろな遊びを教えてやることはできる。
どれ、今度はまた違う趣味の子守唄でも聞かせてやろう。

あさひはよい子じゃ、
かわゆい子。
あさひの家族は幸せじゃ、
姉は優しく数多く、
兄は大きくたくましく、
おまえがいるから喜んで、
おまえと遊ぶと楽しくて、
みんな、みんな、
おまえの成長を待っている。
お前と歌い、お前と眠り、
まもなく話もできるであろう。
もう少し大きくなったら、
手を繋いで幼稚園に連れて行ってやろう。
もう少し大きくなったら、
学校で面白いお勉強をするそうじゃ。
わらわが先に行って、様子を見ておいてやろう。
大きくなれば、
ごはんは見上げるほどのおやまごはんじゃ。
チョコカツカレーもいくらでも食べられる。
さらにどんどん大きくなったら、
下着も選んでやれる、
恋の相談にも乗ってやれる、
姉はいつでも頼りになる、
兄はいつでもおまえを見守る、
おまえもいつでも兄じゃを追いかけ、
いずれ運命が二人を結ぶであろうか。
何が起ころうと、
家族の絆は
どんな妖怪が襲ってこようと、なくなりはせぬ。

早く大きくなれ、
よい子のあさひ。
たくさん遊びを覚えて、待っているぞ。
でも、ゆっくり大きくなっておくれ。
まだまだあさひには、兄じゃは渡せぬ。
わらわは遊び足りぬのじゃ。

外から帰ってきた姉じゃたちはときどき、
手を洗った後で
冷えた手をあさひのほほに当てて暖めようとする。
やわらかそうであるし、触りたくなるのもわかる。
確かに暖かいのではあるが、
あさひがびっくりして目をまん丸にするぞ。
雪女でも来たかと思って、またおもらしするかもしれぬ。
それよりは、わらわと遊んではどうであろう。
手を暖めるには、せっせっせの歌がちょうどいい。
兄じゃも、あさひをあんまりびっくりさせたりせぬように。
あさひは遊び道具ではない、わらわたちのかわゆい妹じゃ。
守ってやらねばの。
それに、育ってからはわらわの遊び仲間じゃ。
あさひをおもちゃにしている場合ではないぞ。
あさひが知らないところへたくさん連れて行ってやらねば。
まあ、その頃にはわらわも少しは力がついているであろう。
きっと、どこへ連れ出しても大丈夫じゃ。
今でもあさひの世話をしたいものだし、
あさひと遊んでやりたいが、
まだまだ、兄じゃのおむつ替えの手際にはかなわぬ。
わらわもこれからどんどん大きくならねばならぬようじゃ。
あさひに負けぬよう、よく食べてよく子守唄を聞かせてもらい、
よく遊んでもらおうとしておる
まだまだ小さい
かわゆいよい子の観月じゃ。
兄じゃよ、わらわを早く大きくしておくれ。

観月の偽日記

『きつね色』

チョコレートだらけの
季節が過ぎて、
小さき子らのおやつも、
少し前までは

チョコ白玉
チョコ道明寺
チョコわらびもち

といったものが
ならんでおった。
意外といけるぞ。
きなことチョコは合うし、
道明寺も、一足早い春の知らせのようであった。

ひとつまみの挑戦的な味付けが
宴の座をにぎわせる。
人の世も、
もののけの集まりも、
穏やかな休みはなかなか訪れぬもの。

そんな賑やかさも一段落の、
のんびりした陽気の日じゃ。
たまにはよいの。
兄じゃもいるでの。

目先の変わったおやつにしようと
蛍姉じゃの提案で
色合いも様変わり。
こんがりきつね色の
チュロスじゃ。

卵を混ぜた生地を
搾り出して、油で揚げる。
子供は揚げ物に近づいてはいけないが、
星型の絞り口から
竹串で切りながら油に落としていく
あの工程は、遠目ながらも
なかなかゆかいなものであった。

本場ではオリーブオイルを使うが、
サラダ油を使うと軽く仕上がると
蛍姉じゃのまめちしき。
油の話なら
キュウビは一家言あるやもしれぬが
まあ、油揚げのおやつもないものな。

からりと揚がった
おいしそうなチュロスを
きつね色というが、
キュウビの色は──

こやつ、
本当にきつねか?

