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氷柱の偽日記

『前日』

いよいよ明日は
家族旅行、出発の日。

で。

夕凪が熱を出して
寝込んだのが
昨日の夜。

というわけで
今日は
運命の一日だったわ。

まったく。
日ごろの暑さやら
このところ集中してやっつけた宿題やらで
疲れがたまっていたのかもしれないけど。

でも、
昨日の夕立ちの後で
涼しくなった日暮れ時に、
外で遊んで泥だらけになった服を
洗濯機に放り込んでから、
調子に乗って
そのまま何も着ないで
パンツ一枚になって
飛び跳ねたり
踊ったり
ベッドに飛び込んで
泳ぐ練習をしたり
していたらしいから。

誰かが注意すると、
そのたびに
いま服を着るところだから!
と、
蕎麦屋の出前みたいな言い訳をして、
晩御飯の時にはもう鼻水をたらしていたわ。
とうとう、ラジオ体操に欠席一回。

私が見つけていたら
おしりをひっぱたいてでも
服を着せていたのにね。
ちょうど、叩きやすそうな格好だもの。

下僕も、水着を着ているときは
同じような半裸なんだから
叩かれたくなかったら
悪さをしないようにね。
どうしてもというときは、
覚悟して。
おしりに気をつけることね。

夕凪は絶対に一日で治すって言い張ったけど、
もしも夕凪の熱が
今日のうちに熱が下がらなかったら、
無理をさせるわけにはいかないし
旅行は中止。

誰かを置いて出かけるなんて
家族旅行じゃないもの。
もし強行して、よけいに具合を悪くしたら
絶対にいけないし。

飛行機やホテルには、
今夜のうちにキャンセルの連絡をしておく
予定になっていたけれど。

気合のおかげか
マホウのおかげか
付きっ切りで見てあげた星花ちゃんのお手柄か、
夕凪にしては珍しく
不満も言わないで
一日中、ベッドで大人しく我慢していた
根性がものを言ったのか、
まさか、
本当に一日で治せるものだなんてね。

今日の夕立で
涼しく、すやすや眠れたのが良かったのかな。

一応、しばらくは様子を見ていてあげて。
本当は、病み上がりの体で長旅は良くないと思うけど
この旅行をあんなに楽しみにしていた夕凪なんだし。
宿題もがんばっていたし。
今日も一生懸命治したんだから。
それに、家族揃っての旅行なんて
誰かがお嫁に行ったり、家の外に出て行ったら、もう無理だもの。
一人暮らしを始めるようなことがあっても
予定をあわせるのが難しくなるかもしれない。
今のところ、お嫁に行く心配は全然いらないけれど
いつまでも続くか、それはわからない、
家族みんながたくさん経験しているほうがいい、
今年も、
来年も、
続いたらいい。
と、思う。
だから、
明日から沖縄旅行開始よ。
しっかり準備はしたんでしょうね?
もし忘れ物があっても、
取りに引き返すことなんてできないからね。

なぜか、霙姉様が持ってきたガイド本は
私がまとめるみたいになって、
いつのまにか計画を実行する
責任者のポジション。
ご主人様の激務が大変だと思ったら、
下僕もしっかりサポートすることね。

予約したホテルは
リゾート地の恩納村で、
一週間の滞在予定。
あっちに行ったりこっちに行ったりとか
頻繁な移動は、
人数と参加者の年齢を考えて、今回は控える判断よ。
あまりぎっしりスケジュールは入れないで、
近場を見て回るくらいの、ゆったり道中になる予定。
夕凪の体を心配したってわけでもなく
最初からの計画通り。
ちょうどよさそう。
麗はモノレールを熱心に調べていたようだけど
空港からホテルへの移動もバスになると思うわ。
あの子が無理を言い出すようなら、その時は
ちゃんと対処できるでしょうね?
それから、あんまり遠くの名所に出かけたいみたいな
お願いも却下するように。
あと、週間天気予報では
那覇のあたりは、旅行中ずっと
くもりか雨らしい。
もしも天気の悪い日に海に出たがるような子がいたら
きちんと言い聞かせないとだめ。
私たちは、沖縄でのんびりするために行くんだから。
いいわね。
旅行先で気が大きくなってしまいそうなときは、
行って帰ってくるだけで冒険なんだということを
忘れないように!
みんなが無事に過ごせるように
がんばらないとね。
もちろん、私のサポートは重要な役目だって、
わかってるでしょうね?

明日は朝早くの出発で、
長時間の移動。
小さい子たちの世話を焼きながら、だから
体力が必要になるわ。
もう家族の誰もへばって倒れたりしないように
下僕も早く休んでおくこと。
これは命令よ。
はしゃぐのはまだ早いからね!

