アルケイディア&キュクレイン

アルケイディア&キュクレイン TOP  >  2013年11月

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観月の偽日記

『霜月』

神無月は昨日まで。

出雲に集っていた神々も
戻ったであろうか。
厳しい守護者の留守を見計らって、はめをはずしがちだった妖怪たちは
今日は急に大人しくなったようで、とんと姿を見せぬ。
来年が来るまで、羽を伸ばすのはこれっきりと
昨日のお祭りに乗じてはしゃいでいたようじゃ。
舶来のお祭りなのに、楽しければ無節操。
子供と同じじゃ。
うむ、わらわもじゃ。
パレードにこっそり混じって、お菓子をもらっていく客人は
人ばかりではなかった。
ハロウィンパレードにはだいぶ人も妖異も集ったようで
人を熱狂させる魔力を使うものでもいたのか、
赤字覚悟でお菓子を配ってしまったおじさんたち。
奥さんに怒られていたようじゃ。
聞いた話によると、死者が戻ってくるお祭りであり、
収穫祭を取り込んだとも聞く。
実りを助けてくれるのは、立派な神々だけとは限らぬ。
このあたりにはいつも、出雲に集まるほど立派なものでなくとも
我らの暮らしを見守り、時におどかし、時に助けてくれる友は
たくさんいる。
お礼を捧げることができたなら
これからも、時々は力を貸してくれるかもしれぬな。
昨日のお祭りの賑わいと、もらっていってくださったお菓子の山。
あの者たちにも気持ちが届いたであろうか。
来年のお祭りにもまたいらしてくださると良いな。
仮装コンテストで優勝したカボチャ頭の子と、二位を獲得したシーツの子は
顔を見せないまま表彰台から降りて、どこへともなく去って行ったな。
というのは、もしかしたらの話であるがな。
今日からは神々のもと、しばらくはいたずらをすることもないであろう。
次にあの子らがやってくる時まで家族たちが息災で、
おいしいものがまた我が家にも届いたなら
その時も、一年の収穫に感謝を捧げたいものじゃ。
楽しいことは好きだが、臆病なところもあるものたち。
どこに潜んでやってくるのかわからないから、来年もお菓子は盛大に用意するのが良いであろう。
兄じゃも、お祭りには遠慮なく参加して、たくさんお菓子を配ってくれたら男前じゃぞ。

ハロウィンのにぎわいは去ったが、
これからの時期に楽しみが近づいてくると言えば、やはりあれじゃな。
そう!
霜月神楽じゃ。
しかし、家でも幼稚園でも
これにはあまり同意してくれるものはおらぬが
兄じゃはどうじゃ?
やはり、馴染みがなくてあまり楽しみではないか?
むう……
実際に見に行けるわけではないからの。
大事なお祭りなのじゃが。
もともとは旧暦霜月に行われていた、収穫を感謝する祭り。
今の暦で言えば10月、収穫のあとの時期。
実はハロウィンと同じ目的のお祭り。
それなのにあまり話題にならない。
華やかなのに……
お菓子やプレゼントが存在しないゆえであろうか?
ともあれ、感謝を捧げたい気持ちは確かなもの。
昔からの伝統にのっとり
繰り返す一年の、ひとつの節目。
おいしいものを作る手助けをしてくださった神様に。
我らを取り巻く広い大地、畑と木々とあらゆる場所に座を占める神々に。
この自然を使わせてもらう我らが、ありがたい収穫を報告し感謝を捧げたい。
よき日を選んで
身を清めて。
礼を尽くして、神を呼び。
この時期は、湯を浴びていただき穢れ祓いを祈る祭りが多いようじゃ。
また来年も新たな姿でそのあるべき座につき、人を導いてくれるように。
今日まで一日一日をつなぎとめてきた命に感謝し
来年のこの日を迎えられるよう願う。
その先も、なおその先も
敬う神々と共に地に暮らし、
これからも自分を取り巻く人々と生きていけるように。

よいはしめ よなかはしぐれ
あかつきの かみもどしに あうひとは
寿命ながかれ 命ひさしき
また来年も かくのごとくに
神はゆけゆけ 森はとどまれ
このさとに またくるとしも 神よびもどす

古より連綿と語り伝えられてきた、大切な感謝の歌。
これは、人をこの地に繋ぐ、ありがたい収穫へ捧げる気持ち。
今日もあり続けられた尊き生命を寿ぎ、
喜びを捧げようと昔から続けられた儀式。
小さな地域の祭りは、いかに伝統があろうとも
人の世の移ろいと共に
やがて時の流れに押しやられ──
いずれはすたれてしまう定めなのかもしれぬ。
しかし、人の命を続けていく仕組みが変わることはない。
千年、二千年も前から、何一つ変わってはいない。
どれほど年月を重ねて行こうと、これからもずっと。
そして、親しき人たちと命を喜び合いたくて──
この思いを誰かに伝えたい感情もまた
どれだけ人の営みが移り変わったように見えても、
同じように、あるいは違う形になったとしても
その根っこにあるものは変わらず、繰り返されていくのだと思う。
今年の霜月神楽にも、人々が吉日を迎えられるよう
わらわもこの地で、力及ばずながら祈るばかりじゃ。
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亞里亞BDSS

青空の偽日記

『ふゆ』

あさと、よるが
さむくなると──
ふゆがちかい。
きをつけて!

ふとんをふやすよ。
ふゆだから。
あみもので、うわぎをつくってもらう。
むねにハート。

おへそをだしたらだめよ。
ミニスカートにしましょう。
おんなのこ。

さむいさむい
ふゆ。
そんなにさむい?
そら、あったかい!
はしって、あそんで、ほっかほか。
あのね、こどもだからだって。
あったかいの。
さむがりは、みぞれ。
こたつに、こいをした。
ひまそう!
だらけてる!
あそんで、あそんで。
でも、
そうじゃないんだって。
さむいからだって。
そんなにさむい?
こどもはほかほかだよ。
みぞれもこどもになれ!
そとであそんで、あつくなるよ。

おおきくなったら
えいようをとらないと
からだがあったまらない。
さむいひに
うごけない。
からだをうごかすエネルギー。
えいよう。
げんきになるのも
あそぶのも
えいようがなかったらできないの。
あのね、みぞれはさむくなってきたから
えいようをたくさんとるって。
あんこがいいっていってる。
ちょこも、このさいありだって。
おかしでからだがあったまる。
そら、このまえいっぱいおかしもらった!
ちょこもあるよ!
みぞれにあげる。
えいようとってね。
げんきだして!
おかしをたべると、エネルギーいっぱい。
そら、おかしたくさんもってるから
みんなにあげる!
そしたらおとなもげんきになるよ。
みんなでぱんついちまいになって、にわをはしる!

ほたる、
おかたづけちゅう。
どれすも
かぼちゃも
たんすにおしこむ、ちからもち。
おつかれ?
おかしあげる!

はるか、
おうじさまのことをかんがえて
ぼーっとして
かいだんからおちた!
あしをひねった。
いたーい、なきそうなの。
おかしで、げんきになってね。

こさめがさけんだ。
たすけてー!
おはなばたけに
けむしがうろうろ。
おかしあげるね。
こさめがおかしでつよくなる。

つららがおべんきょうちゅう。
あーつかれた!
げぼくはこんなとき、さーっととんできて
かたをもめばいいのに
きがきかないな。
っていってる。
いつものんきなかおをして
みているだけではらがたつ。
ごしゅじんさまのためにはたらくくらいしかできないのに
なにをしてるんだろう!
おにいちゃんは、そらとおそとであそんでくれるやくそく。
つららちゃんは、おかしでつかれをとってね。

さくらが
ぷりんをおとした。
うわーん、
うわーん、
ないちゃだめ。
おかしがあれば、なかないよいこ。
はい、ちょこ。

あくだいかんのわるだくみ。
ヒカルがおこったよ。
あんなやつはやっつけよう!
ヒカルにおかし、はいどうぞ、がんばってね。
へいじおやぶんにも、
まちむすめにも、
あくだいかんにも
おかしをあげる。
なかよく、わけてね。

あーちゃんは
きょうも、はいはいがじょうず。
よしよし。
こっちおいで!
おかしだよ。
ものすごいはやさで、とんでくる。
せかいいちのはいはい。
あーちゃん、どのおかしがすき?

おにいちゃんは、
むかしはこのおうちにすんでいなかったって
ほんとう?
おうちにいないで、どこにいたの?
ととろといっしょにやまにいた?
そらね、おうちのひとがいなかったらなきだす。
みんなどこー?
おうちのひとがくるまで、ないちゃう。
おにいちゃーん!
おねえちゃーん!
そらだよー!
おにいちゃんもおうちにいなくて、さみしかった?
がんばっておうちにかえってきたね!
えらいなー。
これ、おかし。

おにいちゃんはやさしい。
そら、だいすき!
つららがぷんぷんおこっても、
うららがわがままいっても、
かぞくがいちばん。
なんでそんなにやさしいの?
そういういきもの?
みはるはいうよ、
かぞくだからだよ。
なかがよくても
けんかしてても
かぞくはたいせつ。
いつもいちばん。
ここにしかいない
そらのかぞくは、
おにいちゃんのかぞく。
だから、やさしいんだって。
いつもたいへんなことがあっても、かぞくがだいすき。
おにいちゃん、いつもたいへんなことがある?
そら、おにいちゃんがげんきだったらたのしいの。
おかしたべて。

まだまだ
まだある
おかし。
ほたるがかたづけてくれたよ。
すこしずつたべてねって
このちいさいはこに──
このからっぽのはこに──
おかし、ないよ?
おかしがなくなった!
そらがみんなをげんきにするために
あげすぎた!
みんなはげんきになった?
おかしでえいようをとった?
そらもそろそろ
おなかがへった。
ふゆをこすために
げんきがほしいの。
おにいちゃん!
そら、おかしをたべてからだほかほかにする!
おかしもってる?
もらったら、いいこはおれいをする。
とりっくおあとりーと──
は、おわったから
おかし、ありがとう!
げんきにいうよ。

あさひの偽日記

『ぶうば』

あっばっば
にゃーにゃ。

むう?
むうう──
ぶうば!

おっばっば
おんま。

おお……
おっば!

ん?

あっばー!


(あまいにおいがするよ
 おにいちゃんから。

 おうちじゅうだ?
 おいしそうなにおい──
 とりにいくよ!

