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麗の偽日記

『スケジュール』

起床は朝6時。

日課のラジオ体操と
いつもの朝食の後──

午前中の涼しいうちに
済ませておく、一日分の宿題。

一日分が計画通りに行かない
不測の事態があったときのために、
余裕をもって見積もった配分。
それでも、夏休みが終わる前に
だいぶ日があるうちに終わるように
しっかりと見越してある。
抜かりはないわ。

計画通りに過ごすのが
人間らしい生活よ。
油断したら、すぐにだらけてしまう
夏休みに潜む、悪魔の誘い。
といっても別に、家族のみんながだらけていたって
私が何か言うことじゃないし
言ったってあまり効果はないし
好きにすればいいけれど
私は自分の立てた計画通り、
きちんとした、それなりに後悔のない夏。
決めたとおりの生活をするの。

と願っていても
なかなか思い通りに行かないのが
家事の問題。
普段から、家のことはみんなで分担して
お手伝いしている。
時間があるお休みならスムーズに行くかと
思いきや。
なまけきって
緊張感をなくして
遊びに時間を使って
夕日が差すまで怠惰をむさぼり
とうとう
忘れ去られてしまう
お手伝いの大切な仕事。
放って置かれた
食事の下ごしらえが、
放り出されたお風呂のブラシが、
私たちのスケジュールを狂わせ
堕落へと誘います。
このままにしておいたら
どうなるか、わかったものじゃないわ。
こんなことになるなら夏休みなんて望まない、と
休日というものの意義を疑う事態よ。
やっぱり、
規則正しい生活でなくては。
自分を律する気持ちが大事だわ。
何事も、行き過ぎないこと。
抑制の効いた行動が取れるか、
わが身を省みるところから
私たちの日常は始まるべきです。
そうよ。
そうは言っても
怠惰はたしなめられるとしても
現状、しわよせが来ている分野を
急がせてしまうしまうのはお門違い。

やるべきことは、
今更、だらしのない生活を責めたり
過ぎた時間を悔やむことじゃなくて──
自分が何をするべきか。
今日のおやつのホットケーキは、
家事で忙しいホタ姉様の負担を減らしたくて
任された私の仕事よ。
大丈夫。
化学の実験と同じようなもので
分量を計って正しく作れば
失敗するわけがないと、吹雪ちゃんと協力して作ったの。
結果としては、
これは化学の実験ではなかったけれど。
でも、多少は技術が要求される場面があるというだけで
将来的には、調理器具の発達によって
解消される問題だろうと、吹雪ちゃんと話し合ったわ。
とにかく大丈夫。
製作手順は間違っていなかったのだし
味に問題はないと思う。
ただちょっと、焦げた部分と生焼けの部分を取り除けば
おいしく食べられるはず。
まあ、あんまり人気はなかったけれど──
見た目が悪いといけないのかしら。
あなたは、どういうつもりだったの?
焦げた部分が好きなの?
生焼けの部分が好きなの?
両方が好きなの?
今後リクエストされても、そんな期待には応えられないと思うけど。
毎日作っていれば、嫌でも上手になるって
ホタ姉様が言ってくれた。
みんなが予定通りにお手伝いできれば
私が毎日キッチンに立つことはないんだけど。
明日はどうなるのかな。
みんながしっかりするような
そんな変化が、急にあると思う?

明日のお手伝いの予定は、買い出し。
なるべく焦げないフライパンも探してこなくちゃ。
予定とは違って買い物が多くなってしまったのは
今日の出来事のちょっとした誤算だった。
思い通りに行かない、急な変化ってあるものね。
だからといって、予定通りに過ごさなくてもいいという話には
なりません。
多少は余裕を見込んで、何かあったときのことも考えてあるもの。
少しだけ張り切ってしまった、意外なお疲れの一日。
明日もきちんと起きられるように
早く休むことにします。

麗の偽日記

『不機嫌』

人の趣味は色々。

新しいクラスで数日を過ごして。
去年までの友達も、
よく知らない人も、
少しづつ打ち解けて話すようになって。

よく話題になるのは
趣味のこと。
好きなアイドルに
マンガ雑誌、
よくやるスポーツや
普段の習い事。
花壇の世話についてだとか、
お菓子作りの挑戦もある。

小学生女子の趣味なんて
かわいいものね。
すぐ宇宙の塵なんて言い出さない、
勉強をしたほうがいいなんて知らない。
日記を書いてがんばって仲良くなる必要もない。
ましてや、王子様を求める夢なんて見ない。

ここは守られた女子校、
まだ恋を知らない世界。
そんなはしたない言葉は、なくていいの。
私たちの思いは、まだ閉じられた箱の中。
長い間秘めた感情も
知ったばかりの苦味も甘さも
全部、やっと顔を出し始めたばかりのつぼみ。
興味本位で触れることは
誰にも許されない。
粗野な男なんて、どこにもいなくていいの。
このままでも、ときめきの羽も夢の帆船も充分。
求められる学び舎、
もうしばらく必要な温室。
そうでしょう?