じゃあ、おやすみ。
家族みんなが喜ぶ
いい旅行にしたいわね。

氷柱の偽日記

『大雨』

各地で大雨の被害が出ていると
ニュースでも、天気予報でも注意を促している。
うちでも、いざというときの対策を
話し合っているわ。
災害はどんな形で起こるかわからないけれど
ある程度の予想ができて
備えが可能な限りは、備えておくべきもの。

この家は高い位置にあるし、浸水の危険も少ないと思う。
裏山も崖崩れの心配などはそんなにしなくていい。
もしも大雨が降って、幾筋も分かれるアマゾンの川のように
雨水が流れてきて
そこらじゅうが洪水みたいに見えていても
被害が大きく広がるということはない。
水はけはいいみたい。
自然が残っているほうだからかな。
だから、大雨で大変な事態が発生する心配は今のところなさそう。
もちろん、過信は禁物。
有効そうな対策は、いざというときの避難経路を
確認しておくことかな。
これは、いつでも大事。
それから、もうひとつ心にとどめておく
大事なこと。
情報を正確に把握して、
危険な場所には近づかない。
絶対に。
雨で増水すると、堤防を越えて氾濫する場合もある
大きな川や、海辺。
そういうのは、この近くにはないみたいだけど
もし急な大雨のおそれがあったら、
ニュースをチェックして、危なくなりそうな場所から
すみやかに離れること。
安全が確認できる場所で、冷静に待機。
ましてや、普段と全然違う嵐の風景を
好奇心で見に行くようなことがあったら
柱に縛り付けてでもやめさせなくちゃ。
うちは、台風でテンション上がる子も多いようだし
冒険好きな子も多いようだし。
小さい子は、言い聞かせてもなかなか止まらないものだけど
こればっかりはいくらなんでも。
しっかり見ていなくちゃ。

とは言っても、急に警戒するほど
そんなに降らなかったわね。
この近くでは。
一日を通して、しとしと、降ってはやんで、
気がついたらまた降っているようだわ、っていう。
細く降る雨の気配に
当たり前のような半袖にも少しの肌寒さを感じて、心細いような。
実はそんなこともなく、重ね着をするってほどでもない。
ムシムシした湿度の高さ。
いつ大雨に変わってもおかしくない灰色に垂れ込めた雲。
今日は過ごしやすいというわけでもなく、
といって、あんまり降ってきても困るんだし、どっちつかず。
夏の夕立なら、さーっと降ってくれた後は
きっと涼しい風を感じるのだろうけれど
このところの天気は、そういうのとは違うんだし。
急に降ってすぐ晴れるというものじゃない。
家の中で寝転がって、気長に待つのがせいぜい。
何をするにも集中力に影響が出る、はっきりしない天気。
そうしたら、何か家の中が騒がしくなって
みんながそれぞれやりたいように遊び始めた。
今日はやっぱり、蒸し暑さを感じて息苦しい子が多かったのかな。
遊ぶときくらいは身も心も解放的に、要するにやりたい放題。
雨空の不快な暑さを乗り切るために
水着のファッションショーだって。
まったく。
もうすっかり水着の季節。
今日もこんなじめじめした日でなかったら、
庭にプールを出して、水しぶきを跳ね上げていたのかもしれない。
家族で海にでも出かけていい、
今こそ水着が本格的にまぶしく輝いたっていいシーズン。
でもそれは、家の中で変にハメを外してもいい理由にはならない。
本当ならたしなめなければいけない騒ぎも、
今日はそんな気分でもなかったから
はしたない格好で過ごす姉妹は、そのままほったらかし。
露出の多い上半身に、薄い普段着を羽織っただけの半袖で、
無理に日常的に過ごそうとしているアンバランスに
一言の忠告が喉から飛び出そうとするのをどうにか我慢しつつ
やり過ごしたちぐはぐな風景。
もうちょっと元気が出る日なら、黙ってなんておかない。
知らないうちに、夏の暑さに疲れてるのかな。
気崩した服装の揺れる短いスカートに、
下僕は動揺していたみたいだけど
別に中が見えたところで、期待に添えるお色気は
誰も提供してくれないから。
ただの水着だから。
残念だったわね。

そういえばこのあたりでは、夕立もあんまり降らないわね。
暑さに汗まみれになりながら日暮れまで過ごす毎日。
たまにはこんなじめじめじゃなく、ニュース規模の天気でもなく
一日の熱を吹き飛ばす、それなりの恵み。
こういうのがあってもいい、っていう夏の風物詩も
時々は来るものだと思うけど。
まあ、積乱雲の雷がゴロゴロ鳴り出したら
妹たちは怖がって泣き出すし、
身を縮めてぷるぷる震えて、
さらに、こんな時にでも頼りになればと
家族唯一の男にここぞとばかりにべたべたする
ちゃっかりものが必ず一人は現れるし
ないものなら、なくてもいいか。
急な夕立につきものの、突然の閃光。
雷なんて、そんなに落ちないってわかっている。
怖がるほどのものじゃない。
大きな音で鳴っていても、たいていはすぐ近くってわけじゃないんだから、
落雷の事故だってそうそう起こったりしない。
万が一の場合も、大事故にならないように対策もしてあるものだし。
雷なんて、理屈でどうにかなる問題であって
私はいいとしても。
ちっちゃい子が怖がるようなものは
なるべく多くないほうがいいから。

氷柱の偽日記

『できないから』

ちっちゃい子たちと
たくさん遊べて
よかったじゃないの。

ふん。

雷が鳴ったら
抱きつかれ、
風に吹き飛ばされないよう
抱きつかれ、
雲の晴れ間に
手を引っ張られて
急に雨が降ったら
妹たちを小脇に抱えて
屋根の下へ走るの。

優しいお兄ちゃんね!

