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霙の偽日記

『滅びの定め』

止めようとしても
止められないものが
たくさんある。

やがて宇宙の全てが
塵に返る定めもそうだし、

麗の好きな電車が
引退していくこと──

増加を続ける
立夏の体重──

ツイスターゲームの途中で崩れ落ちる
運動不足の体──

それから、
愛するものへと突き進む
ひたむきな思い──

蛍の様子が少しおかしいとしたら、
原因は私だ。

愛する気持ちは止められず、
あんこに向かう思いが溢れ、
どれほど小豆が至福であるかを
微に入り細に入り
余すところなく
昼夜を徹して訴え続け、
ついに真実の愛は
あまたの困難を乗り越えて
成就する──

というわけではなくて、

そういえば小豆もマメの一種なんだし
節分も近いし、あれで厄が祓えるなら
さくらも少しは怖がらないでいられるのではないか?

と、
自分でも
それはないだろうと
思いながら
雰囲気で適当なことを言ってみたら、

蛍が真に受けてしまった。
言っておくが、何の効果もなかったとしても
私は責任は取れないぞ。

思うに、もともと節分は
せっかくの行事なのに、蛍の腕を振るう部分が少なくて
物足りなかったんじゃないか。
恵方巻に力を入れてみるくらいだ。
しかもあれは、無言でまるかぶりだ。

そういうわけだから、
豆なら何でもありの勢いで、
大豆料理も試しているようだし、
豆乳なんて小さい子の好みではないだろうか、
コーヒー豆と合わせてカフェオレにしたらどうだろうかと、
張り切っている。
しかし、コーヒー豆はマメ科ではないが、いいのかな?
まあ、もともと私の根拠のない思い付きが発端だから
いいも悪いも何もないんだが。
縁起物だし、おめでたいことなら特に難しい話はいらないんじゃないかな。
いろいろやらせてみてもいいと思っている。

もちろん、小豆尽くしも
蛍の冗談だ。
私と違って料理上手な蛍のことだ、
しっかり考えてやっているし、大丈夫。
大丈夫だと思う。
もし大丈夫じゃなかったら、
その時はその時だ、それから考えよう。
頼むぞ。

何もあんこを愛していると
伝えたわけじゃない。
それは、もちろん、愛しているが
何をおいても一番というじゃない。
いざとなったら、あんこがなくたってかまわない。
私がこんなことを言うなんて、驚いたか?
別に普段から出し惜しみしているつもりではないんだが。

私はさくらのことを愛している。
泣いたりすることはこれからもたくさんあるだろうが、
私たち家族が支えてやれることがあったら、何もためらわずに手を差し出すつもりだ。
幸せになって欲しい、と私は願う。
あの子がやがて、真剣に願う幸せがどのようなものになるのか、まだ誰にも分からないが、
確かなことは、さくらがこれからどんなふうに大きくなっていくとしても
私は変わらずに愛し続ける、
ただそれだけだ。

私は蛍のことを愛している。
いつも私たちを喜ばせようと腕を振るって、
私たちが喜ぶと、自分のことのようにうれしそうに笑っている。
もしかすると、自分のこと以上に──
努力家で、たくましくて、それでいて無邪気でかわいらしい。
愛くるしい妹だ。
ときどき鋭いところもあって、意外と油断ならないのも
蛍の愛嬌だな。
もしも、蛍が料理を作らなくたって、私は蛍を変わらず愛していただろう。
ただ、私は今、こうして私たちと過ごしている蛍を
他のどのような例え話の中の蛍よりも
深く愛している。
それだけが今の真実。

やがては塵になって消えてしまう
ちっぽけな思いだ。

愛して止められない気持ちが起こす
不思議な事態だな。
やけに小豆料理が多くなったのは予想外だったが
たとえどのような展開になっていたとしても
私が幸せであることは、あまり変わらなかっただろう。
本音を言えば、子供みたいにメニューにわくわくする喜びを
久しぶりに思い出して、楽しかったかな。

マメのことで言えば、
ピーナッツバターの研究もしているようだから、氷柱の好みだ。
今度は氷柱が喜ぶ番かもしれない。
あいつもそんなふうに、一日が幸福で満たされれば
少しは丸くなるのだろうか?
あの年頃の娘が気にするちっぽけな、本人にとっては大事なことなんて──
誰かを愛する大きな気持ちの前では
いつか消えるどころか、はじめから塵に等しいものでしかないと、
氷柱もやがて気がつくかもしれない。
それとも、氷柱も気がついているかもな。
人を愛する気持ちを大事に持ち続けながら、
それでもなお、塵に等しいと分かっている
自分のちっぽけな思いを抱えることを選びたいのかもしれない。
あの子なら、それができるのかな。
できなかったら、それはまたその時だ。
頼むぞ。

オマエも、何かを愛しているだろうか?
止められない思いがあるだろうか。
私が何をすることも、止められないと分かってくれるだろうか?
私はオマエを愛している。
ずいぶん離れて暮らしていたからなのか、
他のきょうだいたちと比べても、かわいがってしまいがちだ。
愛情に差があるとか、
優先順位があるとかではない。
難しい理屈は何もない。
どんなことがあっても、オマエを愛している。

愛することに理由などない。
ただ、愛しい。
だから愛する。
私の愛は、そんな感じだ。
家族だからというのも、関係ないような気がしてくるほど
私は家族の全員を、自分でも止められない気持ちで愛している。
オマエを愛している。

ときには、愛がなかなか分かってもらえなくて、つらいときもある。
愛するもののために、悲しさに涙を流すことも、当たり前にある。
でも、全ては塵になってしまう定めだ。
愛する気持ちも、幸福も、いつかは必ず塵になる。
どうせ何もかも同じものなら、
私にとって、少しは大事に思えるものを選んでみよう。
だから私は、
この肉体が塵となって消える最後の瞬間まで
オマエを愛し続ける。
それを止めることは、誰にもできない。

オマエはどんなふうに、家族を思っているのかな。
私はオマエになって行動することもできないし、
どんなふうに行動して欲しいと強制することもできないが、
もしも愛してくれているのならば
その気持ちを存分に見せ付ければいい。

口に出したら変わってしまう思いがあると、知らない人は言うが
そんな思いくらいでうちの家族が満足してくれるなんてありえないと
オマエならよくわかっているはずだ。
だいいち、どんなに一生懸命に愛しぬいても
もっともっと
まだ足りない
たくさんちょうだい
と、いくらでもオマエの愛を待っている子ばかりだ。
あの子たちを愛したいと思うなら、いくらでも愛してあげてくれ。
大変なことはあるだろう。
でも、愛する苦しみも、愛を伝えられなくて後悔した出来事も
すべては塵に等しい。
何があっても、やめることはない。

まずはそうだな、
珍しくいいことを言った姉に
とりあえずお礼を言うことから
始めたらいい。

何事も、素直な気持ちから始まって、
素直な気持ちだけが、私たちを導いていくのだ。

さあ、
いつでもいいぞ。
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