 そらからもらった。
 まるくてかたいもの。

 きいたことがある……
 これはおせんべい!

 なんだこのあじ?

 あまくない!)

氷柱の偽日記

『おつかれ』

三連休だけど
我が家では、予定は特になし。

小さい子は、ハロウィンでずいぶん遊んだものね。
中学生以上はそう遊んでばかりもいられないし。
学生の仕事は勉強。
日々の積み重ねだけが、確実に身に着く私たちの力。
遊んでばかりでは生活していけないわ。
お楽しみはしばらくおあずけ。

気が早い子は、
今年の終わりにやって来る盛大なイベントを
もう気にしているみたいだけど。
そう、クリスマス。
プレゼントの準備があるからって、気にするのは早すぎよ。
立夏なんて、
来月までにプレゼントをひとつに決めるなんてできる気がしないと転がっている。
むしろ悩めば悩むほど
どんどん欲しいものが増えていくと言う。
まったく。
そんな相談をされて、いったいなんて答えてやればいいいのか。
現在の候補として挙げているのは
自分の部屋か──
お兄ちゃんとの新居。
もっといいものは
いっぱいの幸せを運んでくる、新しい家族。
あんまりクリスマスプレゼントって感じがしないのが悩みだそうよ。
でも、年に一度しかないサンタの力なんだから
ちょっとくらい大きなことを言ってもいいんだって。
そうなのかな。

クリスマスか──
もうそんな季節なのね。
今年一年をきちんと過ごしたいい子のところに
ちゃんと優しいサンタが来てくれるかしらね。
立夏はプレゼントより、サンタが自分のところにも来てくれるか悩んだほうがいいわ。
ハロウィンも、ずいぶん楽しんでいたみたいなのに
切り替えが早いったら。
まさか、もうお菓子を食べつくしたわけでもないでしょう。
いくらなんでも。
まさか……
ううん、さすがにそれはね。
下僕も、いくら寒い時期になってきて体が栄養を求めていると言っても
食べ過ぎないようにね。
偏った食事は体を壊してしまうし
そうなったら……
あなたのお世話をするって言って聞かない家族が、何人もいそうだものね。
私は違うけど。
いくら下僕の不摂生を見逃していたからって
主人が責任を取る義務なんてないでしょう。
私だって忙しいんだから。
もう私に見向きもしてもらえなくなるのが悲しいと思うなら
ハロウィンでいっぱいもらったからって、お菓子ばかり食べないこと。
ちょっとくらい面白い仮装が人気を取ったからって。
別に──
パーティ会場で特別に気になるような仮装でもなかったし。
いつも下僕のほうを見ていたわけじゃないし。
主人を放っておいてうろうろして、無能だと思うだけ。
ときどき目が合ったのは確率的にありうるただの偶然で、
私の仮装を見ていたなんてことは──
そんなにいいものだったわけじゃないと思うし。
コンテストの会場に上がってくださいって声をかけられたとき、
肝心なときに近くにいない役立たずだったわね。
もし、あのときにちゃんと下僕らしくすぐそばに控えていたなら
あなたは、ステージに上がったらいいってすすめたのか
それとも──
もし、ずっといてくれたなら。
私のことをどんなふうに言ってくれたのか、今ではわからない。
いまさら聞く気もないから。

小さい子が喜ぶだけのイベントだと思っていたけど……
まあ、無事に終わって安心したわ。
コンテスト出場は断ったけど、そこそこ評価はしてもらえたみたいだし。
ユキもばっちり決まっていて、賞をもらえて、ちゃんと見ている人は見ているものなのね。
うちの家族はみんなかわいかったわね。
楽しそうだった。
ま、遊んでばかりはいられない。
遅れた分を取り戻すつもりで、
むしろ、追い越して差をつけるくらいの気持ちで行きたいから
勉強も忙しい。
秋の夜長、つい遅くまで集中できている日が続いて
気がついたら少し疲れているのかなって感じるようになったら
ちょうど連休がやってきた。
体調を整えるには適した、
こんなぽっかりと浮いた休憩時間。
下僕は正面から言わなくちゃわからないの?
肩を揉んだり、飲み物を用意したり、
ここにいたらやることはいっぱいあるでしょう。
それとも、あなたのその顔。
普段からだけど、今日はいつもより腑抜けてる。
生意気にも、一人前にお疲れなの。
休日でみんながお兄ちゃんを連れ回したいから。
家で唯一の男手だから、ひっぱりだこよね。
少々無茶な振り回し方をしても、
男なんて単純にできているから、そう簡単に悪くならないと思うんだけど。
たまには疲れることもあるのかもね。
たまにね。
おおざっぱに作られている下僕でも
人間なら疲れを感じる日もあるか。
しょうがないなあ。
うちはあなたのことが好きな子がいっぱいるらしくて、
こんな下僕なのに
あなたにしかできないことがあると思っている子はいるらしい。
この家で一緒に暮らしてくれて、
つまらないことでも、一緒に喜んだり悲しんだりしている。
男らしくて優しい姿をこんなに見せてくれる人は他にいない。
世界にたった一人しかいない特別な人なんだと
あなたのことをそう思っている子が、たぶんいる。
その期待が妥当なものかどうかはともかく
あなたが疲れていると、悲しくなる人がいるの。
体調管理も出来ないなんて、大切な点で自覚がないのね。
下僕の自覚。
家族で唯一の男の人として、しっかり働かなくちゃいけないのにね。
ほら。
家族みんなが、あなたに元気で一緒にいてもらいたいのに
そんなことでどうするの。
休日はまだ明日も残っている。
くたびれたなんて言い訳は、うちのわがままな子たちには通用しないわよ。
まだ明日も、体を休めるどころじゃない日になるかもね。
気のきく私は、今だけは許可してあげるから
こんな暇な時間のうちに体を休めたらいい。
飲み物くらいなら、私の分も作るついでだから
作ってあげてもいいわ。
あーあ、今は考えるのも面倒くさくて
飲み物は何でもいいって気分だな。
別に要望を聞いてあげるつもりでもないけれど
面倒くさいから、何を作るかあなたが選べばいいわ。
好きなものを言えば。

綿雪の偽日記

『お兄ちゃんと氷柱お姉ちゃん』

うふふ。

あっ。
急に笑ってしまって
びっくりした?
お兄ちゃんは、こんなユキを見て困ってしまう?
ううん、
いいことがあったというよりは
なんて言ったらいいのかな──
こんなふうにうれしくなってしまうのは、少し変だとわかっているの。

今日は一日お休み。
祝日です。
ユキは学校に行けるのも嬉しいんだけれど
でも、休日も好きなの。
今日は、大好きなお兄ちゃんがおうちにいてくれるでしょうか。
いっぱい遊んでくれるかな。
お兄ちゃんに何かご用があったらしかたない。
でももしかしたら、少し時間があるかも?
家族といるのはいつも楽しい。
怒られてしまっても、
ユキは今日もこの家で、みんなと一緒。
いつも笑顔でいるのは大変かもしれないけど、楽しいんだよ。
なるべくいつも笑顔でいたいな。
つらいことがあったら、泣いてしまうかもしれない。
今日は小さい子たちで手分けして運んだ洗濯物を
あわててしまって庭に転がして
落ち込んでしまうこともありました。
わざとじゃないからと。
がんばった気持ちが大切だから、失敗してもいいと。
失敗しても、お手伝いしてくれた気持ちが一番うれしいんだと。
なぐさめてくれるお兄ちゃんやお姉ちゃん。
どうしてユキには、こんなふうに優しいお兄ちゃんやお姉ちゃんがいるんだろう?
不思議だな。
変な疑問だと思いますか?
どうして素敵なおうちの家族のみんなが
世界中にたくさんいる他のりっぱな人たちの誰でもなく、
たいしたこともできないユキの家族だと神様は決めたんだろう。
こんなふうに優しくしてもらっている。
悲しくたって、涙を拭いたら
みんなのおかげで
ユキはすぐに笑顔です。
いつもありがとう、ユキはいつもうれしいんだよ。
今日怒られてしまったのは、別のこと。

だって、お兄ちゃんといると楽しくて、
ユキは自分でもなぜだかわからないくらい楽しくなって、
青空ちゃんと遊んでいるときや
氷柱お姉ちゃんがいつもユキに優しくしてくれるときと
どこか違う気持ち。
変なの、うまく説明できません。
春風お姉ちゃんは、ユキのこの気持ちのことを恋だって言うよ。
でも、まだ小さな小さなとっても小さな幼いユキです。
こんなに子供なのに、恋をするのでしょうか?
ユキには、どんな言葉でもうまく言い表せない気持ちです。
お兄ちゃん、
今日はお休みだよ。
いっぱい一緒にいてね。
いつもよりも、もっと。
迷惑をかけてばかりのユキが、まだわがままを言うなんて恥ずかしいのに。
でも、やさしいお兄ちゃんの顔を見てしまうと、なぜか自然に言葉にしてしまう。
おねがい!
もっと、もっと
どこにも離れないで
すぐそばにいてください。
今日も、立夏ちゃんと星花ちゃんと夕凪ちゃんとユキで大騒ぎをしました。
小さい子たちがお昼寝する時間になったから、
今度はここにいる誰かのもの!
お兄ちゃんを取り合っていたら
氷柱お姉ちゃんに怒られちゃった。
お兄ちゃん、
連休はユキたちのことをたくさんかまってくれて、
いっぱいお願いをきいてくれて
疲れてしまったの?
こらっ、
さわぎすぎ。
お兄ちゃんを少しは休ませてあげなさいって
氷柱お姉ちゃんが一人ずつ
ぺん、
ぺん、
ぺん、
ぺん、
あっ。
ふふ。
ユキも元気ないたずらっ子みたいに、頭をはたかれちゃった。
ついうっかり、だって。
本当はユキもこんなふうにいつも元気だったらいいな、って言ってくれたけど
ばれてしまったかも?
ユキは、もっといたずらをしてみたいいけない子。
優しい家族に甘えてしまうのが、こんなに止められない。
これからたくさん叱られてしまいます。
それとね、氷柱お姉ちゃんが、お兄ちゃんのことをとっても大事にしているのがわかったのも
うれしかったな。