泥だらけになった子供たちの服を
家の中に干すのも手伝って、
窓際の日当たりのいいところで乾いたら、
明日はパンツをたたむのだって手伝うんでしょうね。

私たちの家には、
いい家族が来てくれたものね。
優しくて、頼りになるそうじゃない。
ふーん、こんなのがね!
こんな下僕がいいのかしらね。
お兄ちゃんが欲しくてたまらない小さい子たちの気持ちは
私にはわからないわ。
小さい子じゃないから。
私たちの家族に必要だったのは、
こんな優柔不断な男なの?
考えられない。
理屈に合わない。
ばかばかしい。
好きになるなら、勝手になればいい。
こんな男でよかったら。
でも、その男が調子に乗り出して
いいところだけ持っていくのは気に食わないわね!

雨が降りそうなとき、
風が強くなって寒いとき、
家に入りなさい!
っていう当たり前の忠告をしたら
何がいけないの。

まだいいじゃん!
氷柱ちゃんの
おにばば!

どうせ私は、
優しいほうじゃない。
どちらかというと鬼に近いわよ。

女神がいる泉に落し物をしたら
たぶん戻ってくるものは──
金の斧、
きれいなジャイアン、
ボインのにこにー、
知的な下僕。
それから、
優しい氷柱。
きっとね。

いいわね。
頭があんまり回らなくて
ひねくれていないってだけで
歓迎されるのは。

本当は、
節分で豆を撒いて追い払われるのは、
お面をかぶったみんなの人気者じゃない。
あなたは、うちにやってきた福の神。
そういうことになっている。
生まれたときから来ることが決まっていて、
だから、いてくれたら嬉しくて
仲良くしているのが嬉しくて
余計なお世話を焼いてみたくて
これからもずっと、一緒にいようねって
言ってる人は、私じゃないけれど。

まあ、私だって
豆をぶつけられたくらいじゃ逃げないから。
だいいち、本当は追い払う必要がありそうな鬼でも
家族だからって家に置いて優しくしてしまいそうな
お人よしだらけ。
パンツをたたんでいる時点で
何かおかしいって思わないのかしら。
思わないのか。
私たちのこの家だもんね。

雨の日も、風の日も、
みんながいるから楽しい家族。
あの子たちと楽しく遊んでくれるのは
いいことだと思ってる。
家族が幸せで、不満を感じる理由なんてない。
何が気に入らないのか、って
そんなこと知らない。
ご主人様が不興なら
下僕が解決策を考えればいいでしょう。
たいして期待もできないけれど。

春の短いお休み、
すぐに終わる特別な日々も
いつの間にか日常の一部になっていた。
多感な季節に、私も影響を受けているわけでもないだろうけど。
明日からはまた、学生らしい日常に戻って
これまでどおりの一年が始まる。
春には新しい学習が始まり、
夏は自分なりに挑戦してもいいし、
秋を落ち着いて過ごして、
寒い冬を乗り切ったら、
また今度の春休み、があるのかな。
それまで、どうせ優しくもできないし、
仕方ないから、また不愉快な嫌われ者でいい。
どうなったって、きっと来年だって一緒でしょ。
過ぎた季節を惜しんでも仕方ない、
新しい学年に不安を抱いてもいない。
やっと研鑽に励む、学生の日常に戻れるわ。
下僕も取り残されないよう、
足りない頭をそれなりに使って、学生らしく励んでね。

氷柱の偽日記

『つらら女』

つらら女は冬の妖怪。

輝く純白のつららを褒めた男のところに
ある日、妻にして欲しいと、美しい女がやって来る。

女は、風呂に入るように言われ、そのまま出てこなかった。
男が様子を見に行くと、風呂場には溶けかけた一本のつららが
垂れ下がっているだけだったとさ。

また別の言い伝えでは、
冬が終わると女は姿を消した。
男は代わりに、別の女を妻にもらった。
その年の冬、男は家のつららが首に刺さったために死んだという。

変な言い伝えもあるものね。
つららが人間になるなんて、そんなものいるわけないのに。

観月が時々言うの。
そういう話があるからって。
「氷柱姉じゃは、冬の終わりに消えてしまわないであろうか?」
ぴんぴんしてるわよ!
ちゃんと毎日、お風呂に入ってるわよ!
そう簡単に消えないわよ。
たんぱく質でできているわよ。
儚くて美しいお話じゃなくて悪かったわね。
文句あるの?

観月が勉強していることについては
あら、園児にしてはずいぶん雅な趣味ね、
と感心していたけれど
あれは本当に雅なのかしら?
どう思う?
まあ、下僕の意見なんか聞いたってどうなるわけでもないけど。

