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吹雪の偽日記

『嘘』

嘘はよくないことです。

しかし、嘘と真実を見分けることは困難です。
たとえば、科学の分野では信じられないことが良く起こります。
液体ヘリウムの粘性がゼロになることで起こる超流動。
水星の近日点移動が計算に合わないことから導き出された
重力と時間に関する新しい計算式。
超伝導は実際に確認されている現象ですが、
常温超伝導の観測は間違いであった?
人の常識は、簡単に覆されるもの。
地球は丸いのか。
私たちは、太陽の周りを回っているのか。
トロイア戦争は実際にあったことで、
シュリーマンが発掘した遺跡は本当にイリアスだったのか。
アリストテレスの詩学では喜劇はどのような位置づけだったのか。
詩学の欠損部分は、あの論の趣旨を大きく覆すものなのか。
ならば、ミロのビーナスの両腕部分もまた
本来の姿をとりもどしたとき、私たちの想像と違う意味を持つのか。
語られていないということは、厳密には嘘とは表現しません。
しかし、伝達過程で誤情報が混入することはありえます。
意図的でなくとも、嘘とどう違いがあるのか。
伝言ゲームはそれを楽しむ遊びです。
そしてまた、人間は嘘を楽しむ習慣があるようです。
しかし、天気予報で嘘をつくのは
視聴者を非常に困惑させるいけないことであると
海晴姉は妹たちの面白半分の提案を却下していました。
私も、それはいけないと思います。
雨に濡れてしまったら、健康に良くない影響があり、
体が弱い人や、疲労が蓄積している人には
命に関わる危険もあります。
楽しめる嘘の範囲とはどこまでなのか?
許される嘘とは何なのか。
あるいは、嘘と真実の境目はどこにあるのか。

キミは、私に嘘をついたことはありますか?
私は嘘を見抜くのは苦手です。
家の庭にはピンクのシマウマが闊歩しているかもしれないし、
シマウマの日は、しまうまうまの語呂あわせである可能性はある。
嘘と断言できる要素は、この世のどこにもない。
また、真実であると疑いなく受け入れることができる事実も
数は少ない。
ニュートン物理学が拡張されたように、
より正確な別の物理法則が成り立つことがありえる。
ラプラスの悪魔は量子論の不確定性原理によって否定されたように見えます。
しかし、現在の物理法則が完全なものである保証はない。
というより、そのほころびを示す観測は多くあります。
それらの観測が全て単純なミスだという可能性と、
現在の私たちの知識は不十分なものとする考え方は、
同じように蓋然性がある。
どちらかが間違いであるか、どちらも間違いであるか、
それとも、どちらも本当であるということが成り立つのでしょうか。
論理的な立場で言えば、ありえない。
しかし、現在の論理学が完成されたものであるとは限らない。
嘘つきはいったい誰なのか。
意図的な嘘もあれば、意識しない嘘もある。
単純なミスは誰にでも避けられず、慎重である姿勢は求められますが
非難されるべきではない。
ヴェリコフスキーの荒唐無稽な説は、確かに疑問だらけです。
では、彼が唱えた嘘と、現実の脅威の間に、どこに区別があるのか。
意図的な嘘や明らかな知識不足による迷惑を許容できるとは限りませんが
いったい、許せる嘘はなんなのか。
罪もなく、笑って受け入れることができる嘘が良いとするならば
ヴェリコフスキーの一見して間違っている説は
ただの冗談で終わるはずだったのではないか。
人類が月に行かなかったという説も、
源義経が大陸に渡ったという説も、
明らかに勘違いだらけなのに、どうしてこれほどまで議論の対象になるのでしょう。
長篠の戦いで鉄砲の三段構えが勝利の決め手となったのは嘘で、
そもそも、武田家の騎馬軍団は実際にあったのかどうかも疑問視されている。
名馬の産地であることは間違いないのですが、
軍馬として組織されていたかどうかは、疑問の余地があると。
しかし、勇壮なイメージの武田軍とは相性がいいようで、
桶狭間の戦いにおける織田信長の革新性などの印象もあって
伝説として、好意的に受け入れられているようです。
許される嘘なのか、
正しい歴史を知ることが望ましいのか。
三国志は、演技の内容は歴史と違っていることもあるようですが
そういうものだとして、熱心なファンがたくさんいる。
星花姉の意見を聞いてみたいです。
しかし、明日は疑心暗鬼の日ですので、議論には向いていないでしょうか。

休日には公園に出かけることも多く、
私も、小さい子を見る役目を引き受けたいのですが
時期的に、今は子供が多く集まっていて
おまけに明日はどのような誤情報が飛び交うかわかりません。
罪のない嘘ならばいいのですが、
天気のこと、遊具の使用法、トイレなどの施設は
深刻に関わってきます。
また、ベンチにペンキ塗りたての張り紙があったらどうするのか。
笑い事ではありません。
子供を休ませる場所を安全に確保できるかは、非常に重要な課題です。
また、ほこりが苦手で、この時期にはあまり外出はしたくないと思っています。
明日は保護者役を断って、家にいるつもりです。
家の中でだまされるくらいであれば、問題も少ないでしょう。
私が無条件に信じていることはあまり多くありませんが
家族の言葉が、どのような嘘が含まれているとしても
私が受け入れるべきであることは、疑問を持っていません。
ただ、子供の嘘が苦手だから子守りの仕事を断りたいとお願いしたら
説得力がないでしょうか?
我が家では麗姉に対しても日記への参加を要請したように
荒療治も時折行われ、それが成功する場合もあります。
むしろ外に出て、多少は嘘にもまれてきたほうが良いとする考え方もあるでしょう。
しかしやはり、私は気が進みません。
家族の説得に協力してもらえますか?
どのような事態になったとしても、キミの援護を期待しています。
願わくば、嘘を見抜く助けとなり、
そして共に同じ冗談を笑い合える人を。
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