霙お姉ちゃんは、
人間は小さなことを気にしすぎて
本当に大事な気持ちが言えなくなってしまうんだと、ときどき言っています。
大好きだって言葉にしないと、なかなか伝わらないのに。
だからどんどん好きだと素直な気持ちを言わなくちゃ。
そうなのかな?
ユキはお兄ちゃんや氷柱お姉ちゃんや、家族のみんなが大好き。
いつも言いたい。
大好きだよ。
一緒にいてくれて、ありがとう。
優しくしたり、叱ってくれたり。
いつも見ていてくれる。
いつだってユキと家族でいてくれて、ありがとうございます。
本当は、がんばって言おうとしなければ口に出せないらしい気持ち。
ユキは迷わず言える。
大好きです。
まだユキが子供だから仕方ないことがあって、
これからもたくさん迷惑をかけてしまう。
もしかしたら、病気が悪くなることもあるかもしれない。
そうしたら、お兄ちゃんは悲しくなってしまう?
ユキのことが負担にならないといいのに。
悲しませることしかできないこんなユキなら、
みんながユキのことすっかり忘れてしまうほうがいいのかな。
ときどき考えていたの。
でも、今はわかっている。
いくら迷惑をかけてしまっても
ユキはこれからもお兄ちゃんの家族なんですよね。
絶対に、離ればなれになったりしない。
もうユキのことを放り出してしまうなんてことは、家族の誰もしてくれないの。
お兄ちゃん、ユキと家族でいたら、これからもいっぱい困ってしまうことがあると思います。
これからどんなに大変な思いをさせてしまうのか、今のユキには何もわからない。
悲しまないでほしいと言っても、かなわない。
たくさん迷惑をかけてしまう。
家族なんだから、もう決まっている。
だけどできれば──
家族だから、好きだという気持ちは伝えたい。
言わないとわかりにくいことだって聞いたから、たくさん言ってもいいですか?
いつでもユキは思っています。
お兄ちゃん、大好きです。
もしも次のお休みに、あんまりおつかれじゃなかったら
また一緒にいてほしいな。
今日みたいに──
それとも、もっと仲良しみたいに、ぴったりくっついて。
いつまでも、決して離れたりしないのが家族なんだとわかっていても
少しでも近くにいてほしいのは
ユキがお兄ちゃんのことを好きだからです。

虹子の偽日記

『もみじ』

てるやまもみじ。

あきだから
おにわや
うらやまは
おしゃれをします。

あかいいろ。
きいろいいろ。
ちゃいろ。

あと、
きんいろ。
──みたいないろ。
きれいだよ。

おにいちゃんもみた?
おうちのまわり。
どうだった?
あかかった?
きいろかった?
まだみどりだった?
にじこのしらないいろじゃなかった?
ピンクいろになっていたら
みにいく!
にじ、ピンクいろがすきなの。
おにいちゃん、しっていた?

うらやまも
きれいにきかざった。
あきです。
あきは、かさねぎのきせつ。
セーターをいちまい。
うえにジャンパーを、もういちまい。
ほかほかしたら
いちまいぬぐの。
このまえまでは、みずぎのいろだった
あかやきいろ。
それが、あきになると
なぜかしら?
おちついたおとなのよそおい。
おうちのうらやまはおしゃれさん。
じつは、おんなのこだったの?
おやま。
こんなおしゃれだってにあうんだよ。
みてほしいっておねだりしている。
かわいいっていってほしい。
すきなひとに
どうですか?
そんなおやま。
こいするおとめなの?
やっぱり、こんなにきれいになるのは
このいえにおにいちゃんがいるから
みてほしい?
みてください、
みてください、
おんなのこです。
おおきくなったよ、
かわいくなったよ、
すきだから。
こんなわたしはどうですか?
ずーっとおそばにいてもいい?
にじこはおしゃれがじょうずになったよ。
かわいいよ。
おにいちゃんにみてもらいたくてがんばるんだもん。
おんなのこは
すきなひとのためなら
がんばってなんでもします。

おやまはきがいっぱいでいいな、
にじこもきらきらきんいろ、きれいになれたらなあ──
おとなにならないとむりかなあ?
そしたら、ほたるおねえちゃんがふくをいっぱいつくってくれました。
あみものってすごい!
はじめは、まるいたまなんだよ。
これはなにをするものだろう?
にているよ──
なべにはいっている、いとこんにゃく。
かたいかな、やわらかいかな、
おいしいあれこれ。
まるいたま。
そうしたら、
ほたるおねえちゃんのてでするするほどけて
みるみるうちに、ふくになる。
もみじもふしぎ。
ほたるおねえちゃんのあみものもふしぎ。
すごーい。
いつかにじこにもできるようになるかも、だって。
お兄ちゃん、
にじこはいつ、あみものができるようになる?
ちっちゃなて。
あったかいてだよ。
さむいときに、おにいちゃんのてをあっためるのがだいじなおしごと。
てがさむいひと、よっといで!
でも、あみものはできない
ちっちゃなて。
おおきくなるまでは、
おえかきをして、きれいなふくをたくさんかんがえて
おしゃれのおべんきょうをして──
ほたるおねえちゃんにおねだりです。
かわいいふくをいっぱいもらえる
ちいさないもうと。
ほたるおねえちゃん、あみものふくをありがとう。
ゆうなおねえちゃん、まじょっこふくをありがとう。
りっかおねえちゃん、ぎゃるふくばっかりだとさむいからきをつけてね。
にじ、きれいになります。
おにいちゃんにかわいいすがたをみせてあげます。
それから、もちろん!
みんなのいうとおり、
あたたかくします。
さむいきせつ、
あつぎをしよう。
あかも、きいろも
いちまいいちまいかさねて
じょうずにきなくっちゃ!

立夏の偽日記

『おへそ』

おへそと足と、いっぱい見せたい
元気で明るいセクシーガールの前に
大きな壁となって立ちはだかるもの。
それは寒さ。

いつだってリカは
ぴかぴかホットな笑顔のリカでいたいのに。
周りにも元気を振りまく女の子でいたいのに。
いつもいつでも、全力で。
悲しいことなんてひとつもない。
どんなときだって前向きな、大人のリカでいたいのに。
なのに、
このごろ、朝のおふとんは強敵で
出て行けない。
朝からもぞもぞ、このままがいいな。
リカの一日が、大きく明るいおはようではじまらない。
なんてことだ!
小雨ちゃんが見ている前で
あと五分、
起きる、すぐ起きる。
ほら起きた!
まだベッドの中にいるのは起きたとは言わないかもしれないけど、
目が覚めたから大丈夫。
おふとんの支配からすぐに脱出できる。
着替えをあったかいベッドへ運び込んでごそごそやっても
あっというまに支度を済ませるから
二度寝の心配なんて、全然ないはず。
ないはずだと思っていたら。
後で怒られるんだな。

脱いだ服も着る服も混ざってごちゃごちゃで
どれが昨日の靴下なのかわからなくなってしまう。
なんかどっちでもいいような気がしてくる。
乙女が!
堕落する!
寒い時期。
気をつけないと、どこまでだらけてしまうのか、果てがない。
もう登校時刻になるのに
髪の毛はあっちを向いてこっちがふくらんで
短時間では手のつけようがないほどボサボサだよー、みたいな。
靴下が少々くさいのは、ここまで来たらある程度許容範囲になってしまう。
毎日替えないといけないのにね。
パンツはお風呂の時に替えるから、はいたやつと間違える心配はないけど。
そもそもパンツは気合を入れて選ぶからいいんだけど。
運命の名のもとに、女の子に生まれたリカが
ファッションを気にする時間がないなんて
たかが寒いくらいで──
そんなおそろしい事態があっていいのか!
あと、この季節にありがちなのは
食べ物がおいしくて、しかも体が寒さに耐えようとして
あら、鏡の前で決めた笑顔が
さては、なんだかふくよか。
リカの内に目覚めた野性の衝動が
季節の変化を獣の勘で察知して
冬ごもりの準備をさせようとしているな。
このまま体が野獣に変わっていくの?
気がついたらいつの間にか、ワイルドという言葉が似合う女。
そんなのは困るな!
中学生になって、これから初めてをいっぱい体験しようという時に!
きらきらピチピチ弾ける青春の季節が、いよいよはじまったのにのに
甘くて酸っぱい経験をたくさんしようというときに
気がついたら女豹だったなんて。
つかまえちゃう!
恋の駆け引きみたいな手管は
高校生くらいになってから楽しむものだと思っていた。
初めてばっかりからはじめるはずの時代が
パスされた!?
リカが野獣に目覚めてしまう
厳しい寒さが来る前に
オニーチャン、ピュアな経験しよう!
初めてのデートで手を繋いでドキドキしたかった。
目が合うだけで、何かが変わる。
それまでの恋を良く知らない子供のリカが死んでしまって
大好きな人の力で、いままで知らなかった何かに毎日生まれ変わる。
そんな恋をしてみたかった。
このままだと、一足飛びでもっと知らない世界に突入しちゃう。
冬の寒さで、リカがくまさんになって
お兄ちゃんを巣に連れ込んでしまうなんてことになったら
どうしよう、
二人はもう戻れないよー。

リカは野生の動物かもしれないけれど
いちおう人間でもあるので
女豹というより食いしんぼうのくまさんになってしまいそうな今、
危機感を持って、対処したいと思います。

子供じゃないよということを主張しながらも
段階を踏んで、一人前の大人の女を目指して行きたいと思います。

ちゅーがくせいになったんだヨ、
ここまで来るのも、だいぶかわいらしい経験を積んできました。
編み物の努力はいつも、途中で投げ出してしまったけれども。
お料理はせいぜい、小さい子に簡単なおやつを作って一緒に食べる段階だとしても。
自慢できることがあんまりないみたいでも
恋のために一生懸命になれる
そんな力が身についていた。

おへそを出すのは難しい季節。
かわいく着こなす厚着には、実力がほしくなってきた。
今のリカを動かすものは
女子力なのか、
ただの元気なのか、
好きな人への愛なのか。
まぶしくきらめく女の子らしさと
冬場もここだけは太陽みたいな笑顔を見せて
ときどき野性の力が爆発したりしながらも
恋の経験を積み重ねるの。
よろしくネ。
かわいくセクシーに、と言っても
寝相が悪くておなかが出るのは、あんまりセクシーでもないし女の子らしくないから
リカ、気をつけないと。
そんな姿はオニーチャンにも見せられない。
だからおへそは、暖かい季節が来て
二人の仲がもっと進展しているその時に
誰より先に、一番に見せてあげるね。