男に同意を要求する理由はないけど。
そういうところなの。
不愉快に我慢する悲劇は
なるべく少なくていい。
たとえ、試練が絆を強くするとか
ピンチはチャンスとか
安易な展開が求められるとしても
私たちの年頃の子は、複雑で繊細で
何も固まっていない、物理的な説明ができない物質。
型にはめる理屈よりは、
広々とした箱庭でもう少し。
健全な心身を育むの。
なんで木花は共学なんかになったんだろう。
男なんかに触れないで学ぶ時間が
必要なんだってこと、
春風姉様の持って行かれる姿を見れば
誰にだって判断できることだと思う。
あの、不要なよろめき。
学習するべき大事なことが足りていないわ。
何か。
つつしみ、だとか。
そんなのが。
なぜないの?
共学校では学べないのかしら。
私は、姉様たちみたいに
男にたやすく気を許す
はしたない大人にはならないわ。
家族だから少しは認めてもいいけど
せいぜい。その範囲。
優しいところがあるから子供たちは喜ぶけど
そんな相手だからって、ふらつきすぎ。
私はこれからも女子校に通って、ちゃんと育つの。
あと2年で、あなたと同じ学校に通うなんてことはない。
その時にはヒカル姉様が生徒会長になって
健全なけじめがついた学校に変わっていると思うけどね。
あなたが退学になると気の毒だから
とりあえず、そこまでは要求しないわ。
ともかく、私が今後も女子校に通える理屈、
何か考えておいてね。
あなただって、こんな妹が一緒に学校に通うと苦労するのは
想像できるでしょ?
私に世話を焼く余裕があったら、
来年から小雨ちゃんを助けてあげてよ。
ね。
それが、収まりどころ。
誰も不幸になってはいけないものね。

魅力的な電車の話を、
学校でもしてみると、
男の人が話し相手にいたらよかったね、だって。
そうでもないわ。
うちにも男の人が一人いるけど、
そりゃ、時々は電車に乗りに連れて行ってもらえるけど。
話し相手になってもらって、楽しいかどうかは
かなり、
疑問!
男なんて、がさつなだけだし。
私の話をわかってくれているのか、どうなのか。
女の子でも、伝わっている気はしないけど。
話し方の問題?
ところで、家族に男の人がいるって言ったら
お父さん? って聞かれた。
お父さんって。
まさか。
こんな頼りにならない人の娘に生まれた覚えはないわ。
お兄ちゃんがぎりぎり。
許容範囲。
やっぱり、ときどきアウト。
しっかりしてよね。
いくら憧れるからって、電車の娘になるわけにはいかないんだし。
同じくらいたくましくなって、とまで願うのは酷だけど。
あともうちょっとくらいは、希望していい?

学校で盛り上がらない趣味の話は、
家で帰りを待っている小さい妹が目を輝かせて聞いてくれる。
誰の、どんな話でも、
電車のこと、
宇宙のこと、
マホウのこと、
恋の話まで。
今のところは、数学の話は人気がないみたいだけど
電車の話も、なにかよくわからないけれどかっこいいものだと
ヒーローみたいな扱い。
まあ、だいたい合ってるから、今はそれでいいか。
もう少し大きくなったら、正しく理解できるようになるよね。
かっこいいならお兄ちゃんみたい? って言い出すの。
子供の言うことは思いがけないものね。
全然違うのにね。
どこをどう混同したら同じになるんだか。
恋の話も電車の話題も似たような扱いの、小さい子たち。
いつまでもその純粋な心を忘れないでいてほしいな。
お兄ちゃんみたいになりたい、って夢と
電車みたいになりたい、って夢が同じらしいのは
私としては複雑なところだけど。

