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霙の偽日記

『雨の一日』

私だ。

そうだ。
霙だ。

なぜ今日の日記を書く人間が
氷柱ではないのか?
そんな疑問はこの宇宙の塵よりも小さなことだ。

氷柱にも言ったんだ。
恥ずかしさ罪の意識もやがてエントロピーの増大に従って
形をとることをやめてしまう。
何もかもが消え去るものに過ぎない。
悔いも悩みもただ儚い。
自分がかつては解決不能としか思えない問題を抱えていたことも
永遠に近い宇宙の営みの中、いつか忘れていく。
考え込む癖をやめることはできないのだろう。
たかが消え行く人間の、ちっぽけな思いであるというのに。
もしそんな小さなものを少しでも大事に考えているのなら
おびえて立ち止まるよりも、
何がしたいのかを一番に考えればいいのだ。

だが、迷っているものにとっては、真剣なんだな。
もうしばらく時間が欲しいと思うときもある。
それがはたして解決に至る道なのか知らぬままの先送りだ。
一人で考えていても、堂々巡りをするばかりなのにな。
かえって悪く思い込んで深みに沈む場合もある。
そんなときに、聞いてもらえる誰かがいるということは幸せなはずなのに。
いや、それが幸せであると知っているからこそ。
自分が持っていないということを思い知らされるのが怖くて
進めなくなる。
もしだめだったらその時は、その時になってから考えればいいと思うが。
その答えにたどり着くまでに時間がかかる者も時々いるんだろう。
特に、その気になれば何もかも計算どおりに行くと思っている
氷柱のような頭のいい子などは。
だから少し時間をあげてもいいと思った。
もぐもぐ。
違うんだ。
確かにオマエの想像している通りに、
このどら焼きは氷柱からもらったものだ。
これが賄賂である可能性は、決してないとは言えない。
しかし私だって、欲望に弱いだけのだらしない姉ではないんだ。
誠実な贈り物に多少は感じ入るものがあったとしても
それが間違っていると思ったら、受け取らずにいた。
私が何よりも大事に考えているのは、いつだって私の家族たちだ。
どら焼きではないんだ。
時には、どら焼きを何よりも大切にしているように見えてしまうこともあるだろう。
平穏な日々に、家族とどら焼きを比較する場面などあまりないんだ。
どっちが上なのか、他人からは一目で見分けるのが難しいとしても仕方ない。
しかし氷柱がこうして心を込めて、考える時間が欲しいと言うなら
今日だけは大きな心で見守ってやろう。
買収されたのではない。
いまはひととき譲歩してやったのだ。
もしもこれで氷柱が変に調子に乗るようなら
私はそんなつもりで許したのではないと、はっきり言ってやるつもりだ。
心配するな。
私の毅然とした態度の心配じゃなくて、氷柱の心配がいらないという意味だぞ。
時には突っ張っているが、あれで何が正しいかきちんと知っている子だ。
決して、良くない写真を勝手に発表することなどしない。
少々魔がさしたとしても、そんな度胸がないだろう。
氷柱に悪いことなどできないよ。
たまに身の丈に合わない重荷を背負い込もうとして
家族に心配をかけるくらいがせいぜいだ。
そんなふうでいてほしい。
いつまでものびのびしてくれればいい。
やけにわかったような顔の氷柱なんて面白くない。
それに、氷柱はそんな大人になれないと思う。
あの子の無茶に付き合うのも、年長のきょうだいの仕事だ。
私はそれができる家族に生まれたことを嬉しく思う。
楽しんでいるだけではなく。
それから、おいしがっているだけでもないからな。
おいしいと言えば、この前おみやげを持ってきた大橋さんは気の利いた子だった。
大人しく見えて、舞台に立つ姿には度胸が感じられた。
それで次はいつ来るのかな。
現在、家では試作品が多すぎる事態ではないから、
おみやげの種類には気を遣わないで一緒に食べたいものを是非。
今度は、エクレアはその名の通りの意味で稲妻のようにすばやくいただけるぞ。
でも速度を言い出すと、
志村けんがむしゃぶりつくスイカも稲妻の名を冠して良いのではないだろうか?
エクレアの名が奪われぬよう、そのクリームもしっとりとろけて
すばやく食べさせてほしいものだ。
もちろん、あんこの黒が美しい季節の和菓子などを選ぶ心遣いを見せるのも
気が利いた娘さんと言えよう。
大橋さんはどうかな?
いつでも気軽に来てくれたら嬉しいな。

氷柱の様子だけで話が終わっても物足りないだろう。
ただでさえ今日は肌寒い雨の一日だった。
こんな時は賑やかだった学園祭ムードに浸っていたいところだが
もう慣れたから、片付けも鮮やかに終了し、
私の一日はこれと言って陽気なエピソードもなかったな。
大変そうだったのは今年入学してきた一年生たちで
準備の段階からそうであったように
撤収作業もやはり右も左もわからない様子だった。
小道具をうまく収納できなくて段ボール箱の数が増え、
かさばる荷物にさらに雨でつるつるする足場が追い討ちをかける。
体育倉庫に荷物を運ぶ途中にある渡り廊下から
いくつも悲鳴が響き渡っていたのを聞いただろう。
今日一日で、地獄の渡り廊下として恐れられ語り継がれる名所となった。
いったい何人が、打ち身で保健室の世話になったのか。
立夏もアメリカンな悲鳴を豪快に轟かせ、
いい年をしてパンツをびっしょりにして帰ってきた。
打ち身や捻挫の対応にはヒカルが詳しくて、
甲斐甲斐しく世話をしてやっていた。
風呂にも一緒に入って、優しく洗ってやったりしていたようだ。
だから立夏はそろそろ調子に乗り始める頃かもしれない。
学園祭では初めて尽くしの中でがんばっていたことだし
こんな時くらい甘やかしてやりたいというのであれば
私もうるさく言わないでいてやろう。
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