霙の偽日記

『げんきな』

家族が寝静まったあとで
少しだけ夜更かしをして
海晴姉と静かに会話を交わす
短い時間。

立ち上る湯気をふたりで挟む距離。
会話の内容はなんとなく
近況報告にとどまることが多い。
自分自身の状況よりも、家族の過ごしていた今日を話題の中心にして
結論を出すこともせずに会話を続けていると──
それぞれが伝え合う問題に、同じ解答を用意しているように思えるときもある。

秋の夜長もそろそろ、寒さが本格的に増してきて
そんな時間も切り上げ時が日に日に早くなる。
年長の二人だけ、秘密のような会話であっても
大事な話し合いはしない。
ただわずかな時間、場所を分け合っているだけにも思える。
この静かな暗がりを。
宇宙の小さな一隅を、家族という理由で共通のものにしている。
向かい合う私たち。

話は誰に隠しているわけでもなく、遠慮しているわけでもない。
小声になるのは普段の我が家が嘘のような夜を過ごしていることだけが理由。
伝え合う内容も、声を出すこともなくほほえみがこぼれるような。
あるいは、苦笑してしまうような。
このごろの短い会話で、よく話題になるのが
なぜ小さい子たちは寒くなっても、あんなに元気に庭に出て行くのかという疑問だ。
考えれば考えるほど答えが出ない、不思議な話だ。
自分たちも幼い頃は、あんなにはしゃいで飛び回っていたのだろうか。
そんな欲求を持っていたのか、まるで記憶にない。
宇宙の大きさも、形あるものの空虚もいまだ知らず
思いのままに振舞うことだけに夢中だったわずかな時間の中。
家族と自分を区別する必要などなく
喜びを与えてくれる家族が、その頃は自分の肉体の一部であった。
幸福であることは何も意識しないままに。
記憶はあまりないが、私も子供の頃は別に難しいことは考えていなかったはずだ。
あの子たちのように無邪気だったのだろう。
子供の頃、私もまた──
秋の深まりを感じるこの気温でさえ
臆すことなく薄着で庭へ駆け出して行ったのだろうか。
すぐに体が暖まるはずだと、何の疑問も抱かぬ無邪気な目をして。
どうも自分でもそんな姿が思い浮かばないのだが。

昨日までの晴天とはうって変わり、
近づいてくる冬の気配をより強く感じる曇り空。
それなのに、女の子だから大丈夫だろうと根拠のない自信を抱いて
ミニスカートのまま庭に飛び出して追いかけっこをしている立夏を見たら
それは海晴姉も、毛糸のパンツを提案したものか私に相談してくることだろう。
寒さに懲りるような様子もなく、
まだ動き足りないようで
おやつのお手伝いをしている間も、台所でむしろ邪魔になるのではないかというくらい
はしゃいでいる。
冬篭りの準備をはじめた自分の体型に動揺しているようだが
あれだけ活動していれば、肉体が更なる栄養を要求するのは自然だろう。
心配なのは、寒さで体調を悪くしてしまうこと。
たくさん食べて体を動かすことには何も不安を持つことはない。
それを見て、私たちが迷うのは立夏の責任ではない。
あんなに活動的な妹が身近になると、深い思索を楽しもうとする私などは
ただ単にさぼっているだけに見えてお手伝いを増やされないだろうか。
海晴姉は、自分もそんなに変わらない年齢だからもう少し勇気を出してもいいのではないか、
まだ短いスカートを楽しんでいい年齢なのでは、と
いいのかどうなのかなんとも言いづらい影響を受け始めている。
立夏の真似は誰にもできないと思うが
かわいい姿をたくさん見て欲しいと願い、行動するあのひたむきさを
まぶしく見つめてしまう気持ちはわかる。
その行動力に憧れるかどうかは、海晴姉と私では意見が異なるようだが。
あんなに好きな人にかわいく思ってもらいたがって
お前を元気にしたいと、それなりに考えている。
もし心を動かされるのならば、
たまには遠慮も悩みも何もなしで、立夏を褒めてやるといい。
かわいいとか、
明るい服が似合うとか、
色気はあまり、本人が意識しているほどには発揮されていないようで
生足やパンツが悩殺の威力を持ち合わせているか、私には判断できないが。
努力している部分をちゃんと見ていてくれたら
やっぱり嬉しいんじゃないかと思う。
海晴姉も、もし思い切った決断をして青春の日々を求めようとしたならば
そこに意識しているのは立夏だけじゃなくて、お前の存在が大きいようだから
素直に、思ったままを伝えたらいいのではないか。
私のことも、どうだろう。
私が求め続ける沈思も、時には評価に値するはずだ。
そう、たとえば──
宇宙の広大さとか、
暗黒の美しさとか。
うーん……
やっぱり、あまりにも理解がある弟も少し困るな。
お前もまだ子供の年齢なのだから、立夏とはしゃいでいてほしいのかもしれない。
難しい話は、姉たちに任せておけばいい。
目的もなく家族への愛を語り合う、みんなより年上の私たち。
静かな暗闇に溶けていくような穏やかな時間が
迷いも、喜びも多い姉であり続けるために、何かの意味を持っているのだろう。
こんな大人の仲間に入りたいのならば、
子供の時代に、子供らしく
無邪気な経験をたくさん積み重ねてからだな。
私もたぶん、そうしていたのだ。

春風の偽日記

『遊園地』

春風はいけない子です。

悪い子なんです。
いつも、いつも
なんということを──
考えてしまうのでしょう。
澄んだ心なんて、とても言えないな。
いい子じゃない。
王子様も、そう思っているかしら。

春風は決して、
いつだって笑顔でかわいい子供たちを見守っている
お姉ちゃんという面ばかりではない、
ということを──
王子様はやっぱり、気がついてしまっている?

春風は王子様と出会ってはじめて
この世界に、こんなに愛せる人がいるということを知りました。
それまでの春風の毎日に愛が足りなかったわけでは全然なくて、
愛する家族がいっぱいいる生活がどれほどうれしいものだったのか
春風は知っているはずだったのに。

家族のことを、
こんなに胸が苦しくなるまで愛してしまうなんて
いけない春風。
でも、二人を家族と決めたのは神様なんだから
しょうがないですよね。
悩んでいてもしょうがない。
もう、家族として生まれたからには結婚するものなんだ、と。
そういうふうに結ばれるのが自然なんだ、
他の家はどうかわからないけれど、20人きょうだいなんて人数がいれば
離れられない運命の二人が現れたって何もおかしいことではないんだ、
だといいけれど
本当にそうかなあ?
物思う秋の夜長に
じっくり考えても、なかなか答えは出ない。
愛してしまう気持ちは本人にとってもどうにもならないことなんだから
家族であっても止めようがないし、
いけない春風だとわかっていても、そんなものなんだろうと思うときもあります。
仕方のない気持ちなら、抑えようとする必要なんてないかって。
でも本当に春風が、自分が悪い子だとわかってしまうのは
止められない自然な思いを抱いているときじゃないの。
ちゃんと物事がわかっているいい歳になったのだから
自分勝手なわがままを言い過ぎたりしないほうがいい。
気持ちを聞いてもらえる家族がいてくれて、なんでも話せる春風の家です。
だけど、やりたい放題で人の気持ちも考えないのは違う気がするな。
欲望に際限がないとしても、自制しないといけないな。
限界を知らないなんて、それは愛することだけにしておきたい。
この前の連休の話題で
お友達が彼氏とデートで遊園地に行ったと聞いただけで
すぐ、うらやましいって思ってしまうのは
なんとかしないと。
春風は先週はハロウィンでとっても楽しく過ごしたのだし
連休の間はおうちにいたことは何の不満もなくって
むしろ、愛する王子様が春風と家にいてくれて
ああ、王子様はここをいつも過ごしていたい家だと思ってくれているんだなと
幸せを感じていたくらいなのに。
ときどき用事があって出かけるときにも
春風が帰っていく家は大好きな人がいる場所なんだな、
それに、ここが王子様の帰ってきてくれる家になったんだな、
自由にしていいお休みも、当たり前みたいにほとんど家で過ごしているんだと
春風としてもうれしいことだったのに。
悪い子だから、求めてしまう。
お友達が、混雑しすぎた遊園地のせいで彼氏と気まずくなって
本心ではないやり取りで傷つけあってしまった苦い経験談、
それでもお互いの愛情で
けんかをしていても二人の気持ちを実感するようになっていったこと。
いっぱい遊んだ帰り道で
それぞれの家路に別れていくぎりぎりの場所。
人の少ない通りにある橋の手前で
思いが通じ合ったみたいに
普段はそんなに勇気を出せる女の子じゃないのに
どちらからともなく
誓うようなキスをかわしていたこと。
そんな話を聞きました。
だったら、春風と王子様なら帰る家も同じなんだから
遊園地の帰りにも、キスだけで終わりにはならなくて
その続きもしてしまうのではないでしょうか。
私たちのキスの続きとは、もちろん
そして王子様と女の子はいつまでも幸せに暮らしました、という日々のこと。
もうなっているような気もするけれど
春風は想像してしまいます。
あんなに楽しそうな場所に
もしもあなたと二人で行けたなら。

実際は、楽しい思い出を作りたいなら
どんなところに行くのだって
恋人たちの愛にかかっているという噂です。
まだ経験したことがない、二人だけで行くデート。
王子様に大切な思い出をあげられるかな?
春風にそんなに立派なことができるのかしら?
あなたとならば、試してみたい。
いつもは優しいお姉さんでいられそうな春風を
こんな気持ちにしてしまうのは、あなたしかいない。
あなたと歩きたい場所がたくさんあります。
今よりももっと遊びに行きたいなんて
小さい子たちだってそんなに言わないわがままですね。
しかも、家族みんなと行くのもいいのに
二人でなくては満足できそうにないなんて。

あさっては雨の予報。
土日は、これから本格的に寒くなる季節に備えたり
毛糸のパンツに興味があるみたいで
編み物に挑戦したがる立夏ちゃんを見てあげたい。
どこにも出かける予定はありませんが
春風は穏やかな時間の中で
ただ、ぼんやりとした夢を見続けていると思います。
叶うかどうかわからない夢であっても
いつまでも飽きないで、ずっと。
愛する王子様と、春風が二人でいる夢です。
臆病な春風は、おばけ屋敷では怖くて目が開けられそうもないのに
あなたと行ってみたいと願っている。
わがままばかりが膨らんでいって、
本当なら立派な大人のひとは
どこまで我慢しなければいけないものなんでしょうか?
もう春風はだいぶ大きなお姉さんになっているのに
自分の気持ちを抑えることがどんどんできなくなっていきます。