麗の偽日記

『細かいこと』

しょうゆ、
塩、
味噌。

魚介、
とんこつ。

暖かい日が続いて
今年は桜の開花が早い、といっても
なにしろまだ3月。
一日ずっと強い風が吹いて、
夜からは雨も降る
こんな日は、
急に寒くならないか、
体調を崩す子がいないか
家族としては、心配になるところ。
まだまだ小さい子も多いし、
気温を気にせず無茶をしようとする子も、
その無茶に引きずり込もうとする子も──
私はもちろん、
もちろん──
そう、
引きずり込まれる側。
そうでしょう?
家族を巻き込んでいくような
押しの強いタイプじゃないわ。
いえ、それは、ときどきは
まあ、たまには
自分の意見も主張するけど。
だからといって、
春が来たから
露出を増やそう!
なんて、人の趣味も考えず
さらに自分の体も省みず
女の子らしくなりたいと、本能だけで突き進む
立夏ちゃんと比べたら
大人しいくらいだわ。
もう少し自己主張したほうがいいのかな、と
自分でも悩むくらい。
まあ、そういうわけだから
今日の夕飯は、あったかいラーメン。
そんなに寒い日でもなかったけど、
ラーメン好きは我が家にも多いものね。
味付けはというと、
冬の寒さには北海道の知恵を借りて、
札幌名物、味噌ラーメン。
それに決まるまでは多少の議論はあったけどね。
どんな味にだって、それなりの持論を持つファンがついている。
でも最終的には、全員が賛成の方向で決まったわ。
みんな大好きなのね。
日本の味。
味噌っていうと、あれでしょ?
ぬか味噌。
春風姉様と蛍ちゃんがときどき交代でかき混ぜて
キュウリやナスや、漬物にしているやつ。
あれを入れるんだよね。
今日のラーメン。
そう言ったら、
違うよ!
違うよ!
違うよ、麗ちゃん!
味噌だけど!
ラーメンには入れないよ!
そこまで言わなくても。
それはまあ、料理をあんまりしないわよ。
でも、そんな間違いは細かいことだから、いいじゃない。
私、大雑把すぎる人には我慢できないことも多いけど
あんまりこだわるのも、どうかと思うわ。
そんな細かいこと、興味がなかったらわからないし。
もう少し、人に伝えようとする姿勢が必要よね。
相手が当然知っているだろう、みたいな態度じゃなくて
丁寧に、わかりやすく、専門用語も控えて、
根気強くやさしく教えてあげられなかったら
なかなか伝わらないでしょう。

あなたはどちらかというと、大雑把なほうのタイプね。
私の特別に苦手なタイプ。
女の子の多い家で、
ましてや──
繊細な年頃の私たちの前で
平気な顔をして
あんなことも
こんなことも!
男がいるっていうだけで
困ることは山ほどあるのに
それが、気を使うことを忘れた問題児。
仲良しの意味を履き違えて
節度を知らずに
べたべた
いちゃいちゃ。
お手伝いの義務をいいことに
洗濯して、干して、取り込んで。
当たり前みたいな顔をして。
もちろん、お手伝いは当たり前なんだけど。
でも、男って本当にあまりに物事を気にしないで
なんにも考えていないんだって
あなたを見ていると、改めて認識させられるわ。
雑なのは、立夏ちゃんもそうなんだけど
もうちょっと違うような。
どうして、もっとこっちの思うようにしてくれないの?
このくらい、わかってくれないの?
必要なこと、言わなくてもわかってよ。
って言ってると、私のほうがわがままみたい。
違うわよね?
最初から、全然関わらないようにしていればまだマシなのに
それも許されないなんて、ひどい話。
ううん、あなたはどんどんおかしな事件を起こすから、
関わらないで欲しいと願っても仕方ない。
どうしても我慢できないことは伝えるのが、家族の関係。
冗談で聞いただけだし、まさかとは思うけど
あれは本当なの?
靴下を何日も、同じものを履いているって。
匂いが気にならないからって。
まさかね。
ありえないわよね。
いくら男でも、常識くらいはあるでしょ。
常識がないのが、男かもしれないけど。
それに、話によっては、
靴下どころか、パンツまで。
いくら男でも、それはないと信じたいけれど
普段の態度を見ていると
いったい何をしでかすのか。
それから、他にもこんな噂。
あなたが、姉様たちに──
こんなことを確認しても、何にもならないか。
きっと、嘘だもの。