気温が上がった日に心配するのは
私じゃなくて、ユキのことだわ。
今日は下僕と一緒で楽しそうだったけど
陽気がいいからって、あんまり無理はさせないで。
ユキのこと、こんな気が利かないのに任せるなんて。
まったく。
粗暴な男なんだから。
おかげで、青空はますます野生的になるし
さくらはやけに元気になるし、これはいいことだけど。
観月は、話が会う相手を見つけて嬉しそう。
妖怪といえば男の子の趣味ってイメージがあったけど
観月は元からかな。
もう少し女の子らしい趣味でもいいのにね。
例えば、
そう、例えば──
何よ。
私だって女の子らしい趣味なんてないわよ。
悪い?
勉強ができるのは、悪いことじゃないでしょう?
それはまあ、料理ができるのも悪いことじゃないわ。
優しい心使いができるのも女の子らしくていい。
でも、できないものはできないの。
だから、観月もあれでいいの!
つらら女でいいの。
やっぱりよくない!
人を妖怪扱いしないように
きっちり言っておかないと。
私も、
ユキも、
春の気温で消えたりしません。
消えるのは、浮かれた春風姉様の理性──
じゃないといいけど。
浮かれているのは、小さい子たちね。
曇りの予報だったはずが、
昼過ぎからずいぶん暑くなったものだから
はしゃいで、走り回って、ぐっしょり汗をかいて
家族の間では、一日中シャワーが引っ張りだこだったわ。
こたつを愛することをあんなに高らかと宣言した霙姉様も
日なたにでてきて、お茶を飲んでのどかにぽかぽかしてる。
調子がいいんだから。
こんな過ごしやすい日こそ、勉強を進めるにはいいのに。
遊んでばかりだと、きっと後悔するわよって言い聞かせようとしても
春休みに宿題はないから、誰も聞く耳は持たない。
みんなのほうこそ、春休みくらい遊ばないと後悔するよ、って
私に気を使っている始末。
何だか、微妙に納得がいかないわ。
だんだん調子に乗り出して
予想外に晴れたものだから、
遊びに出かけてもいいよね!
遠くじゃなくてもいいから、と
小学生以下の一同が
揃って、お買い物のお手伝いを買って出た。
行ってみれば大丈夫。
そう簡単に体調を崩したりしないから。
案ずるより生むが易し。
そうね、20人も生んでるこの家では
無駄に説得力がある言葉よね。
ただ、小学生以下って言ったけど
乗り気じゃないのが小雨ちゃん。
みんなが忘れていそうなおうちのお手伝いを
自分に任せて欲しいって。
小雨ちゃんが好きでやってるのはわかってるけど
みんなで分担するはずのお手伝いを一人に任せるのは
何かおかしいんじゃない?
だから、それはその場で話し合って
家の中のお手伝いもきっちりやるって決めて。
それはそれとして!
だって。
その場の勢いに任せて始まったそれぞれの主張、
あの子たちが言う、春休み革命。
新しい刺激が欲しいみたい。
退屈になりがちな春休みを、できるだけ楽しみたいのはわかるけど。
お兄ちゃんが引率してくれるから
デパートでいいからお買い物に出かけたい!
お手伝いのごほうびに、
デパートのフードコートで一人一品くらいは買って欲しい!
その時は、こんなに暑い春休みなんだから、
中学生より下の子もアイスの制限をとっぱらってほしい!
それから、数日前から不満に思っていたらしいこと。
春休みも就寝の時間は変わらないけれど
学校がない分、お姉ちゃんたちが夜更かしできる機会が増えて
その時間でお兄ちゃんを独占するから不公平だ、
だから、春休みの夜更かし要求と
氷柱から上の姉たちは、大人の時間だからってお兄ちゃんを取らないで欲しい。
なんで私も含まれているの。
下僕を独占した覚えなんてこれっぽっちもないわよ。
そんなふうに見える場合があるとしたら、
働きの悪い下僕を教育して、叩きなおしてやっただけだと思うわ。
これでも大変なの、
攻められるいわれなんてあるものですか。
まったく、子供は何を言い出すかわからないわ。
下僕もあんまり真に受けないで
春休みだからと言って、家族がだらけないように気をつけてよ。

氷柱の偽日記

『男らしさ』

私はそれほど
女の子らしいタイプじゃない。

素直じゃないってよく言われるし。
かわいくないし。
よくわかってる。

雛祭りの日になったわね。
ふん。
あんまり、女の子の成長を願いましょう、とか
女の子らしくこの日を楽しみましょう、とか。
私なんかには、あんまりありがたみがない。
というか、
もっとこの日にふさわしい人がたくさんいるんだから、
今日は私も裏方に回って
みんなが楽しめたら、それでいい。

いつも忙しくしている春風姉様も、蛍ちゃんも、
いかにもかわいらしい女の子って感じだもの。
後ろに引っ込んでる場合じゃないでしょう。
ヒカル姉様だって、女の子らしいところが──
あるんじゃない?
たぶんあるでしょう。
どう思う?
雛祭りに、花のようにほころぶヒカル姉様の姿が、
想像できるような、できないような。
でも、私みたいにかわいくない子とは違うんだから、
ヒカル姉様だってもっと女の子らしく楽しんでもいいと思うわ。
それから霙姉様。
うーん、いつも、どう行動するか予想がつかない人だから
とりあえずおいといて。
海晴姉様は素敵な女性でしょう。
妹たちは、みんな雛祭りの華やかなお祝いが似合うわよね。
ちょっとだけ、女の子らしいことに複雑な思いがあるらしい
麗ちゃんや星花ちゃんだって、
いい楽しみ方は普段から結構できてると思う。
かわいい趣味で、
元気で、明るくて。
雛祭りって、きっと楽しいわよね。
うちの家族の、私以外の女の子みんなにとっては。

私はどうせ暇になるから、
裏方の仕事を担当してもいいわ。
当日に必要なことなんて、そんなにたくさんあるわけじゃないし。
お手伝いを買って出たからって、蛍ちゃんはこんな日にまで
人にメイド服を着せようとはしないだろうし。
そういうわけだから、
あなたの仕事はないわよ。
雛祭りに手伝ってもらうことなんて、
もう何にも。
男は身の程をわきまえて、
女の子のお祭りの日なんだから、肩身を狭くして
隅に引っ込んでいなさい。
なに?
寂しいの?
雛祭りのお楽しみに参加したいの?
下僕の分際で?
わかってるのかしら?
あなたは、男の子。
家族みんなが、あなたに男らしさを期待してる。
たくましく、かっこよく、タフで勇気があって
家族の中心になる頼りになる人。
それが、実際はどうなの。
寂しいからって、
女々しく擦り寄って、
私たちの楽しいお祭りに参加しようなんて、
ずうずうしいのよ。

