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霙の偽日記

『道行』

旅先では
様々な出会いがある。

見たことのない景色。
その地ならではの文化。
新しい概念に触れ、
旅の果てに
知らない自分を発見することもあるだろう。

儚いことだな。
景色も文化も、自分自身もまた
永遠の時間を経験するような気でいるなんて。
宇宙を構成する一粒、見えないほどのかけらでしかないのに。
なにもかも、砂浜の文字のように当たり前に消えてしまう。
それが、あらゆる生まれ来るものの定めだ。
特別な発見が、私たちをどこへ連れて行くのか。
ただ滅びの道へと向かうだけなのに。
決して止まらない歩み。
例外はない。
砂浜も波も、この星さえも、
やがては大いなる宇宙の懐に抱かれ──
ふるさとの場所、無に帰って行く。
無理して新しい経験を得る理由など、まったくない。
こんな暑いときに、わざわざ暑い場所へ出かけていくのは
何を求めてのことなのか。
短い生、消え去るのみの全てに与えられたわずかな時間。
私は何も得ることなく
保養の名の下に
ただひたすら、のんびりするだろう。

だいたい、発見だったら、どこにでもあるものだ。
海晴姉は毎日毎日飽きもせず、鏡を覗き込んでは
どんな恐ろしいものを見つけたのか、悲鳴を上げている。
ご苦労なことだ。
楽しいのかな。
身支度にあんなに時間をかけていては
ほんのひとときの命を有意義に過ごすことなど
とてもできないな。
私なんて、
この季節にはとても心地よい短髪に櫛を通し
服を選ぶのが面倒なら、マントの暗黒に全てを秘め隠して
それだけでいい。
この旅行、宿泊先に着いたら
私は、私に与えられた運命が望むがままに
ごろごろし、
だらだらし、
まったりと──
この身のどこにも休める部分がなくなっても
体を休めることに決めている。
本来のリゾートの目的を果たすのだ。
その時私は、安逸に身も心も溶け出して
頭の中にはただまぶしいリゾート地の光のみが湛えられた
人の限界を超越した怠惰の精霊と変わり果て
無とひとつになるのかもしれない。
私が沖縄に求める、ひとときの完成だ。
まあ、そんなに思い通りにはならないだろう。
なにしろ右も左も分からない小さい子たちが、山盛りで一緒だ。
多少は導いてやらねばならない。
見守ってやりたい場面もあるに違いない。
そして、頼むから放っておいて欲しいと言われたとしても
どうしても見物に行って土産話を持ち帰りたいときも
必ずあるだろう。
この旅行が、私たち家族全員が共にする経験である限り、
絶対にあるだろうと私は確信する。
一人ひとりの姿を
目に焼き付けておきたくなることがある、と。
やがて消える運命に逆らう、奇妙な衝動であろうと
ちっぽけな私たちは、
崩れる砂浜に刻み付ける。
この記録が永遠に続くようにと。

おそらく、どれほどの決意をしていても
私たちの家族旅行からあわただしさを拭い去ることはできない。
せめて、心構えだけでもゆっくりとしたリゾートを心がけよう。
旅行先ではいつも、新しい文化に出会う。
家族が無意味に困らないよう、予習はしっかりとしておきたい。
旅の喜び、出会いもその一つと言っても決して過言ではない。
恐れて萎縮するばかりでは、楽しめる旅も楽しめないし
気をつけろと言っても、なかなか聞かないのが小さい子供だ。
せめて、どのようなトラブルも対処できるようにしたいものだ。
なるべくなら、トラブルが起こる前に予測できるくらいにな。
生徒会活動のついでに、学校の図書室から借りてきた関連書物は
決して浮かれているわけではない。
準備にはどれだけ時間をかけても足りない。
とはいえ、時間は無限ではない。
旅行前の一週間から、あわただしさが始まるかもしれないが
この暑さに疲れて体調を崩したりしないように──
何もかも滅びるものだと悟りきって、時には休むのも悪くない。
覚えておくといい。

ところで、宿題はきっちり済ませてあるか?
旅行の準備は、意外なところでうっかりしがち。
油断していたら、どこで予想外の事態が起こるかわからないぞ。
その時は協力して乗り越えよう、
家族のため、
楽しい家族旅行のために。
私は学習計画は順調なんだが、
この暑さに、快適に過ごすことばかり求めるあまり
ついに部屋からかび臭い匂いがし始めた。
匂いばかりは、マントの暗黒でも覆いきれない。
私の部屋が滅びに向かっている。
普段から覚悟はしていても、
旅行を前にしたこのタイミングで滅びを迎えたくはない。
そういうことなので
海晴姉の宣言で、すぐに部屋を片付けない場合、
旅行先でおやつ抜き。
もちろん、みんなが準備で忙しいので
誰の手も借りずに一人で、との厳しい言いつけだ。
果たして、可能なのだろうか?
さて、
もしもオマエが、私と一緒でなければ
悲しさのあまりに、ちんすこうの味も分からなくなるというなら
私としては、オマエを止めることはできないのだ。
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