納得いかないことばかりの
男の存在だけど、
でも、ときどき思う。
この人は私の家族。
こんなに不愉快だらけの人間でも、
男にしては、うちの家族で仲良くやっている。
姉様たちが言うみたいに、男の人でなければできない大切なことがあるなんて
私は今でも感じたことはないけれど。
がさつでも、だらしなくても、許せないことが時々あっても
家族として過ごしていけるんだなあって
感心するくらい。
それに、男だからといって何もかも理解不能ってわけじゃない。
あなたも夕飯のメニューに好きなものがあって
ときどき嬉しそうに真剣に食べている。
男でも、おいしいものを食べて嬉しいのは同じなんだ。
なんだか、とても考えられないことだけど、
あなたを見ていると、男も同じ生き物なんだなって変な感覚。
春風姉様の味噌ラーメンは、家族みんなが喜ぶ絶品。
あなたも、よく嬉しそうに食べているわね。
いい歳をして汚い食べ方で、男って嫌だなあと思うけど。
そのくらいは我慢できないほどでもないから、好きにすれば。

麗の偽日記

『憂鬱』

やっぱり
あなたも──

私のことを慰めようと思っているの?
春のダイヤ改正で、
また、私の気分は憂鬱になる。
新しい出会いよりも
切ない別れが重くのしかかるのは、
二度と取り戻せないものが
どれだけ大事なのか、知っているから。
悔やんだって何にもならないことは、わかってる。
前向きにならなきゃいけないのにね。
うつむいてばかりなんて情けない、周りの人にも笑われちゃう。
役目を終えて、誇らしく退場していく車両たちにね。
誰も、無念の思いで去っていく人なんていない。
私が勝手に悲しくなっているだけ。
だけど、
こんな思いを持っていたら、いけないの?

落ち込んでいたって、何かが変わるわけじゃない。
私が本当に電車を愛しているなら
新しいことに挑戦する人たちがいるんだから、応援してあげないと。
いつまでも、同じところにとどまっているなんて
電車にも人間にもできないこと。
そんなことを目指したらいけない。
自分に言い聞かせたところで、
悲しい気持ちがなくなるなんてことはない。

私がしなければいけないことは、
失われた大切なものを忘れないこと、それだけじゃなくて──
それだけじゃなくて。
でも、春が来たから何がはじまるのかって言うと
私には何も喜ぶことなんてないし。

新しいことが始まる変化の季節だからって、
ある日いきなり私の体が人間から電車に進化した、
なんてことは絶対にありえないって、
いくら私が子供でも、そんなことはわかってる。
ありえないと思う。
まずないわよね。
本当にないのかしら?
もしかしたら、広い世界なんだし
たまにはどこかでそういうことが起こっていても──
もちろん、
起こらないことは起こらない。
人間は水の上を歩いて渡ることはできない。
そんなことが起こったらただのトリックだし。
春が来たって、
どんな望ましいことがあるっていうの?
できないことはできないのに。
私が大きくなったら、
今は全然想像もできない方法で
とても無理だと思っていたことを可能にできるのかしら?

それまでに
どんなに悲しい思いをするかもわからないのに
あいまいな未来に希望を託すとか
とてもやっていられない。
でも、儚い願いを繋がなければ
私は一歩も前に進めない。
悲しんでばかりなんて、良くないことなのよね。
良くないことでも──
良くないからって言い聞かせたら、自分の気持ちが変わるわけじゃないもの。

他の人たちは、こんなときにどうするの?
悲しい思いをするのは、世の中に私だけだって
そんなわけはないって
私は知っている。
だけど、どうすればいいのかは誰も教えてくれない。
その痛みは、自分で乗り越えなくてはいけないなんて
その場しのぎのことを言ってごまかして。
本当は、みんなただ忘れるだけなんだわ、きっと。
でも、私は忘れない。
絶対に忘れたくない。
何が何でも、そんなの受け入れられない。
悲しいままでもいい。
忘れて次へ進むなんて、私には無理なの。
私だって時々は、
そうしたほうがいい、
それでいい、
って決めたんだと思い込むときもある。
本気でそのつもりなのか、それともただの気の迷いなのか
ふらふら、はっきりしないまま。

私も、
立派な車両たちみたいに、一生懸命走り続けて
胸を張って引退していくことができたなら
こんなに苦しまなくてすむのかな。
納得行かないって、その時も泣くのかしら。
だいたい、電車になることなんてできない。
銀河鉄道999にでも乗らないと。
しかも、私はどちらかというと
メーテルだってみんなに言われるし。
それは見た目だけなんだけど。
かと言って、鉄郎でもないけど──
まあ、詳しくないから、本当は鉄郎なのかもしれないけれど。
でもビフテキは好きじゃないから、やっぱり違うわね。
男の子なんだから、あなたが鉄郎をやっていればいいわ。
一人で。
私はメーテルにもならない。
よく知らないから、気がついたらメーテルになっているかも。
それはないか。
私がなりたいものは、
たぶん、違うんだけど。
それが何かは、まだ私もわからない。
無邪気に電車の運転士を目指していた幼稚園の頃とは違う。
あのときより、もっとたくさんのことがあって
好きなものが増えて
悲しい出来事がある。

