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観月の偽日記

『温泉』

海晴姉じゃは結局、
今日のお仕事には行けなかった。

といっても、
病気が急に重くなったわけではなくて
テレビ局の人から怒られたらしい。
具合がよくない人間の顔を
朝のさわやかなニュースの代表として
視聴者にお届けすることなどできない!
うむ、それはそうじゃ。
というわけで、今日は代役のお姉さんがお天気予報。
いつもは海晴姉じゃの挨拶で、
元気良く幼稚園や学校に向かうこの家族も
みんななんだか、物足りない朝。
朝の少ない時間で、千羽にはだいぶ足りない折鶴に心を込めて
回復を祈願するばかり。
いつも朝にはテレビの向こう側にいる大好きな人が
今日はおうちにいてくれるのに
ちっともうれしくない。
幼稚園でマリー姉じゃやさくらと顔を合わせて相談するうわさ話は
海晴姉じゃの病状ばかり。
冬場の引き締まった空気も、ありがたいお日様の恵みも
今日ばかりは形無しで、話題にもならない。
ちゃんとよくなってもらわないと
またさくらがお部屋に忍んで行って泣いてしまう。
そうなったら一大事じゃ。
わらわもマリー姉じゃも、
今は我慢していても、きっとつられて泣いてしまうのじゃ。

万全を保つ体調管理も大人のお仕事。
であるが、
体調を崩したときには無理をせず、
よく休むのも、大事なお仕事じゃ。
海晴姉じゃがうまく舞うことができなければ
この自然をつかさどる神がお怒りになる、ということもない。
昔は、清らかな乙女でも祈りで雨を呼ぶことがかなわず
竜神の沼にその身を捧げることもあったそうな。
こわいこわい。
わらわだって、どんなに力があっても、そんなお仕事を任されたら
兄じゃと手に手をとって逃げてしまうぞ。
そうであろ?
海晴姉じゃがつとめているのは、そんなおそろしいお仕事ではないから
ちゃんとよく休んで、治してくれればよいな。

病院でおくすりをもらってきて
今日は一日ゆっくりしていたようじゃ。
だが、本当にゆっくりしていたかどうかは、
さくらがけなげに差し入れしたミーチカちゃんに聞かなければわからぬ。
なにしろ、お部屋のほうから
さみしいなー、
誰かがお見舞いに来てくれないかなー、
ね、ミーチカちゃん!
と話しかける大声が
リビングのほうまでかすかに聞こえてきた。
うーん……
お見舞いは禁止されておるのじゃ。
破ったら、
沼に放り込まれたりはしないが
おしりがはれるまで
ぺんぺんされる。
そういうお達しが出ておる。
それに、
とっても苦しいお風邪がうつらないように
心がけねばいけないのは
子供のお仕事でもある。
海晴姉じゃも、うつしてしまったら
後で悔やむに決まっている。
今はわらわもつらくとも、
今日だけは心を鬼にしなければ。
いつになく長く感じる一日。
楽しくて時間が早く過ぎるときは、
もっと遊んでいられたらと思うのに
実際に時間の進みが遅く感じることがあると
誰かが病気になっている時間なんて早く終わってくれればいい、
たちまち過ぎ去るように祈ってしまう。
みんなで遊んでいても、ふと落ちる沈黙。
海晴姉じゃはちゃんといい子でお休みしているであろうか。
そんな心配顔の一同が、輪になっている。
兄じゃは、うがいと手洗いは今日もきちんとしておるか?
海晴姉じゃの具合が気になって、おろそかになっておらぬか?
それでは、海晴姉じゃも悲しむと思う。
たぶん。
後になって、お見舞いに来てくれないなんて薄情者だと
ののしられるようなことは、
たぶんないと思う。
今は、病気で心細くなって
寂しがっているだけなのじゃ。
お手紙を届けて励ますのが、小さい子たちにできる精一杯。
兄じゃも、書くと良い。
別に、夕凪姉じゃのように
風邪を吹き飛ばすマホウの力が込められていなくてもかまわぬ。
わらわがしたように、快癒祈願を和歌に仕立てる工夫だってなくても良い。
心がこもっていれば
ほとんど同じ文面ばかりでも、
早くよくなってほしい。
ゆっくり休んでほしい。
それでいいのだと思う。
心配する声をひとこと届けるだけでも
海晴姉じゃも納得して休めるであろう。

明日いっぱい休めば、もう全快するだろうと
夕方おうどんを届けに行った蛍姉じゃが
うれしい報告をおみやげに持ち帰ってくれた。
しかし、日曜日に麗姉じゃの学芸会に行けるかどうかは
明日の様子を見なければわからない。
いくら良くなってもそれだけは賛成できないと
激しい剣幕の氷柱姉じゃもいる。
どうなることか、
わらわが占ってみても、答えははっきりしない。
行けそうな卦が出ているようでもあるし、
休んでいたほうがよいお告げのようにもとれる。
明日訪れる未来はまだ、
運命を受け持つ神々も決めかねているようじゃ。

いまさら言ってみても遅いし
海晴姉じゃの回復には役に立たないが
寒い季節、温泉にでも行きたいという話は
ときどき出ていた。
それで、来年の松の内は、大磯で過ごそうと
もう宿の予約は済んでいる。
遠い旅程も徒歩にあらず、馬にあらず
天使であっても羽はなく
予約して席を取った電車で行く。
だが、それまで寒い日があったら
裏山でも掘れば、温泉くらいは出るんじゃないか、
何があるかわからないところだし。
そんな話もあった。
うむ。
わらわも、占いでどこを掘ればいいか探してほしいと言われた。
確かに、様々な気が入り混じっておる。
その気になれば温泉くらい掘り当てられそうな気配はあるが。
しかし、あの地に住むものは多く、
山は決して人間ばかりのものではない。
自然の恵みによって大地に立つ生き物たちがいる。
翼あるものも、地に根を張るものも
山の大事な仲間。
人の目に映るものも、そうでないものも
また、自然をつかさどる
時には恐ろしい大きな力も
人の大事な営みでも動かせない生命。
共に生きていると受け入れるのが
自然に生きる者たち全ての習い。
温泉を求めて、人の都合で踏み込んでいい場所なのであろうか?
と思っていたが
一番大事なことは、自然を受け入れることだけではなく
家族を思いやることではないか。
病気で苦しむ家族がいたら
何があっても治してやりたい、
その思いは決して、摂理に反する感情ではないはず。
この先もう家族に苦しい風邪にかかる子が出ないように
ちょっと、山の神にお伺いを立ててもいいのではないか。
と、思った。
もし温泉を引くことができたら、我が家としてはめっけものじゃ。
毎日ほかほかに湯気をたてて
手足の隅々まで血行を良くして
気持ちよくおふとんに入ることができるぞ。
どうすれば山の神に会えるかというと
何が住んでいてもおかしくない山のことなので
かわいいわらわが行けば興味を持って、きっと向こうから出てくるであろう。
それに、輝くオーラを持った兄じゃがついていれば、
なおさら目を引くはず。
隠れていられなくて出てくるに決まっている。
あまり出てこないようなら
歌か踊りで誘えばいい。
神様だって、歌や踊りが嫌いではない。
そもそも、心弾む祭りも全て偉大な力に捧げるために行うもの。
わらわが楽しそうにしていれば
向こうからやってくるであろう。
ぽっかぽかの温泉を掘り当てるのじゃ。
みんなで仲良くお風呂に入ってあたたまる時間が
ますます楽しみになること間違いなし。
さっそく、明日にでも山へ探しに行こう。
よいお告げがもらえるであろうか。
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