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吹雪の偽日記

『朝顔』

今日は、朝顔の話をします。

物理学の分野において
エネルギー保存の法則は例外なく成り立ちます。
理由のわからない場所からエネルギーが発生することはなく、
また、エネルギーがどこへとも知れぬ場所へ
忽然と消滅してしまうということもない。
したがって、この世界は全体を数式によって正確に表現することが可能であり、
生命もまた、数式の集合体であると予想できる。
ただし、気象予想に関係するカオス理論などが説明するとおり、
理論的に可能であるということは、ただちに実現できるとは限らない。
生命は無数の要素が絡む不確定性のかたまりである。
そのため、成長を予想することは現時点では不可能です。
計算機の発達が成功を続けても、追いつける気配もない。
今後も生命は、長く神秘の霧に閉ざさ続けるでしょう。
しかしそれは、いつか全てが解明される日が来ない、ということを意味はしない。
すぐに結果が出るものではないと分かっていても、
いえ、それは永遠に近い年月続くと思われる秘密に挑む
ただの無謀だと知っていても
試みをやめない。
私もまた、匹夫の勇に踊らされる一人に過ぎない。
分かっているということは、やめるという理由にはならない。
人の理性の限界が、常に挑戦の限界を意味するものではないと考えます。
果たして、小学二年生の知識量と調査環境で、どれだけのことが明らかになるのか。
朝顔は興味深い研究対象です。
学習した通りに種をまいて育てれば、
学習した通りに芽を出して伸びる
一見単純な構造の生命体でさえ、
同じ鉢植えの環境下で、同じ太陽のエネルギーを浴びて育つのに
どうして様々に個性的な成長をするのか、不思議です。
まず発芽しやすい条件か、そもそも種によって違いがあり、
芽が顔を出す順番にも少しずつの差があり、
つるを伸ばす速度もまちまちで、
用意してあげた支えにどのようにつるを巻くか、
性格によるものかと疑うほど、千差万別。
もちろん、花が咲き始めるまでの期間も
花の数も、一つのクラスだけでも様々な例が存在します。
私が今年、学習教材として育てている朝顔は
数が少ない成長をします。
終業式の日、学校から持ち帰った鉢植えを庭の花壇の空いた場所に置いて
現在、遠くから見ると、やけに緑色の範囲が広い
花壇にしては不思議と一色だけに偏って見える部分があったら
それは私の朝顔です。
つるは丈夫です。
学校で教わったとおりに水をやっても
姉たちの経験に基づくアドバイスを実行しても
名前を付けてやって愛情を示しても
つぼみをつけることもありません。
ちなみに名前は、
赤い朝顔が関羽、
ピンクの朝顔がサマンサ、
次に花が開いたらその場合はアントワネットになる予定です。
毎日記録する観察日記では、緑色のクーピーのみ消費が激しい状態で、
姉たちが自分のパレットから喜んで分けてくれたピンクと赤のたくさんの色鉛筆は
王子様との出会いを待つ森の美女のように
パレットのすみっこで身動きもなく眠っています。
今まで家族の誰も経験したことのない事態。
19人姉妹の12番目で初めて遭遇した、稀有な謎です。
何が原因なのでしょう?
もともと、こういうことはよくあるのでしょうか?
いつか、この不思議な成長の理由が
エネルギー保存の法則によって解き明かされる日は来るのでしょうか。
それとも、この成長もまた、朝顔の正常な発育の一種なのか。
成長が遅いだけかと思っていましたが
もしかしたら、こういう性格の子なのでしょうか。
関羽とサマンサは。
もう、よく育つつるのほうに思い入れがある状態になってきました。
名前を付けて
こっちも愛情を注いでやるべきなのでしょうか?
我が家では今年も、一週間くらいの家族旅行を予定しています。
その間は、おとなりの奥さんに朝顔のお世話をお願いすることになっています。
話をしたところ、快く引き受けてもらって、
朝顔の世話には自信があるとのことでした。
小雨姉と時々家庭菜園の相談をすることもある関係です。
おとなりの奥さんは、植物の栽培に関しては名人と言っていい腕前。
もし、関羽とサマンサの成長が遅いか
それとも私の育て方がうまくなかったなどの原因で
家族旅行から帰ってきたときに花盛りになっていたとしたら
私はとても複雑な気持ちになると思うのですが
どうしたらいいのでしょうか。
いえ、それならばいいのですが、
逆に、帰ってきたときに万が一、今の花が枯れてしまっていたら
ただでさえ少ない花のことで、衝撃は大きいと予想できます。
関羽とサマンサが元気であるように、よく頼んでいますが
なにしろ生きているものなので、
現在は生存さえも数式で計算できるものではありません。
名人が手を尽くして枯れるならあきらめるべきなのでしょう。
しかし、できれば、未熟な腕前であっても
私が最後まで面倒を見て、こだわっていたい気持ちがあります。
不合理な思考ですね。
生き物ならば、最後まで生きるために尽くしたいであろうに。
私の手で育てられて、この子は幸せなのでしょうか?
ともかく、しばらくは私の手から離れることになります。
どこに旅行に行くにしても、朝顔は持っていけません。
旅行先を決めるじゃんけんは、明日の予定です。
なるべく早く帰ってこれる旅程を提案したくて、
少ない日数でも満足できるようにと、移動範囲を近場に絞って
星花姉は中華街に、
麗姉は都内の路線に、
海晴姉は近場の温泉地に──
協力を頼んでありますが
今はまだ優勢とは言えません。
夏の海水浴は、あまりにも強い誘惑のようです。
これはもはや、ひとつの欲望と言っても良いでしょう。
海水欲です。
それはともかく。
家族旅行は大切なもの。
本当は、どこに行くか、何をするか、
楽しめるか、ということよりも
大事な人を思いやることができて
愛する人の、普段はなかなか見えない新しい姿を発見して
お互いが、今までよりも大事になる。
そんな旅行になれば、理想的だと思います。
そのためには、予定を立てる段階から正直に意見することが大事だと
教わっています。
私は、この家で過ごす生活を大事に思っています。
たとえ朝顔がなくても、それは変わりません。
今年はたまたま例外的な動機があるというだけです。
夏の家族旅行が、格別の魅力を持っているものであることは否定しませんが
規模の大きい旅行に限定する必要はないということが
私の提案です。
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