結局、春が来たからって、そんなにいいことはない。
何が起こるって言うの?
ひとつ学年が上がったくらいで、
たくさん電車に乗りに行けるわけでもないし。
横断歩道を渡ろうとしているおばあさんを助けたら
実は鉄道会社の偉い人で
電車乗り放題のゴールドパスをもらえるわけでもないし。
そんなパスないけど。
男嫌いも変わらない。
そんなの、変わるところなんて想像できないし。
何も私の気持ちを変えられないのなら、
このままでいられるように
私を取り巻くものが何も変わらなければいいのに。
変化は何も、私のためにならない。
春が来ても、
七夕のお願いも、
クリスマスプレゼントも、
あなたは、初めて出会った時期を思い出せば
私たち家族に訪れたクリスマスプレゼントだって
姉様たちは時々言うけれど
私は、そうじゃないと思う。
ただ面倒が増えただけ。
私のほっと安心できるこの環境に
よりにもよって男が!
でも、考えてみればうるさい子はうちにもたくさんいるから
もともと安心できる環境というほどでもなかったわ。
賑やかなこの家になじんで、
いつのまにか、最初からいたみたいに
すっかり、全員が認める家族の一員みたいな顔。
あなたが来る前に、誰にこんな話をしていたのか
もう思い出せなくなっている。
私の悲しい話。
一人で大事にしまって、どこにも持って行かない
私だけの秘密だったのに。
聞いてくれて、ありがとう。
こんなつまらない話、すぐ忘れてくれたらもっと助かるわ。

麗の偽日記

『痛くない』

いたたた──

おしりが
痛い──

ううん、
痛くない。

このくらい、なんでもない。
だから気にしないで。

ちゃんと湿布も貼ったし。
湿布特有のにおいがするけど──
誰に文句を言うわけにもいかない。
自分が悪いんだし。

今日の放課後。
帰り道は寒いけど
早く駅にたどり着いて電車に乗れたら
何も気にならないの。
早く、
早く──
駆けて行く心。
自然と急ぐ足。

雪ですべって
水たまりの中へ転んだわ。
傘を放り出して
水しぶきも高く、盛大な尻餅。
まあ、おしりを打ったくらいで怪我もしていない。
泥水の中に転んだけど、服までしみるほどでもなかった。

だけど、本当なら、
寒い日にはそれなりの楽しみがあるのに。
暖房の効いた電車にゆっくり
揺られてみたかったな。
心穏やかに、
どこか少し胸を弾ませて。

こんな寒くて大変な日も
私たちを乗せて、がんばって走っている車両たち。
たとえ私のほうで勝手に
つらいことがあっても、落ち込んでいても──
力強く走るあの姿を見ていたら
泣き言なんて忘れてしまえる。
少しだけでも、私は元気でいられる。

それが、今日は散々だったわ。
いつもは私を歓迎してくれる実直なベルの音。
駅の構内を行き交う車両たちの駆動音。
当たり前みたいに、迎え入れてほしかったのに──
それが、いくら拭いてもまだ泥を端っこに付けたコートで
なんとなく気後れして人ごみに混じっていると、
おしりからじんじん響く痛みがますます責めさいなむようで
情けなくて、悲しくて、
なんだかみじめで。

ううん。
泣いてなんかいない。
鏡を見たって、ほら。
目が赤いのは、おしりを打ったときにびっくりしたから。
私、目が赤くなりやすい体質なの。
初めて言うけど、そうなの。
それだけなの。

おうちに帰ってきて湿布を貼って
姉様たちは、あんまり怪我がひどくなくてよかったねって。
体のどこも悪くしないで済んで。
そんな不注意で車でも来てたらどうするの、
ってかなり怒られたり。
冗談めかして、顔に怪我でもしたらお嫁に行けなくなるかもしれない、
せっかく美人なんだから、って言われたり。
どこにもお嫁になんて行く気はないんだけど。