そもそも、あなたは私たちの下僕。
頼れる男の人だなんて、期待外れもいいところだわ。
男らしくないからって、かわいい女の子になれるわけでもなし。
どうして、こんなに情けない人がうちの家に来たのかしら?
下僕呼ばわりされても、普通に受け入れて
ろくに言い返すこともしないし。
ヘラヘラと腹が立つ顔で、毎日、毎日。

まったく。
私はどうして、あなたのことになると
こんなにイライラするのかしら。
下僕が救いようもないほど能無しだからかな?
ああ、不本意な下僕を持ってしまったわ。
こんなのが、私たちの家族のたった一人の男性だなんて。
こんなのしかいなかったのかしら?

こんなのしかいなかったのか。
私たちの家族は、
他にいるっていうわけじゃないもの。
最初から選べない。
生まれたときから決まっているというだけの、
家族の一人。
あなたが、唯一の男の人。
そう決まっているだけ。
何を言ったって変わらない。
不満でも、
不愉快でも、
あなたが無知で無力で男らしくなくて
恥知らずの甘ったれでも、
私の家族であることは
いつまでも決して変えることはできない。

そうよね?
だから──
雛祭りに参加したい?
女の子のお祭りよ?
あなたが、自分の男らしさにプライドも何も持たず
ただ、あなたが家族と一緒に過ごしたいというのなら、
そうすれば?
私たちが断りたくても、
あなたは家族なんだもの。
わがままを言う権利はある。
家族行事に参加する権利はあるものね。
権利って言うか、
義務なのかもしれない。
好きにすれば?
女の子の遊びだから、あなたは楽しくないかもしれないけど。
私は、女の子らしいとは言えないからちょっと離れて
みんなを見ていることにする。
もし、誰かがはしゃぎすぎて無茶を始めたら、止めてあげる。
仕事の合間に、見ていてあげるから。
好きに楽しめばいいじゃない。
家族なんだから、そうすれば。

あ、そうだ。
早めに言っておくけど、
雛人形の片付けは、あなたは手出ししなくていいから。
ガサツな手で触られたら、どうなるかわかったものじゃないし。
うちの子達は、まだ婚期を焦ってもいない。
家を出て行くのは当分先のことよ。
といっても、みんな気立てがいい姉妹だから、
お嫁に行くのが遅れることなんてないだろうけど。
私の他は、全員がそう。
誰かが言っているように、全員が愛する長男のところへ
お嫁に行くなんて、そんなことはありえないとして。
片付けが遅れたらどうこう、なんて馬鹿らしい迷信は信じないの。
とにかく、それは急がないでいいわ。
みんなで遊んで、体力を使うことは目に見えているし。
夜にはぐったり疲れているだろうから、ゆっくりすれば。
別に下僕に気を使うわけじゃない。
そんな体調のときに片付けなんてされたらたまったもんじゃないと思ったの。
雛人形を壊される危険を少しでも減らしたいだけよ。

氷柱の偽日記

『眠れる森の──』

お姫様は、
王子様のキスで
目を覚まして──

ふたりは結婚して、
いつまでも幸せに暮らしたそうです。

ふん。
いったいどこの誰が考えたのかしらね。
こんなリアリティのない話。

小さい子たちに読んで聞かせたとき、
どうしてキスすると
目が覚めるの?
って聞かれる立場にもなってよね!

だいたい、何?
愛の力で試練を乗り越えて、
ハッピーエンド?

他の話だってそうだけど、
意地悪な姉の目を抉り出すとか、
焼けた鉄板の上で死ぬまで躍らせるとか、
そんなことが平気でできる連中が、
ずっと幸せでした?

そんなわけ、
あるか!

ていうか、
王様とお姫様が
そんな感じで幸せに暮らしていたら
こっちが困るわよ!

暴力的な内容の話も多いし。
それに、王子様と結婚したからって
幸せが約束されたりするものですか。

大変なのは毎日のことなんだし。
苦労しないで生きていけるわけないじゃない。

ひとつ試練を乗り越えたから
あとはもう神様に祝福されて
安楽に暮らせるなんて。
あるわけない。
悪いこともせずまじめに生きてきた人が
悲しい思いをすることなんて
世の中にはたくさんあるのに!

しかも試練の乗り越え方が、
ただの偶然だし。
召使が転んで毒りんごが飛び出しましたとか、
それは愛の力っていうか、
死んだと思い込むほうがおかしいでしょうが!
魔法使いが死なない祝福をしてくれました?
そうじゃなくて、魔法を使うなら他にできるでしょう!
王子様が来てくれる運命って言われても、
そんなものあるわけないって納得いかないし。