蛍の偽日記

『アルバイト』

おかしのくつを並べているお店を見つけて
えっ、もうそんな時期?
おどろいてしまいます。

目を引く赤い長靴の
ふわふわ白い飾りからは
あふれ出しそうな大きな箱が
ひとつ、ふたつ──
見ていると自然と
数えてしまう大盛り。

小さい子がはいてみたいクリスマスブーツは
実際は、かたくて曲がらなくて
どうにか足が入っても、全然歩けない。
右手を春風ちゃんにお願いして、
左手をヒカルちゃんに支えてもらって
慎重に一歩、一歩を試してみる
暖かなクリスマスの日。
そうなんです、蛍にもそんな小さい子供の頃がありました。
今でも時々、クリスマスの時期に見る風景。
力強いお兄ちゃんが、倒れそうなときに支えてくれるようになってから
蛍が手を貸してあげる場合は少なくなりました。
今年も、うまく歩けないクリスマスの靴に挑戦してみる子がいるのかな?
お兄ちゃんにお願いする子がいたら
転んで怪我をしないように、手を取ってあげてくださいね。
普段から走り回ってすぐ転んでしまう子供たち。
クリスマスくらいは、なるべく怪我をしないようにしてほしい。
見ていてあげます。
家族で過ごすクリスマスだもの。
蛍も実は、まだはしゃぎたい年頃。
わかっていても、ご迷惑をかけてしまうと思います。
一緒に楽しいクリスマスを作っていけたらいいな。

そうなるとやっぱり、
断ったほうがいいのかな──
あの話。

クリスマスの準備はまだ早いと思いますか?
でも考えてみたら、12月のはじめからアドベントカレンダーを用意するなら
11月のうちから考えておく必要がありますね。
おうちではまだ準備してはいませんけれど、
夕凪ちゃんは、お菓子の匂いに誘われるのか
いつかのクリスマスは、10月から用意していたというアドベントカレンダー。
今年も用意するのかしら?
蛍はいつくらいの時期に、今年のごちそうに腕を振るいたくなって
楽しみで待ちきれなくなって準備を始めるのでしょう?
毎年重ねたこのそわそわした季節を思い出しても
なんとなく、いつのまにか、としか言えない曖昧な記憶。
だいぶ先だと思っていても
気がつかないようでクリスマスムードは高まっていくみたい。
駅前にパン屋さんがあるでしょう?
ほら、はちみつパンが我が家でも人気の。
あのパン屋さん。
お店のお姉さんとお話をしていたら
前のめりでおいしさの秘密を聞き出そうとしてしまったはしたない蛍に
お姉さんは、気を悪くするどころか
むしろその熱意に、見所があると言ってくれました。
いえ、教えてはくれなかったんですけど。
わが家では私がお料理もお菓子も作っているとは話していたの。
それで、今年もクリスマスに向けてケーキの販売で忙しくなりそうだからと
お店のお仕事のお手伝いを頼まれて。
それまでの時期もアルバイトをしてくれたら助かるって。
蛍、クリスマスは家族と過ごしたいから断るつもりだったんです。
そしたら、家族といられる時間は特に問題なくとれる、
何も一日中というわけじゃない。
ケーキ作りも手伝ってくれたら当日も楽になると言ってくれました。
販売のお手伝いならまだしも
蛍が売り物のケーキまで作るのは
いろんなご家庭にお届けする責任重大なケーキに
みんな愛情をこめるなんてできないよー。
いつもは大好きな人たちの顔を思い浮かべて作っているお料理。
もう全部が全部、好きだけでやっているんだから
人前にお出しできるような立派な商品にはあんまりならないと思うんです。

パン屋さんのお姉さんには、よくお世話になっています。
ときどきお料理の作り方を教えてもらったりしているし。
いつもおいしいパンやケーキ。
感謝の気持ちもあるから、お手伝いできるならもちろんしてみたい。
パン屋さんの制服はかわいいし。
それに、落ち葉の多いこの季節に掃除をお手伝いしてくれるおうちのいい子に
ときどきは豪勢にほかほか肉まんを振舞ってあげられたらと思うと
予算に余裕ができるのは助かるな。
よく知っている馴染みのお店だから、不安も少ないし。
平日のアルバイトは、放課後の時間でも大丈夫とのこと。
家のことも大変そうだから、試しに一日おきくらいでやってみたらと
そこまで気を使ってくれるのは助かるんです──
家の人に相談しないといけないからということで、もちろん断る口実だったんですけど。
無理だよねって春風ちゃんに話したら、そのスケジュールならたぶんやっていけるし
他の子に料理を教えるいい機会にもなる、
ぜひやってみたら、ってすすめてくれました。
ああ、どうしよう。
あのね、いちばん心が動いてしまうのは情けないことに
蛍の下心が刺激された部分というか。
パン屋のお姉さんがね、
帰りが遅くなるのが心配なら、
頼りになるお兄さんがいるんだから迎えに来てもらえばいい、
なんてそんな!
お兄ちゃんに迷惑じゃないかしら。
もし迷惑じゃなかったら
これってもしかして、
お兄ちゃんにお願いして、守ってもらって帰り道を歩いてもいいのでしょうか。
蛍がそんな、本当にいいのかな。

手伝えそうなら、明日は日曜日だから
お試しでどうだろうと、お話をいただいていたので
一日お世話になってみます。
制服を着る誘惑に抵抗できなかったのか
パンの焼ける香ばしい匂いに呼ばれたのか
それとも──
お仕事のあとに声をかけてくれるかもしれない
優しい笑顔を期待してしまうのか。
不安だけではないドキドキが蛍の胸にいっぱいです。

明日は、夕方には帰ってきます。
お昼ごはんの用意をしておきますね。
暖めるだけで食べられそうなものを、朝のうちにささっと作っておきます。
もしおやつが足りないような場合は
小さい子たちはだんだんホットケーキも上手になってきたから、
お任せしてもいいかもしれません。
それでも、どうしても蛍の助けが必要になるそうなことが何かあったら、
すぐ電話してくださいね。
飛んで帰ります!

麗の偽日記

『おしごと』

天気予報でよく聞くようになってきた
冬の便り。
けさは各地で今シーズン一番の寒さを観測しました。
暖かくしてお過ごしください。
テレビの向こうに立つ海晴姉様のあいさつも
しだいに秋の報告から変わり始めている。
冷たい季節が近づいている。
それなのに、まるで備えをしていない頼りない人もいる。
大家族を支えるために、協力してやっていかなきゃいけないのに
私も不安なのに。
それは冬支度のことではないけれど。

おうちでは、もうだいぶ前から
寒い季節を迎える準備を進めてきました。
あなたもちゃんとした?
みんな、だいたい済ませていると思うの。
これから本格的な寒さがやってくると
また秋の服を押入れにしまって、重いコートを出して
もう少し入れ替えながら。
だんだんと冬の気配を増していくタンスの中。
今の時点でできることは各自が済ませているはず。
それくらいの余裕はあったのよ。
冬の準備が必要になるのはわかっていたのに
なんで後回しにしていたんだろう。
立夏ちゃん。
寒いから服を貸して欲しいって言われた。
貸さないわよ!
どれも大事な服なのに。
それに、丁寧にしまったのに、かきまわされたらたまらない。
こう寒くなってくると、服を貸しても仕方ないと思うときはあるわ。
でもね──
入らないみたいだし。
立夏ちゃんは成長が著しいから。
一応、入るかどうか貸してみた。
本人は、胸がきついと言い張っているけれど
ぱっつんぱっつんは体の全体に渡っているように見えるわ。
ズボンのチャックが上がっていないし。
立夏ちゃんの言い分を認めるかどうかは置いておくとして
貸すのは無理だということがわかった。
立夏ちゃんはなぜか忠告してくれたわ。
もっと食べて大きくなったほうがいいよ──
大きなお世話よ。
というか、それは別の問題よ。
今は立夏ちゃんが充分な冬服を出していないという話よ。
そもそも私はそんなに小さくない。
平均です。
よく食べるほうじゃないとしても
食べ過ぎないのは普通でしょ?
だから食事もちゃんと作れないんじゃないの、なんて
立夏ちゃんも出来ないんだけど!?
そしたら、立夏ちゃんは
ホットケーキは焼けるようになっていた。
蛍姉様のケーキの準備で材料をかき混ぜることも上手だって。
いつの間に。
まあ、たぶん私が出かけているときだけど。
家にいたら用事がいくらでもあるから
自分の仕事を済ませたらさっさと行きたいところへでかけていた。
電車を見に行っていたわよ。
悪い?
きちんと仕事を早く片付けていたのに
なぜか差をつけられている。
料理なんて別に作れなくてもいい、と断言できないのは
いろいろな経験をして、私が大人になったせい?
食べることにあまり興味がないから、料理が得意じゃないのかな。
興味がないというほどではないと思う──
自分でやるつもりがないのは良くないかもしれない。。
蛍姉様がアルバイトでごはんの支度ができなくなるかもしれないでしょう?
そんな時は、カレーでいいんじゃないかという話が出ているの。
でも、いつもというわけにはいかないものね。
春風姉様は、みんなそれぞれが得意な料理を増やせばいいと言っている。
だからひとりひとり、自分の食べたい候補をたくさん考えて、挑戦してみたらって。
慣れないと危ない揚げ物なんかは、
料理の下ごしらえを作ることだけでも得意になればいいとかね。
私の好きな料理って何があるかなって
考えてみた。
……
あれは料理とは呼ばないわね。
このごろ気がついたの。
もしかしたら。
カップラーメンを作れるのは、料理ができるとは言わないんじゃないか、
と。
でも私、ちゃんとしたものなんて全然作れないと思うわ。
自信がない。
どこをどうしても、できる気がしない。
逆さにして底をたたいても、
自分が料理を作っているビジョンがまったく出てこない。
蛍姉様は──
どうして外のアルバイトになんて行ってしまうんだろう。
怖くないのかしら。
知らない人がいっぱいお客で来るんでしょう?
今日、あなたと春風姉様とヒカル姉様がお迎えに行って
聞いてきたというあの話。
蛍姉様は、おつかいに来た幼稚園くらいの男の子にも優しく接してあげて
ついにプロポーズまでされたそうね。
この調子では、そのうちお金持ちのお客が来て見初めてしまうかもしれない。
町のパン屋さんにはあんまりお金持ちは来ないけど
お兄ちゃんがお嫁にもらいたくなってしまうかもしれない。
春風姉様も蛍姉様も、冗談にして笑っていたわ。
男もお客で来る大変な場所で仕事をするなんて
私には、とてもじゃないけど考えられない。