骨折や捻挫をしなくてよかったとは思う。
怪我がひどいと、きっと家族にも心配をかけてしまうし。
もし入院でもしたら、好きな電車にも乗りにいけないもの。
そうなったら、どうなってしまうか想像もつかないわ。
毎日電車の夢でも見るのかしら?
でも私、いくらなんでもそこまでディープなマニアじゃないか。
まあ、考えても分からないことだし、どっちでもいいわ。

一晩もすれば
こんな打ち身なんて治って、
元気に電車に乗りに行けるはず。
転んだくらいで、めげていられない。
もっと、これからも、
どんな季節でも、
ちょっとくらい体調が悪くたって、全然平気。
好きな電車にいつでも、いっぱい
乗りたい気持ちは果てしないんだから。
いたたた──
このくらい、大丈夫だってば。

天気予報では、晴れだって。
明日は暖かくなるといいな。

麗の偽日記

『あげない』

あなたは、
私からのチョコレートが
ほしい?

春風姉様が言ってるわ。
日頃の感謝を表現するいい機会だから、
チョコ作りに参加すれば?
とかなんとか。

日頃の感謝って、
誰かに強制されて表現するものじゃないと思う。

だいたい、
バレンタインの制度がおかしいのよ。
なんで女性から?
なんで告白?
愛を伝える日があるのは、まあかまわないけど、
だったら他に、日頃の感謝を表現する日を用意してもいいじゃない。
区別を付けてよ!
なんで、
感謝してることと
愛してることが
だいたい同じみたいな扱いなの?

そんなイベント、
参加したくないの。

そりゃ、
家族みんなが参加するって言われたら
まあそういうものかな、
ってチョコも贈るでしょ?
恋愛感情は関係なくやってたけど、
それって、春風姉様たちのバレンタインとは別物だって
やっと気がついたわ。

だから今年は、
私はあなたに
チョコレートなんか贈りません。

手作りなんてするもんですか。
私、
女の子に生まれたかったわけじゃないし、
女の子でよかったと思ったことなんてないし!

もし、私が男の子で
あなたが女の子だったら
こっちがチョコをもらうはずだけど、
私は別にあなたからチョコなんて欲しくないわ。
あなただって、私からなんていらないでしょ?
なんとなくとか、渡すほうももらうほうも空しいだけだし。

春風姉様は、
麗ちゃんも女の子なんだから
今のうちからがんばっておかないと
後になってきっと後悔する、
って言うけど
そんな後悔なんて絶対しないわよ。

あのときチョコをあげておけばよかったとか、
いったい、どんな後悔よ?
それは、あなたには普段からお世話になっていないこともないし、
感謝なんて──まあ、なくもないけど。
日頃の感謝をする日があったら、してもいいし。
でも、それとバレンタインとは別物だと思う。
あなたに愛を告白するつもりなんて、
これっぽっちもありません!

私の心は、私のものよ。
誰よりも、私が一番良く知っているわ。
あなたに告白しなかったから後悔するなんてことは、
どう考えてもありえない。
バレンタインでチョコを渡しておけばよかった
なんて後悔をすることは
未来永劫ありえない。

誰も私のチョコなんて欲しくないと思う。
喜ぶ人なんていないでしょう。
バレンタインに不満を抱きながらとか、そんなの。

家族の愛を伝えるバレンタインです──
なんてのは、
ただ単にバレンタインを楽しみたい人たちの欺瞞よ。
バレンタインって、
そんなイベントじゃない。
愛とか恋とか、
めんどくさい意味があるって
この歳になればちゃんとわかります。

チョコを溶かして、
固めて、
また溶かして、
失敗したら最初の溶かすところから
やり直しとか、
感謝の気持ちでする行為じゃないでしょ!
明らかに好きでやってるでしょ!
お菓子作り自体が好きとか、
贈る相手の顔を思い浮かべて、
喜んでもらいたいからやる気が出るとか──
私には、想像しかできないことだけど、
たぶんそうだと思う。

吹雪ちゃんからチョコ作りの話を聞いたときは、
ふーん、みんな結構科学的なこともするんだ、
だったら鉄道に興味を持てばもっと面白いのにって思って
見に行ったら、
吹雪ちゃんの説明が科学的だっただけで、
実際のチョコ作りはアバウトだったわ。
気持ちで補う感じだったわ。
むしろ根性の塊だったわ。
もう少しで甲子園にいけそうなくらいだったわ。
甲子園は冗談よ。

吹雪ちゃんも、基本は習ったから後はバレンタイン前日まで
キッチンを離れるって。
あんな暑苦しい集団に参加するなんて、誰だってお断りよね。
好きでやってる人だけは別かもしれないけど。