子供に細かく聞かれたときに、
どう答えることを想定していたんだろう?
ツッコミどころばっかりで。

もっと、知恵や努力で乗り越えるみたいな、
ためになる話はないのかしら。
あ、長靴を履いた猫があったか。
あれもなんかね。
知恵のおかげっていうか、詐欺師みたいだし。
ブレーメンの音楽隊も、
知恵を使ってるし努力もしているけど、
結局ブレーメンまで行ってないし。
乗っ取った家に住み着いて終わりだし。
教訓とか考えなかったのかな、あの話。
知恵を使って、もっと困難を乗り越えるような、ほら。
え、三国志?
子供には早いんじゃないの。
それに、乱暴だし。
星花ちゃんみたいなまじめな子が、あんなに好きになるなんて不思議。
大きくなったら、趣味も女の子らしくなっていくんじゃない?
なるべくそうなってほしい、ってほどでもないけど。
少女趣味なのは私も苦手だし。

なんかもっとないの?
小さい子のためになるような、
純粋な心に希望を与えるような。
王子様のキスなんかいりません!
っていうの。

大事なことは王子様を待つことじゃなくて、
もちろん金銀財宝でもなくて、
使えもしない魔法なんかに希望をかけたりじゃなくて、
知恵で思い通りにすることじゃなくて、
悪者をこらしめてよかったねでもなくて──

ないの?
教訓になる話。
何か、そういう話でも作る?
あなたの脳じゃ到底無理か。
ま、下僕はやれることをやるようにね。
やれることなんてたいしてないだろうけど。
でもほら、
絵本の細かいところにこだわる子達に
何かそれなりの答えを教えるとか、
他の話をして気をそらすとか、
それくらいならできるわよね。
無力な下僕でも。

もちろんあんたは王子様じゃない、
ただの下僕。
春風姉様がなんて言おうとね。
キスに魔法の力なんてない。
そもそも誰もあんたなんかとキスしたくない。
よかったわね。
今が、王子様の時代じゃなくて。
でなかったらあなたなんて、どうなっていたか。

いろいろ大変なことの多い世の中。
王子様くらいじゃ解決できないわ。
だから、日ごろからがんばってる私を見て、
神様は下僕を与えてくれたのね。
こんなのでも私が使えば、それなりに役に立つかもしれないもの。
あなたも、私みたいなご主人様の
ただひとりの下僕になれたことをありがたく思いなさい。

自分に与えられた役目が分かったら、
きりきり働くこと。
下僕が苦労するのは、当たり前なんだから。
いつまでも幸せに暮らしていける保証なんて
王子様にもお姫様にもないし、
もちろん私たちにもない。
それでも、しっかりまじめに下僕として勤め上げたなら
私たちがずっと幸せじゃなかったとしても、
死んだ後で同じお墓に眠るくらいは
許してあげるかもしれないわ。

少なくとも、20人が眠るお墓か。
死んだ後もゆっくりできそうにないわね。
出来の悪い下僕もいることだし。

氷柱の偽日記

『三連休』

今日は風が強かったわね。

私の情けない下僕は
めくれるスカートに鼻の下を伸ばしたりは
してないわよね?

恥ずかしい下僕。
ご主人様に余計な心配をさせないくらい
しっかりしてくれたらいいのに。

風であまり気温が上がらなかったし、
明日の朝はずいぶん寒くなるって。
今の時期、浮かれている妹たちが多いから
布団をしっかりかけておくように、
それから油断して薄着になったりしないように
気をつけてあげて。

役立たずの下僕でも、
よく見ておいてご主人様に報告するくらいのことは
できるでしょう?

うちのみんなが
どうして浮かれているか考えたら
腹も立つけれど──

まったく、誰が最初に始めたのか知らないけど。
まんまと踊らされているうちの家族も困ったものだわ。

この三連休は
せっかくだし、家族でどこかに出かけてもいいのに。
それどころじゃないみたいね。
もうすぐ迎えるお祭りのために
ここぞとばかりに連休を利用するみたい。

しばらくは、男の子のあなたは
することがないかもしれないけど、
いいじゃない。
当日は楽しそうにしてるんだし。
準備の間も、本番も
もうずっとイライラさせられる立場に比べたら
全然マシでしょう。

まったく、
こんな不愉快な男が原因で
どうして私がこんな目に……
ぶつぶつ。

ご主人様の不興がわかったら、
どうせ暇をもてあましている間は
少しでも役に立とうって考えたらどう?

バレンタインをぶち壊せ、とまでは
言わないけど──
みんな楽しそうにしてるもんね。
あんなくだらないイベントで。

もっと何かいいイベントだったら──
みんなが楽しみにしてることなら
夏祭りみたいに屋台が出て、
脳天気な太鼓の音に合わせて
無邪気にわんぱくな踊りでも踊って、
うちの小さい子たちが喜んで参加できるとか、
そういうふうにしたらよかったのに!

私がちゃんと勉強して
発言力のある大人になったら、
将来ある乙女たちをこれ以上不愉快にさせないためにも
バレンタインのイベントを根底から覆してやりたいわ。

もちろん、
下僕だって協力してくれるでしょう?
他でもない、あなたのご主人様の希望なんだから。

心配しなくても、
おうちバレンタインの習慣くらいは残してあげるわよ。
家族で愛を伝えるだけのイベントだったらまだマシなのかな。
ううん、本当は私だけの──
なんでもないけど。

そうだ、
いつかバレンタインが家族限定になったら、
下僕からご主人様にチョコを贈る習慣も付け加えようかな。
あげるばかりじゃ不愉快だし、ホワイトデーのお返しなんてあんまり盛り上がらないし、
たまにはあなたも感謝の気持ちを示したいだろうし、
それがフェアってものでしょう?
あなたも今のうちからチョコの作り方を練習しておいたほうがいいかもね。
ご主人様への贈り物なんだから、下手なものを作ったら覚悟しておくようにね。