これは何の色じゃ?
というか、色がついていないのか。

わらわがもっと、こーんな幼きころからの友達。
普段からわらわを守ってくれる感心な子じゃ。
少しくらい不審でもよかろう。
もし、暴れて兄じゃを食らおうとしたら
わらわがよく言って聞かせるから安心しておれ。
わらわを食らおうとしたら
兄じゃが守ってくれるであろ。

キュウビも立派なきつね色に育ったら、
さとうをまぶして頭からぺろりといけるであろうか?
わらわがあと千年もすれば、それだけの霊力が身につくかの。
成長してどうなるかはまだわからぬ。
このキュウビも、わらわもじゃ。
あんがい、わらわのほうがおいしそうに育つやもしれぬ。

夜食にレンジでチュロスをあたためて
寒い夜の見回りを、
とりとめもない話をしながら
兄じゃと過ごしたいものじゃ。
兄じゃは、わらわがおいしそうに育つと思うかの?

レンジでチンするときには
金のついた食器はいかん。
五行思想にあるとおり、火は金を剋す。
金には古来から魔力があり、小人や竜や、異形どもの運命を弄ぶ。
レンジをつかさどる一つ目の火の神様は
金を嫌って火花を散らすぞ。
というのはうそで、
科学の進歩がもたらした便利な技術じゃ。
神代を尊ぶわらわのような子も、現代技術の進歩にあずかる。
ラララ科学の子じゃ。
いい時代に生まれたものじゃの!
兄じゃもいるでの。

いま疑問にも思ったのじゃが、兄じゃよ。
キュウビをレンジに入れたらどうなるかの──
もちろん、うそじゃ!

観月の偽日記

『バレンタインの妖怪』

どろどろとうずまく
邪念がすっかり祓われた
節分の行事が過ぎて
まもなく、

何物にも邪魔されぬ
純粋さを伝える
バレンタインがやって来る。

よく出来ておるものじゃ。
和洋折衷が果たした妙な偶然。
妖怪をめぐる文明開化といえよう。

海を渡ってきた習慣が
時間とともに受け入れられ、
変容を繰り返しながら
人々の生活と融合を果たしていく。
伝統文化として伝えられ
人の心の支えになる。

多くの文化がたどってきた道のり。
いつかは、バレンタインを取り入れた文化が
古来からの伝統と尊ばれるのであろう。
その日、人々が思い浮かべる古来とは
わらわが正直な気持ちのまま
過ごしてきた時間に他ならない。

伝統は残そうとして残るものではなく、
ただ自然と伝えられていくものゆえに。

だが、変容していく風習によって
闇に隠れるものたちも変わっていく。

夜の暗がり、
深い森の中、
日の差さない場所でしか生きていけない異形のもの。
古い風習に寄り添うことで、己を繋ぎとめるものたち。

彼らはそうあるように生まれ、そのためだけに形を変えて長らえた。
人の目にうつらない小さな姿も、見上げるほどの怪異もある。
暗がりに潜んで生き、やがて、器用に自分を変えることなどできないまま
古い風習とともに滅び──

時代は変転し、
また新しい異形が
語り伝えられるようになるのじゃ。

バレンタインの妖怪とはどのようなものかの。

思いを伝えようとする情念。
届けたい思いと届かない無念が混沌を成し、
甘いチョコレートすら、呪物と化していく。
おお、おそろしや。
早くわらわの腹に放り込んで浄化してしまわねば。
これからしばらく、試食を任せてもらうことになろう。
楽しみじゃのう。
だが、甘いものの食べすぎは体によくないかもしれぬ……
兄じゃは本番までおあずけじゃ。
今回は、祭りの準備はおなごの役目。
寂しくとも、男はこらえて我慢の子じゃ。

ところで、
このごろよく見かける小さきものは
やけにふわふわしておるな。
やわらかそうな真っ白な毛玉が
風もない穏やかな暗がりを
気ままに飛び交い、ゆかいに転がり
行ったり来たり。

恋の波間に漂う、浮気の虫かの?
人のこころは、とらえておかねばすぐに変わってしまう。
恋慕の情を食らい、運ぶ小さな虫たちは
いつでも気まぐれにうろつき、
行く先は予想も理解もかなわぬ。
なまなかな感情など、
あのようなものに狙われたなら、すっかりふぬけてしまうぞ。