私はクールなタイプだから、
勢いで行動なんてできません。

とにかく、しばらくは、私のことはいないものだと思って。
おやつはもちろんいらないし、ご飯も食べたくない。
そういうわけにはいかないとしても──
家族の意味をひとりで見つめなおすために、
家族から距離を置きたい気分よ。

家族愛っていうのは、別物です。
バレンタインなんかに
私が参加する理由はどこにもないっていうこと、
覚えておいて。

麗の偽日記

『愛って何?』

節分も終わって、
毎日が平常運行。

と、行きたいのに。

まだ家の中は浮ついた感じ。
というか、いっそう盛り上がりつつあるわ。

なんでそんなに楽しみなの?

別に私が、
鉄道イベントに行こうとして
却下されたから
恨んでいる
なんてことは、全然ないけれど──

二月のカレンダーの真ん中に
我が物顔で、でんと居座る
うっとおしい日、
バレンタイン。

日本中があの日を目指して
盛り上がろうとしているようで、
これといって関心のない身としては、
まあ、好きな人は好きにすればいいんだろうけど、
なんで? とは思う。
人を巻き込まないで、とも思う。

そんなに大事なイベントなのかな。

というか、
この日に告白するっていう決まりは何なの?
別に、好きならいつでも勝手にすればいいのに。
好きでも言えない面倒くさい状態なら、言わなくてもいいのに。
愛さないといけない、
誰かを愛する人はこの日を大事にしないといけない、
なんて雰囲気になったせいで、
もう!
ほっといてよ!
って思わない?
あなたに言ってもしょうがないか……

私だって、誰かを愛する気持ちがあることは
わからないでもない。
家族を大事に思う暖かさとか──
そういうのとは、また違う
情熱的な感情も。

誰かのせいで、自分が自分でなくなってしまう。
止めようとしても止められないし、本当はこの気持ちを止めたくない。
顔を思い浮かべるだけで体が熱くなって、
遠くから声が聞こえると鼓動が抑えきれなくなって、
少しでも関係のあるものを見かけただけで意識してしまう。
もう何を見ても関係づけて、思い出してしまう──

大好きな気持ちで、胸の中がいっぱい。
苦しいのに、なぜか心地よい不思議な感じ。
こんな感覚、他の何も与えてくれない。
ずっとこのままでいたい。
永遠が許されないなら、
せめてもう少しだけでもいい。

もう少し、
もう少しだけ──
このままがいい──

あなただって、
何かを好きになったことがあるなら
きっと経験したはずよ。

あなたなら、何があるかな。
蛍姉様のカレー、
春風姉様のラーメン、
蛍姉様のから揚げ、
春風姉様のハンバーグ。

そんなところ?
それとも、もっとときめく何かがある?

私にはある。

誰も彼も、私の気持ちを
それは本当の恋なんかじゃないって言うけど
気持ちが伝わらないから?
相手が人間じゃないから?
そんなの関係ない。
相手に届かなくたって、片思いでいいじゃない。

別に、結婚して一緒に住んで、
あの人の子供を産みたいとか思っているわけじゃない。
できてもしないわよ。

こんなに私の心を激しく揺さぶるものがあるなら、
普通じゃないところもあるかもしれないけど、
それは恋ってことじゃないの?

みんなが言う恋の条件には、全部当てはまってる。
どうして、私の気持ちだけが違うなんて言われるのよ。

もしかして、
男の人を愛するなら、また違った気持ちになるの?
それが本当の恋?

だったら私には一生経験する機会はないわね。
男なんて永遠に嫌いなんだから。

もし本当の恋を知らなくても、
電車を愛するこの気持ちを知ることができて、
何も思い残すことはないわ。

男なんかに血迷うことがあるなんて、
考えるだけでおぞましい。
周りの男なんて、みんな汚らしいのばっかり。

そう、あなたも──

あなたは、特別ひどいじゃない。
主体性がまるでないみたい。
バカじゃないのって思う。
女の子がいっぱいの家に突然やって来て、
いつも騒ぎに巻き込まれて、
ちっちゃい子たちはまとわりつかれるし、
どんな用事でもすぐに駆り出されるし、
ちょっとしたことでからかわれてるし、
家族の冗談を本気にしてすぐにうろたえて、
何にもかっこいいところがないまま
ろくでもない生活をしているのに、
いっつもにこにこ、
何が嬉しいのか
こんなに幸せなことがないような顔で
笑っている。