しばらくはアルバイトを続けるんだって。
火曜日と木曜日の放課後、
それから土日。
ママには話して了解をもらったし
霙姉様が、校則で学校に許可を取ることになっているから明日のうちに、って
すっかり協力する態度。
もちろん、大変なお仕事だからみんなで助けられたらいい。
家のことは心配しないで、と言えたらいいんだけど
どう思う?
私の意見だけでは充分な説得力がないとしても
あなたが言ったなら、蛍姉様も考え直すはずだわ。
私──
いやだな。
蛍姉様がいないと、心細いのかもしれない。
あなたも同じよね?
アルバイトなんてしなくてもいいって、言ってあげて。
急に言われても、私たちで協力したくらいで
蛍姉様のいない穴を埋めるなんてできないわ。

小雨の偽日記

『お手伝い』

いつも体を動かしていれば暖かいから
今年の冬くらいは別にいいんじゃないの?
と思っていたと聞きました。
秋服で済ませようとしていた立夏ちゃん。
おしゃれのためならいけるはずだったと。
寒いからって丸まってばかりではだめ。
まるで服に着られてしまうみたいに
もこもこになるなんて、年頃の女の子として耐えられない。
計算外だったのは、雨の日は外で体を動かせないことと、
お手伝いの最中は走ったり踊ったりばかりしていられないということ。
そう説明して
天気が悪かった昨日は、小雨と麗ちゃんの服を無理して着ようとしていました。

ついにあきらめて、
冬のおしゃれの支度を始めました。
天気予報では、明日あたりから冷え込むそうです。
明日の朝は12月上旬の気温なんですって。
いよいよ本格的な冬が近づいていると感じます。
それで今日は、蛍お姉ちゃんにアドバイスをもらいながら
タンスの片付けと、かわいい重ね着のお勉強。
小雨と麗ちゃんも同じ部屋にいて話を聞いていました。
麗ちゃんにもパン屋さんの三角巾とエプロンが似合いそうだね、
なんて話もして、麗ちゃんが怒ってしまったみたいだったり。
あと、麗ちゃんには軍服で凛々しく決めるのもかわいいかも、とか。
麗ちゃんのことばっかりなんだけど、立夏ちゃんはそれでいいのでしょうか。
でも、時間をかけてがんばっていたから
だいぶ片付けは進んだみたいです。
まだタンスに入りきらない分は、お部屋の中の小雨のスペースにもはみだしてきました。
置かせて欲しいって頼まれたんです。
麗ちゃんは、自分のスペースに人が入ってくるのは苦手みたいだし、
小雨のところにはどんどん置いてもらってかまわないです。
たぶん小雨は服をそんなにたくさん着まわしたりしないですから。
決まった服だけいくつかあればいいかなと思っています。
暖かなお気に入りを、少しだけ。
見た目を気にしないでもこもこになりすぎていたら
立夏ちゃんは気になってしまうかな。
お兄ちゃんは、家の中にそんな妹がいると気になりますか?
でも小雨は情けないことに、ファッションは全然だめなんです。
今日もおしゃれの話に全然ついていけなかったんです。
麗ちゃんに似合いそうなコスプレと言われても──
小雨には、暖かい服で過ごしてほしいとしか思いつかない。
麗ちゃんが不機嫌だったのは、
たぶん話題がつまらなかったという理由だけじゃない。
蛍お姉ちゃんがおうちにいてくれなくなることを気にしているんだと思うの。
結局、麗ちゃんは何も言いませんでした。
服の片付けを途中で切り上げたのは
明日からの晩ごはんをなんとかするために
教えてもらうことがたくさんあるから。

クリスマスの忙しい時期の間だけのお手伝いだそうです。
ほんの短い間だけ、と蛍お姉ちゃん。
病気で倒れてしまったときとは違って、今回は準備する時間もあります。
アルバイトは一日おきですし
春風お姉ちゃんが元気ですもの。
小雨たちでお手伝いをすればできる、かもしれない。
蛍お姉ちゃんがやりたいことをするのに、小雨たちが足かせになったら申し訳ないと思います。
たくさんのことができるようになる中学生。
アルバイトは結構、女の子なら憧れることもあるみたいで
制服がかわいいとか
興味がある子は目をキラキラさせて話を聞いています。

もしも蛍お姉ちゃん抜きでどうにもならないようなら、仕事はやめるそうです。
だけど、別に気負わなくていいと
蛍お姉ちゃんは言います。
慣れないことだから、上手に出来ないのは当たり前。
ごはんが上手に作れなくたって、誰も責めたりしない。
もちろん多少は不満も出るかもしれない。
どんな不満にも応えて完璧にこなすことは誰にだってできないし
慣れていない人ならなおさら。
たとえ無理だと思えても、新しいことに挑戦しないといけないときは
必ずやって来る。
怖いかもしれないけれど
踏み出すことをやめてはいけない。
大丈夫、
家族のみんなだけは
何があっても、時々は不満を言うことがあっても
本当に責めたりすることはないんだと。
そんな話をしてくれました。

蛍お姉ちゃんも、やっぱりアルバイトに出かけるのは不安があるのでしょうか。
あーちゃんと遊んであげながら、寒くない?
蛍がいなくても大丈夫? って何度も聞いていたの。
たぶんまだそういう話は通じないと思うんですけど
言ってしまう気持ちみたい。
麗ちゃんはね、たぶん蛍お姉ちゃんがいてくれなくなるととっても寂しいんだと思う。
小雨も蛍お姉ちゃんにはいてもらいたい。
明日からしばらく──
けんかをしないで仲良くしていてほしいな、って言ってました。
それから、ちょっと考えていたみたいで
素直な気持ちを伝えられないのは悲しいから
気持ちを押さえ込もうとしないでほしい、
けんかをしても仕方ないって。
ただ、どんなときもお互いを大切に思っているその気持ちだけは
何があっても忘れないでいてくれたら
それでいい。
蛍お姉ちゃんはいつもこの家族が好き、と。
出かけて行ってしまうのは家のことが嫌になったわけじゃない、
それはわかってほしいんだって。
みんなが家のことが上手にこなせなくても
蛍お姉ちゃんは、家族のことを決して嫌いになったりしない。
お兄ちゃん、小雨はね、
たぶん失敗ばかりすると思う。
よく悲観的な考え方をしてしまうほうだとわかっているんですけど
今度はそれは関係なく、本当に失敗をたくさんするんじゃないかな。
小雨は今日、じっくり時間をかけて煮物のいい味を出すのが上手だと褒めてもらいました。
普段から丁寧で、根気があるからって。
それはいつも失敗をよくしているから、無理をしているだけで
たぶん、ちょっと油断したら、すぐだめなの。
蛍お姉ちゃんがいなくなって一番に弱音を吐くのが小雨になるかもしれない。
無理をしようとして長続きしないと思う。
そんな時、小雨は本当に失敗してもいいんでしょうか。
すぐに弱音を吐いても、蛍お姉ちゃんはあきれたりしないかな。
お兄ちゃんはそんな小雨を見たら、愛想を尽かしてしまいますか?
こんな何も出来ない子が家族のはずがないって。
それとも、もしかしたら。
小雨がたぶん当たり前みたいに失敗して、それでも大丈夫なんだと
麗ちゃんに教えてあげられるでしょうか。
みんなは何があっても家族なんだと。
お料理が上手じゃなくてもずっと家族だから
大切に思う人のために
ただ、できそうなことをすればいい。
失敗してもみんなは嫌いになったりしないんだって、小雨が教えられたなら
麗ちゃんも、ちょっと元気を出してくれるかな。
小雨は弱くて、すぐ逃げてしまう子です。
もうほんの少しだけめげないでいることができればいいんですけど。
もしサンタさんがいてくれるなら、クリスマス当日には何もいらないから
蛍お姉ちゃんが無事でお仕事を済ませて帰ってくるまで
どうか小雨にくじけない心をください。
クリスマスまでの間だけでいいんです。

観月の偽日記

『神様』

おいしいおこめ。

神様も好んでおられる。
穀物の神は、お稲荷様じゃ。
宇迦之御魂神や豊受媛神としても伝わっており、
稲作の豊穣を祈願する祭りが
現代でも多く行われている。

神に見守られて育つお米ならおいしいのは確かなこと。
わらわや青空や小さい子らが
茶碗を叩いてご飯のおねだりをしても
仕方のないところじゃ。
お行儀が悪いとマリー姉じゃに叱られてしまう。
小さくとも誇り高いレディであるべき、
それはわかっていても
おなかがすいたら
なかなかがまんができない。
ごはんの味が恋しい。