あーあ、
ばっかばかしい。

この連休は、
特別なことなんて何もないものだと思って過ごすから
ちゃんとそのつもりで
余計なことをしないように。
これ以上イライラさせないで。

今日ほどじゃなくても
まだ風が強くなるかもって話だし、
小さい子たちがあんまり無理をしないように見ていてあげなきゃ。
普段どおりに過ごしたいんだから、ちゃんとそういう態度で付き合って。

ここ数日の間は、
連休はまだバレンタインなんか関係ない無邪気な子供たちと遊んで、
ご主人様に付き合ってバレンタインなんか無視してくれる下僕も
この連休は誰にも相手をされなくて寂しがって
私だけが頼りで相手をしてもらいたがってるから
せいぜい働かせてやって、
ゆっくり過ごすつもりよ。

いい? わかった?
しっかり頼むわね。

氷柱の偽日記

『げぼく』

わたしのゆめ

2ねん あまつか つらら

わたしのしょうらいのゆめは、
なんでもいうことをきいてくれる
やさしいげぼくをもつことです。
わたしのためにつくしてくれて、
こまっているときはすぐにやってきて、
なにもいわなくてもわたしのきもちを
ぜんぶわかってくれる、
きがきいて
さいのうがあって
てんさいてきで
どこをさがしてもほかにはぜったいにいない
わたしだけの
じまんのげぼくをつかまえて
いっしょうにがさないで
しぬまでこきつかうことです。

ああそれなのに、
どうしてこんなことになってしまったのでしょう。

もうちょっとまともな
げぼくになれなかったのかしら?

バカ!

どうやら、
夕凪が私の子供のころのこと、
気になるみたいだけど。

あなたも気になるの?
私のことをそんなに知りたいのかしら。
……
まあ、どうでもいいけど。

頭が良くなる秘密なんてないわよ。
夕凪にはまだわからなくてもいいことかもね。
学校の勉強が少しずつできるようになれば
楽しいし、やりがいもあるし。
将来の選択肢が増えるし。
未来に向けて努力するのは、人間だけに許された特権よ。
私たちは本能だけで生きている野生の動物じゃないんだから。

夕凪はいいとしても、
あなたの年で分からないようだと問題だわ。
そんな向上心のない下僕は、
ちょっと厳しくても仕方ないから
愛をこめて躾けてやらないと。
ね?
そうでしょう?

それで、
もし、自分は能無しだから
氷柱の下僕には向いてないなんて
すぐ弱音を吐くようだったら、
その時は、だらしない根性を
徹底的に叩きなおしてやるんだから。
あなたのご主人様は、一度下僕と決めた人間を
そう簡単に放り出したりしないの。

それで、
ここのところ、ご主人様にまったくいいところを見せることがない
情けない下僕が、
ちょうど困っているご主人様を助けられる
絶好の機会に恵まれたみたい。
いいことを教えてあげるから、感謝しなさい。
本当なら、このくらい自分で気がつかないといけないのに。

今日の節分。
鬼になってもいいし、豆をまいてもいいから、
あなたが家族を引っ張って、
どんどん盛り上げて、
家族みんなを楽しませて、
後ろのほうで一人くらい引っ込んでいても
誰もわからないくらいに
みんなの気を引いておくの。
いい?
それが下僕の役目。

だいたい、
鬼は外! 福は内! の掛け声なんて
恥ずかしいことを考えたのは誰なんだろう?
ばかばかしいから、小声で適当に済ませようとしたら
海晴お姉様もヒカルお姉様も、調子に乗って人を前に引っ張り出そうとするし。

家庭の行事って、
どうしてこう、揃いも揃って
年頃の娘に厳しいものばっかりなの。
鬼なんているわけないし、
福の神だっていないし、
豆をまいたところで運勢は何も変わらないし、
鬼は外の掛け声が大きかったところで小さかったところで
困る人なんてどこにもいないし、
子供の行事なら元気が一番と思うけど、
何もかも理屈が分かっているいい大人が参加して
どうしろって言うの。
何がしたいんだかさっぱり分からない。

いいこと、下僕。
女の子は繊細なもの。
鬼なんかよりももっと大変なものから、守ってもらわなきゃ。

そのくらい、
こっちが言葉にしなくても
気が利いて自分から言い出せるようでないとね。

ま、今日のところは
少しくらいできの悪い下僕であっても、目をつむってあげるわ。

あなたみたいにガサツで無神経で考えなしの性格が
たまにはご主人様の役に立つなんてことがあるのね。
良かったわね。
下僕冥利に尽きるでしょう?