ほんと、
男ってひどいものね。

ときめくことなんて、ないじゃない。
胸が苦しくなったりもしない。
私が私でなくなったりしない。
ただ、ほんのちょっと
このままでもいいかな、と思うくらい。
よく話に聞いてる愛なんかとは全然当てはまらない
私が、好きなものを思うときとは
ほとんど似ていない。

やっぱり、こんな感じは恋じゃない。
男を好きになるなんて──
そんな気持ち、
私には一生わからないわ。

麗の偽日記

『鉄道イベント』

私、
鉄道イベントは、
苦手、
かも──

やっぱり、
好き、かも──

私も、電車であればなんでもいいってわけじゃないんだし
節操なく何にでもついていくのもちょっとね。

イベントなんてしなくても、
どんな車両も、電車として生まれた以上は、
みんな、期待された役割を果たすもので、
イベントのときにその場限りの注目を浴びるためにいるわけじゃないでしょう。
立派なものだわ……勤勉で、何の見返りも求めず、文句も言わず
けなげに人の生活を支える、滅多に日の当たらない大事な仕事──

私だけが彼の活躍を知っていればいい、
この世界にたった一人だけでも、認めてあげる人がいれば
いいって──
そう思うけど、
だけど、そう思っていても、
わかっていても、
もっとたくさんの人たちに、
彼の本当の姿を知って欲しいと思うことだってあるじゃない?
決まった時間を守って、
求められる役割だけを果たして、
くたくたになって働いて、
利用している人たちにも気がつかないほど表に出ない
そんな真面目な仕事っぷりを、

私だけは褒めてあげたい──
こんなに愛している人がいるんだって伝えたい──

そして、ちゃんと注目してもらえるなら
それは誰であっても尊敬をするに違いない、そういう仕事なんだと
あの人にもわかってもらいたい。
本人はとっくにわかっているかもしれないけれど、本当に、実際にそうなんだって
あなたが思っている以上にあなたを愛する人はたくさんいるんだって
そう伝えることができたら。
イベントって、いい機会じゃない?

霙姉様は、愛情を伝えるには
日ごろのたゆまぬ努力が大事だって言うけど
私はそうは思わない。
どんなに真剣な気持ちを伝えようとしても
伝わらないときには伝わらないものだし──
それに、霙姉様のあれは愛情表現っていうか、
あれが食べたいな、
これが食べたいな、
ゆっくり眠りたいな、
きょうだいをからかって遊びたいな、
っていう
隠すことない欲望のいいわけだし。
まるで動物だわ。
っていうか、赤ちゃんだわ。
そんなことで気持ちが伝わるなら
私だって苦労しないっていうのに、
どんなに好きって気持ちを伝えようとしても
いつまでもいてほしいって言っても
いなくなることを止めるなんて
私には全然無理で──

だから、せめて私だけじゃなくて
もっとたくさんの人が電車の良さに注目してくれたらって思うの。

学校の授業で歌舞伎を見に行ったけど、
知ってた? あのケレン味、娯楽性、物語性、迫力……
みんな電車が受け継いで発展させてるじゃない。
日本の誇るべき文化の歴史、その真実。もっと知られるべきよ。
友達はテレビのアイドルに夢中だけど
すぐ側で走ってる電車がもっと華やかだってことに全然気づいてない。
あの通勤形のラインカラーの制服が
どんなかっこいいアイドルでも簡単には似合わない素敵なステージ衣装で、
見とれてしまうかっこいい仕事着だってこと、
気づいて欲しい、もっとたくさんの人にわかってほしい。

だから、
イベントは苦手だけど、
もっと開催してくれたらいい──

口実にして家族で行けるかもしれないし。
今年も鉄道会社のバレンタインイベントは多いみたい。
家族で行ける手ごろなものは今のところ見つからないけど……

もし、あんまり大人数で行けないようなものだったら
あなたが……
あなたのことを頼りにしていい?
バレンタインの鉄道イベント。

たまに、私と一緒に
電車に乗りに出かけてくれるでしょう?
あなたなら、いつも私を見ていてくれているから──

私が妹たちの引率を
立派に果たせるってことをわかってもらえるように
お姉ちゃんたちを説得してほしいの。
ちゃーんと電車の移動に慣れているってことも
人を案内するのが得意だってことも。

あなたがちゃんと説明してくれれば、
海晴姉様たちだって分かってくれるわ。
バレンタインじゃなくてもいいけどね。
きちんと家族の面倒を見てあげられるし。

私、もう大人です。
そんなこと、
あなただって知ってるでしょう?


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