蛍姉じゃがアルバイトに出かけるようになって
家に残った者たちだけで作る
今日がはじめての夕餉。

春風姉じゃの担当した炊き込みご飯は
赤や黄色、紅葉のようなにんじん、たけのこ、季節のいろどり。
立ち上る湯気も深山を思わせて風流じゃ。
でも、おかずが来るまでもうちょっとの辛抱。
冷めてもおいしい炊き込みご飯だから、とのことなので
茶碗を叩いて楽しみに待っていると
こちらは冷めないようにと急いで煮物を持ってきた小雨姉じゃが
二度ほど転んだので
わらわのおかずは
今日は、ちくわが半分。
あとは缶詰の煮魚を分け合って
夕餉は無事に済んだ。
いざというときを見越して買い込んでおいた霙姉じゃのおかげじゃ。
今後も缶詰でしのげるかどうかは、難しいが。
もしも足りないようなら、蛍姉じゃが明日のおやつにもらってきたパンを
今夜は特別に食べてもいいそうじゃ。
ホワイトルームの面々は、初めての夜食という経験にそわそわ。
パジャマに着替えたあとでごはんをもらうとは!
大晦日でもないのに、こんな夜にいいのか?
興奮した顔を見合わせ、話し合う。
何のお祭りであろうか。
新しいお祭り……パン祭り?
八百万の神がいる国ならば、もちろんパンも自然の営みの一つ。
正しくあるよう司る神もきっとおられる。
今日は家族を見守っていてくださるのであろう。
兄じゃもお願いしてもらってくるかの?
それとも、蛍姉じゃをお迎えしたときにもう分けてもらったか?
夕餉を途中で切り上げて、時間に間に合うように迎えに出たものな。
蛍姉じゃが、パンのほかほかの匂いと一緒に運んできた良い知らせ。
クリスマスケーキの予約の受付を、そろそろパン屋さんではじめるから
蛍姉じゃも製作を手伝えるものを
次のアルバイトの時に話し合って決めることになっているので
家族にも相談に乗ってもらいたい、という。
ケーキのことでは一家言あるのが
この家にも多い女子というもの。
あんなに大人しいさくらでも、ケーキと聞いたら主張がある様子。
パンをいただきながらケーキの話をすれば
近いうちに試作品が家でもおやつに出ると聞いた。
まだクリスマスでもないのにケーキが食べられる。
大人になると季節のイベントは早めに準備するものだと聞くが
今年はなかなか思いがけない速さじゃな。
この調子では
歳神様もそろそろ出番かと勘違いしてしまうかもしれぬ。
本当はまだ一ヶ月も先のはずなのに
楽しいクリスマスは駆け足で近づいて来た。
だが、準備は少々早くても
本番が来るのは、泣いても笑っても25日。
そろそろサンタも早めにやってくるのではないかと噂する子もいるが
プレゼントはクリスマス当日ということは、変わりはしない。
わらわは知っておる。
毎年どれだけ町があわただしくなっても、
サンタは毎年きちんと決めたとおりに仕事をこなす立派なおじいさんじゃ。
その日までちゃんといい子で待っているぞ。

明後日の蛍姉じゃの不在に備えて
家事のレッスンは続いている。
台所のあたりは、提灯が並ぶように賑やかな気配じゃ。
あさひは離乳食だから数えないとして
海晴姉じゃと蛍姉じゃが帰宅したときの分も用意して、19人分。
余った分をお弁当にまわす量も確保したい。
台所の騒動を見ていて思ったが
20人きょうだいというのは、もしかしたら
ずいぶん数が多くて、大変なのなのではないか?
ご飯の支度でも、天地をひっくり返すようなこの騒ぎ。
味の良く染みた大根が宙を舞い、
立夏姉じゃの両手のお皿が追いかけて
後から来た面々が次々とぶつかっていく。
うーむ、
今までよくこの人数が成り立っていたものじゃ。
この特別な大家族という存在を
見守る神もまたいるのではないか。
人数が多くて騒ぎが絶えないところに住み着くような
にぎやかなのが好きな神様が、
八百万の神には一柱はおられるのではないか。
毎日何事もなく、家族の平和を平和に成り立たせる力。
なんだか蛍姉じゃが我が家の守り神のようにも思えてきたが
その蛍姉に信頼されて、お迎えをお願いされる兄じゃもまた力あるものの気配がする。
兄じゃは、ケーキにも神様がいると思うか?
ケーキもまた人が過ごす上で欠かせない、自然の営みの一部である以上は
立派な神様がついていてくださると思う。
正しく敬うならば、きっといいことがあるであろう。
あんまり茶碗を叩いてお行儀が悪いと、
神様も怒ってしまう。
小雨姉じゃが何もないところで転んでしまったのは
うるさくしたせいで、お米の神様や大家族の神様がへそを曲げてしまったからかもしれぬ。
おいしいケーキの神様が今年も福を運んでくださるように
ご飯のときはお行儀よく、
小さい子達で声を掛け合って、協力していかなければな。

夕凪の偽日記

『花嫁修業』

ほんとかな?
花嫁修業になるって。

蛍お姉ちゃんを中心にして
今日もお料理の練習が続いているの。
氷柱お姉ちゃんが、家族ならできそうなことは全員でやるべきだと
お兄ちゃんを呼びに行ったところまでは
夕凪もお手伝いしてた。
お料理の練習した?
でもお兄ちゃんはお嫁に行かないから、花嫁修業じゃないね。
男の人だから。
やっぱり作る料理は男の料理なの?
肉を豪快にぶつ切り! みたいな?
たいていのものは煮るか焼くかすれば食べられる! みたいな?
困ったらカレー粉を入れればなんとかなる! みたいな?
教えてくれるのが春風お姉ちゃんと蛍お姉ちゃんだから、男の料理じゃないかな?
お兄ちゃんのお料理教室もある?
教えてくれる料理は
たとえば、えっと──
串に刺して焼くお肉。
豚の丸焼きとか。
あんまりお兄ちゃんのイメージじゃないね?
そもそも男の人はみんながそこまで乱暴じゃない。
麗ちゃんは男を怖がっているけれど、
お兄ちゃんは優しいから仲がいい。
蛍お姉ちゃんはねえ、
お兄ちゃんがお仕事をしているイメージは
紳士的な喫茶店の主人、って言ってた。
その話を聞いて、うんうん賛成していた声は
誰だったんだろう。
吹雪ちゃんかと思って聞いてみたら、違うって。
お兄ちゃんのこと、吹雪ちゃんが将来は科学者になってもっと調べてみたいって。
それはお兄ちゃんのお仕事の話じゃないよー。
春風お姉ちゃんはねえ、
どんな仕事をしていても王子様は素敵だと思う、って言ってた。
たくましい仕事も似合うかもって。
星花ちゃんもね、お兄ちゃんは三国志の武将にも負けない男らしさだって。
たくましい料理を作るかもしれない。
マンモスをとってきてくれるかもしれない。
マンモスはなかなかいないけど
でも、あんまり見ないトナカイもクリスマスにはやって来るもんね。
夕凪ねえ、
この季節はトナカイの子が迷っていてもおかしくないから探してるの。
いたら絶対かわいいよ。
一緒に遊べたら楽しいよ。
でもやっぱりサンタさんは何かと不思議なパワーを持っているから
トナカイがはぐれてもすぐに見つけ出しちゃう?
サンタはマホウ使いみたいに、
クリスマスの一晩で世界を回るすごい人。
夕凪の欲しいプレゼントも、
手紙に書かなくてもわかってしまうんじゃない?
夕凪、欲しいものが多くて
お願いをするのにすごく悩んでる。
プレゼントは一つだけ!
クリスマスまでに決められるかなあ。
欲しいものってね、
えーっとね、
ローストチキンや
おすしや
ピザ!
違うな、クリスマスだけどプレゼントとは違う。
お料理の本ばっかり見ていたからだよー。
おいしそうだったからだよ。
あれ?
そうだ、確か最初はお料理の話をしていたんだった。
何でクリスマスに話がそれちゃったんだろう。
まあいいや。

あ、いま気がついたことで
蛍お姉ちゃんがクリスマスまでアルバイトをするなら
ごちそうの準備ができないじゃない!
自分たちで作るのかな。
好きなものをいっぱい作っていいのかな?
作れるかなあ。
ピザ。
生地を回して伸ばすんでしょ?
うまく回せるかなあ?
夕凪、フラフープを回すのは得意!
お兄ちゃんにも教えてあげる!
きっと夕凪のことを
師匠とか呼びたくなる。
そのくらい回せるフラフープ。
ピザはまだ習ってないの。
今日教わったのは
ラーメンの作り方。
寒い日だったもんね。
ちょー冷え込んだ。
外は風があって寒いし
教室の中も意外と寒いし
指が冷たいし
ほっぺたが冷たいし
友達と触りあってきゃーきゃー確認しあっていたら
先生に怒られた。
騒ぎすぎだって。
友達の体を心配していただけなのに!
それは騒ぎすぎたかもしれないけど
大人は大事なことをわかってくれない!
寒い日に、友達の健康を守りたいこの気持ちを──
いま考えたら、冷たいのを確認しても平気で外で遊んだから
健康の確認じゃなかったのかな。
じゃあ、あれはなんだったんだろう?
いや、でも触ったからこそ
こんなに冷えていたら心配だなってみんな言ってたよ。
もっと着なくちゃって。
触りあって話しあわないと、そういうことに気がつかないかもしれないのに
怒られるなんて。
お兄ちゃん!
夕凪にどんどん触っていいよ!
冷えすぎていると思ったら、夕凪のことが心配だって言ってね。
晩ごはんを食べてあったまった。
ラーメンを毎日食べるわけにも行かないから
うどんの作り方も教わった。
明日は夕凪特製のうどんだよ!
楽しみにしててね!
キッチンでは、みんなが忙しく動き回る。
あっちはどうだ、こっちの進み具合は?
こういうのテレビで見た。
はやりのレストランの厨房みたい!
花嫁修業になってるかな?
あんまりこうやっていっぱいで働くお嫁さんを見たことないよ?
お嫁にもらってもらうために学んでいる
氷柱ちゃんから
ユキちゃんまでの
えーと、8人!
お兄ちゃんも入ってくれるのかな?
じゃあ9人!
お兄ちゃんはお嫁にもらってもらえないから
夕凪たちをお嫁にもらったらいいと思います。
ケッコンしちゃおう!
チャオ!
なんちゃって。
立夏ちゃんが前に言ってたよ。
ややこしいからケッコンしちゃえばいいんだよ!
まさに今が
かなりややこしい状態!
お嫁は誰だ?
うどん──
お兄ちゃんに食べさせてあげたいな。
新婚さんの気分で作るね。

ヒカルの偽日記

『うどん』

今日は剣道の練習をしたよ。

家に帰ったら、妹たちが料理をして待っている。
最近になって挑戦を始めた子たち。
なんとなく不安で、でも家族がどんな顔をしているか想像して。
たぶん私は家に帰るのが楽しみなんだと思った。
こんなにそわそわ、落ち着かない気分で練習の支度を始めるのは
いつ以来のことだろう?
蛍がまだ小さい頃の感覚にしては、どうも今でも馴染み深い気がする。
考えてみたら、オマエがいるからだとわかった。
この家に新しい家族がやってくると聞いたときにはじまって
オマエの周りで問題が起こったら
私が少しくらい心配していたところで、家族のみんなは力技で挑んでみたいようだ。
体当たりでぶつかってなんとかしてしまう小さい子たちとくらべて
もやもや考え出すと答えが出ない私こそ
オマエ絡みの悩みがいちばん多いと思ってしまうのは
気のせい?
結構最近になっても
私は落ち着かない生活を過ごしていたみたいだ。