さ、
あなたもろくな大人でもないことだし、
子供みたいに張り切って
小さい子たちを楽しませてあげて。

それで疲れてしまったら
散らかった豆の後片付けは手伝ってあげないでもないわ。

氷柱の偽日記

『星に願いを』

今日も元気なユキ。
擦り傷だらけになって帰ってきたわ。
目を離すと、どこにでも潜り込むし、
気がつくと、どこにでも登り出して、
あの子の行く手を阻むものは何もない。
生まれたときからいつも何かを追い掛け回して、
止まったら死ぬみたいに走り回って。
女の子とは思えないくらい暴れん坊で、すぐ何にでも首を突っ込んで
生傷が絶えないところは心配の種だけど、
これからも家族をハラハラさせ通しでいてほしい、
私の願い。
びっくりするような事件の全てが、私の喜びなんだから──

ええ、
わかってるわよ。
こんなこと言ったって意味がないって。
でも、誰だって考えるに決まってる。
あの子がもう少し元気でいられたら、
せめて、子供が当たり前に知ることができるたくさんの経験を
当たり前に手に入れることができたなら、
走って、転んで、滑って、誰かと喧嘩して取っ組み合って転がりまわって
自分のことを思ってくれる人がいることを体で受け取って、
悩んだり壁にぶつかったり、時には無茶な方法で痛い目にあったりしながら、
いつかきっと自分の願いは全部叶うんだと信じて、
大切なものをたくさん手に入れる、そんな子供時代を過ごす権利が
ユキにだって必ずあるはずなのに。
せめて、自分の体を負い目に思うことなく
無邪気に大好きな家族と遊ぶことくらい、許してもらえたっていいじゃない。
ユキみたいないい子が、まだ小さいのにつらい思いをしなくちゃいけない
残酷だって表現じゃあ、割り切れない──

残酷じゃなければ、何て言えばいいのかしらね。
願えば叶うなんて都合がいい話はないし、
明日の朝、目が覚めてみたら
夢から覚めたみたいに、全てが良くなっている──
なんてこと、世の中にそんな都合のいい話は知らないし。

ほら、あれがオリオンの三つ星。
あなただって、あれくらいは知っているでしょう?
長い冬の夜、勉強に集中していた頭を休めて見上げた空に
流れ星を見つけることだって珍しくない。

流れ星に願いを叶えてもらおうって
願う言葉なんて、結局ただの独り言なのよ。
たまには、そんな独り言をつぶやきたいときもある。
後で無駄だと思い知らされて後でつらくなるなんてこと、
もう嫌になるほど分かりきっているのに。

夜空の流れ星に、願いをかなえる力なんてない。
七夕も、クリスマスも
誕生日も、大吉のおみくじも
それに、あなたは知らないだろうけど、
まあ、知っていたら、あなたに告げ口した犯人を見つけ出して
口が軽いことを後悔するまで反省を促すつもりだけど、
私、昔は魔法使いだったのよ。
妹たちがどこに隠れてもすぐに見つけ出すし、
考えていることも顔を見ただけで当てられる。
知らないことは何もない、
できないことなんて何一つない、
不可能を可能にする、奇跡の魔法使い。
家族の誰もが認めていたし、私もそうだと思っていた。
どんなことでも、願えば叶う。
私なら何でもできる。

本当は、
世の中は叶わない願いばかりで、
かなえる手段なんて何もなくって、
自分の中でそう決め込んでしまって、
身動きも取れなくなって、
そんなのが当たり前で──

いつからだったか忘れたけれど、
私は信じることにしたの。
願えば叶わないことはない。
私は今でも魔法使いなんだ。
ただ、願いを叶える方法は、夜空に願うことじゃない。
本当の魔法の使い方は、そんなんじゃない。
いつか、夕凪がもっと難しいことを理解できるようになったら、
教えてあげるつもりのこと。
私が伝えられなくなったとしたら、あなたが教えてあげればいいわ。
だって、私がそれを教えてもらったのは──ううん、忘れたけれど、
私よりはあなたが適任かもしれないし。

なんでもできる、本当の魔法。
願いを叶える流れ星は、
他のどこでもない、
私のこの平たい胸の中に
はちきれそうに熱く、輝いているんだと。
一番大事な願いを伝える場所は、そこなんだと

小さな頃に信じていた時と違うのは、
それは私だけが持っている力じゃなくて、
誰の胸の中にでもあるって気がついたこと。
それを教えてくれるのは
願いをかなえているたくさんの人たち、
私のかけがえのない大切な人たち──
もしかしたら、願いをかなえるのは私の中の星の光じゃなくて
誰かの胸の中にあるものなのかもしれない、
そうだったとしても、かまわない。

だから私は、今でも信じている。
できないことなんて何もない。
絶対にない。

なんにでもついてきて、ぼんやり星を眺めているような
間抜けな下僕の中には、
そんな立派な星の光なんて見つからないと思うけど、
だから、私があなたに願うようなことがあるとしたら、
何もない夜の空に消えていくような、無意味な独り言だわ。
意味がないと知っていて、たまにはそんな気分になるだけよ。
今から私がつぶやくことは、みんなそれだけのこと──

これからもユキにはずっと、大好きなお兄ちゃんが近くにいてくれますように。
ユキが自分の体のことを負い目に思うことなく、お兄ちゃんと接することができますように。
いつまでもユキがお兄ちゃんを愛していられますように。
ユキがお兄ちゃんに愛され続けますように。
何があっても家族みんながお互いを大事に思い、
誰一人欠けることなく幸せに暮らせますように。
そしていつか、ユキが病気でつらい思いをすることがなくなって、
あの子がどんな素敵な未来も自由に選べるようになって、
今まで手に入れるはずだった大切なものをたくさん取り戻して、
これから手に入る素晴らしいものを残らず集め尽くして、
他の人より理不尽に悲しい思いをしなくてすむようになったユキが
愛する人たちに見守られながら、
いっぱい、私たち家族をハラハラさせてくれますように。
それから、間抜けな下僕が寒い夜に夜更かしをして
風邪を引いたりしませんように。

どうかお願い、
お星様。
氷柱のお願い、叶えてね。

なんてね。


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