兄じゃよ。
いざというときには、
しっかり誠意を見せるのじゃぞ。

兄じゃが望めば、わらわも家族みなも
ふらつくこともなく、繋がっている。
離れられないよう、伝統のものたちが守ってくれるであろう。
だが、ちょっと浮気な心を起こしてみたら
人の気持ちはどこへ向かうか分からぬぞ。
まあ、いざという時は、わらわが兄じゃの味方について収拾に当たろう。
何かあったときに備えての、日ごろの精進潔斎じゃ。

兄じゃ、わらわがいつも清らかな気持ちであるように
どうか協力してくれぬか。
バレンタインなどなくても、男は気持ちを伝えてよいと聞く。
不安な恋の妖怪も、
チョコレートが大好きな子供の困った食生活も、
兄じゃの態度ひとつによって、すぐに闇の奥へと
逃げ帰ってしまうであろう。

観月の偽日記

『弓』

あずさ弓、
ま弓、つき弓──

よい子の遊びには貴賎なく、
浮かれる騒ぎに上下の差はなく、
わらわくらいの年頃ではまだ、駆け回るだけで充分に世を楽しむもの。
果たして三千世界の余興と歓楽、何が子供の気を引くであろう。
青白の和幣を枝に折りかけて舞うてぞ開く天の岩戸──と、いうでもなし、
ただここにある、膨らむ胸と小さなおしりは、
幼稚園で教わった歌と踊りに震えるものじゃ。

雪が積もるも嬉しいもの、降らぬもまたよき趣向。
あまり積もれば、麗姉じゃはまたへそを曲げる──
平常運転がままならぬもまた、おもしろかりし、
そう言って割り切ることのできぬ麗姉じゃの趣味もまた、興あるもの。
品ももとめず、品ももとめず。

しかし、今年の雪はどうなっておるのか、
夕凪姉じゃが潜って泳いで大笑いして家族一同つられて大爆笑するほど積もったこともあれば、
時には心配していたほど積もらぬようでもある。
気まぐれというのか、時と場所によって思わぬ差があるというのか、
どこかに、風神に捧げる俵でも積まれたものか。
神も昔は人と言う。あるいは、風神もあんこを好むものかの。
うむ、どのような神饌が捧げられたとて、わらわの姉妹の誰かが喜んで持っていってしまいそうじゃの。
なに、神を敬う真心が何よりのもの。海のものから山のものまで取り揃えることもない。
おけ、わらわの家族が寒い季節も健やかであれと
榊を取り垂でよ。
おけ、本文たる学業を収めよと、我が家の学生たちに、知恵の黄金が降り注げと
篠を手ぶさにとるがよい。
おけ、たとえ多くの望みが叶わずともくじけずいられるように、
ここにしかいない大事な家族たちがどのようなときも助け合っていけるように、
いつまでも家族の愛が変わることなく続くように、
弓を、剣を、鉾を神前に立てるがよい。
そして、冷蔵庫のあずきゼリーが早く固まるようにと神棚に米粒を捧げ、
夕食の好みは我が家の誇り、蛍大明神に相談し、
献立の参考にしてもらうとともに、お手伝いを楽しく過ごせばよい。
わらわは、時には手巻き寿司の気分じゃ。

そういうわけで、雪ばかりか、どのような寒さも風も関わりなく、わらわは健康じゃ。
いくらなんでも、子供とはここまで風の子だったであろうか、と
このごろはあのヒカル姉じゃでさえも自分を棚に上げて感心するほどの
暗く冷たく、しかし小さな子の心を浮き立たせる、冬の寒い日。
早く日が暮れるから、力が有り余っているのであろうか。
裸踊りで天照大神を呼び戻すでもなし、
上着を放り出すまで飛んだり跳ねたりするのはどういったことか?
兄じゃ、今日も日が暮れてもずっと、眠り込むまで相手をしてもらうぞ。
嫌だといっても、子供だからきかぬのじゃ。
なんだかんだで兄じゃは付き合いがいいからの。

あるいはこの日は、今日もまた褻衣の日よ、平常運転と言えるかもしれぬ。
例え今日が大雪であったとしても、馬鹿天気に裸で踊りだそうと変わらぬ。
家族がいつでも兄じゃに集まり、愛する気持ちを伝えようとにぎやかに、だからあたたかく──
遠くから、麗姉じゃの笛が平常運転を告げておる。
もうすぐ姉妹たちが遠慮なく集まってくるぞ、
遊んでもらいたいのはわらわだけではないのも、いつもの通り。
何があっても喜びと愛だけは変わらずにあり続ける、すべ神のよき日じゃ。
今日も兄じゃは、なかなか寝かせてもらえぬようじゃな。


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