今日の練習は、
始めてしまったら意外と頭の中がすっきりして
特に言うこともなくいつもと同じ。
変わりない積み重ねは大事だ。
ときどき、無茶をしている自分に気がついて
そこまでして強くなりたいのは、家族を守るためなんだろうかと考えている。
どんな相手からも愛する人たちを守れるように
私は、誰よりも強くなりたいのか?
オマエが家に来て、一人で気負わなければいけない場面もなくなった。
それなのに挑み続けているのは
ただ単純に、体を動かしていると楽しいから、
それだけの理由かもしれない。
どうして剣道を始めたのか。
どんな思いで続けているのか、
人間はいつでも初心と向き合うのだと思う。
私は自分を見つめなおして、いったい何を知るのか。
言葉に出来なかった子供の頃の気持ちを
そうしていれば自分の中に形になるのではないかと期待しているみたいに
無心になって練習を続けている。
考えたら、初心者って変な言葉だよな。
誰だって初心を持ち続けて、歩みを進めている。
つまづいたときや、壁にぶつかったとき、迷ったとき。
自分の中にあるはずの答えを見つめなおして
また新たな気持ちで、ひとつの思いを胸に動き出すんだ。
全ての人が、いつも初心を抱き続けるのだから
実は誰もが初心者で、熟練者なんてどこにもいないでいいんじゃないだろうか。
私の中にある最初の思いはなんだったのか。
オマエがいなかったあのときの感覚で、私はこれから生きていけるのだろうか?
もしかしたら、まだ始まりになる気持ちが見つかっていないのだろうか。
悩んでしまうより、
剣を握って答えを出そうとすることが私のやり方のような気がして、
夢中になって練習していたよ。
妹たちが新しいことに挑み始めている姿を見ていたら、
私もまた、この剣の道をいまだ何も知らず歩む初心者なんだろうなと考えた。
何か変かな。
でも、あの子たちと私はそんなに変わらないと思ったんだ。

今日の晩ごはんは、うどん。
どうも煮込みすぎて、麺のこしがなくなってくたくただと
作った夕凪たちは嘆いているけれど
こういうものだと思って食べればおいしいよ。
よく煮込んで、野菜の味がつゆによく染みている。
味噌煮込みうどんというのもあるけど、あれはこしが強い麺を使うから別物だな。
こういうよく煮込んだのは、ほうとうが近いのかな。
具のかぼちゃや野菜がいっぱい入っていて、味噌で味付けして煮込むやつ。
こっちの味は味噌じゃなくてうどんだな。
もう少しで、味も中身もよくわからないものになってしまう危険があったらしい。
てんぷら班とうどん班で別々になって
衣を着ける作業をするてんぷら班は、揚げ物は班長の春風に任せる。
うどん班は、計量に正確な吹雪が班長を任されたそうだ。
吹雪はしっかりしているからな。
夕凪が張り切ってあれもこれも入れようとしても
材料と分量を記述した料理本を参考にしているのだから
まだ料理に詳しくないうちから無謀な行為を始めるなんてやめたほうがいいと、止めたそうだ。
だから、味付けや具には問題なし。
煮込みすぎただけで、どうにかうどんになった。
ちゃんと食べられるものになったのは、吹雪のお手柄だ。
たくさんあって、暖まったな。
春風があとで教えてくれたことだけど
麺だけあればささっと焼きうどんも作れるから、
多少の失敗はなんとかなる、秘密の計画があったという。
王子様に新婚さんみたいに手料理を食べさせてあげたかったのにな、って。
いつも手料理は食べさせてもらっているし、そこは別にいいんじゃないかな?
夕凪が花嫁修業とか、教えてもらったばかりの言葉を連発していて
対抗したかったらしい。
もしまた失敗しても
何とかなるだろうか。
私も土日は調理に参加するように言われたよ。
明日のうちに春風と蛍から教えてもらうことになった。
まあ、みんな忙しくしているし、手伝いたいんだけど
料理か……
私にできるのかな。
やってみなくちゃわからないと言うには
何度か試してみて、かなりわかってしまっている……
私はたぶん、器用じゃないんだ。
というか、春風と蛍が凄腕なんだ。
あの二人も、昔はよく失敗していたっけ。
じゃあ私も練習すれば?
うーん──
たぶん、だめだけど。

悩んでいても仕方ない。
もう、
やるか!
誰でも最初は初心者なんだ。
試してみてうまくいかないらしいとわかっていても
まあ、だいたい初心者みたいなものだ。
慣れたからうまくいくなんて
たぶん、本当はたいして問題じゃなくて
いくら上手になったって
最初の気持ちを忘れることはないんだろうと思う。
きっといつでも、不安はあるけれど。
それでも試してみるものなんだ。
私の剣道も、だいたいそんな感じかもしれない。
やるだけやってみる。
失敗するとわかっていても
やらないわけにはいかないからな。
それから、
ひとごと見たいな顔をしている場合じゃないぞ。
オマエも参加。
霙姉もだ。
協力して乗りこえる、というか
無謀な挑戦を続けているんだが
昔からこんな家だったから。
そのへんはオマエもそろそろ、わかってきたんじゃないかな。
怖くても──
逃げてばかりいられない。
オマエも、私も。
な。
うん。

吹雪の偽日記

『低温』

今日は雨でした。
私にはあまり悪くない気温でしたが
平均的な感覚で言うなら、健康に強い影響を及ぼす可能性がある寒さ。
キミは体調は問題ありませんか?
これからも家族の誰も風邪を引かなければいいのですが。

私が比較的過ごしやすいと感じる季節。
これから寒くなるとさらに快適になります。
こたつで丸くなる家族を不思議に思いながら見つめ、
かといって、犬のように庭を駆け回るわけではない。
私が低温環境を好む理由は、平均体温の低さにあると考えています。
単純に、体質の問題です。
おそらく。
ときどきまわりの人は冗談で、私のことを
コンピュータのような特徴があると言います。
しかし、機械ではないと思います。
体温は低めでも、一定の温度を保っている恒温動物です。
小さい頃の写真もありますし
おぼろげながらも、押さなかった自分の記憶もあります。
もちろん、家族に言われても思い出せない話もあって、
私があさひや青空くらいの頃は、まだ赤ちゃんらしく体温はそれなりだったそうです。
あまり良く食べる子ではなくて、心配をかけたらしい。
あの頃から自分に必要なカロリーを計算して摂取していたのではないかと言われますが
おそらくそのような意識はなかったと思います。
私にも赤ちゃんだった頃がある──
何も憶えていないその時代。
どのように世界を認識して、何を考えていたのか。
見るもの全てが新しく、謎に満ちている。
これはキミの前にいるときと同じ感覚ではないのだろうか。
まだ幼い時期は終わっていないのか──
自分自身にある、いまだ解けない謎と比較してみても
キミは極端に多くの謎によって構成されているようです。
どのような物質でできているのか。
人体の成分は果たして全て同じなのか。
キミと私を区別しているものは。
また、キミが他の人間と違う何かの要素があると
私に感じさせる原因は。
どうやって分析すれば解明に近づくのか、それもわかっていない。
たぶん、客観的な基準を設定し、測定するのが適当でしょう。
この場合、冷静に時間をかけて分析した自己が、まずはひとつの基準かもしれない。
私の低めの体温と比べて
キミの温度はどのくらいでしょうか?

ここ数日は気温が低く、
秋がもうすでに過ぎたかにも見える。
まだ食欲の秋も運動の秋も楽しみ尽くしていなかったのにと
あわてている、星花姉や夕凪姉たち。
私が強く興味を持っている分野は
読書の秋、芸術の秋。
確かにまだまだ追求したい課題はたくさんあります。
しかし、過ごしやすい秋を利用するどころか、
いくら時間があっても足りません。
冬になって多少過ごしにくい場合でも、
なるべく好みの研究に打ち込める環境を構築すると良いでしょうね。
焦ったところで、それほど多くのことはできません。
天気予報によれば、明日はよく晴れて小春日和になるとか。
おそらく、土曜日を利用して星花姉と夕凪姉が張り切るのではないでしょうか。
明日一日でどれだけ食欲と運動を充実させられるのかは疑問です。
秋はまだ通り過ぎてはいないようですが
もう、まもなくでしょう。
明日は暖かくなる予報でも、油断はしないでください。
この数日の寒さが別だったにしても、すでに11月も半ば。
冷える時間帯もあると思います。

蛍姉がアルバイトに通いはじめ、
しばらくは家族が全員で家事を担当します。
食欲を満足させるにはいい機会かもしれませんね。
昨日の料理は、夕凪姉を止めたことで私が評価してもらえましたが
私は本を参考に作っただけで、実はそれほど活躍していません。
このまま料理本に頼っていても、近いうちに作れる料理は同じようなものばかりになります。
全ての料理を試すにはまだ実力が足りません。
できることがなくなった場合、夕凪姉がしていたように無謀に見えても試みを重ねて
実践で経験を積んでいくほうが、頼りになる可能性は高い。
ですから、昨日は本当は夕凪姉に任せることも考えていました。
まだ始めたばかりでは失敗の可能性は非常に大きなものですが
だんだん各自の手際がよくなってくれば
これからは、あまり止めることはなく
積極的に夕凪姉に意見を求めていくつもりです。
おそらく、近いうちに私よりも夕凪姉たちがリーダーシップをとるようになるはずです。
そうしなければ、私の方法では長くは続かないからです。
夕凪姉たちが失敗しながら蓄積していく経験が、
食事のバリエーションを増やす場合、どうしても必要になる。
先を予測して行動を抑える私には真似ができないことです。

失敗を恐れず、挑戦を続けるのは
いったいどのような性質に由来するのか?
私を基準にして夕凪姉を分析すると、
体温の高さと、カロリー摂取量の違いがひとつの理由にあるかもしれない。
私が、あまり必要以上の食事をとるつもりがないのは──
例えばここにある、寒いから元気が出るようにと立夏姉がいくつも買ってきたチョコレート。
体内でエネルギーに変わる効率が高い食品です。
つまり、食事を摂取すると熱が発生するのであって、
私は熱は苦手なのであって……
いつも夕凪姉に頼ってばかりはいられない。
無謀な挑戦をする行動力が、果たして私にあるのか?
失敗するとわかっていても
私がどうしても試したいと考えるようなことがあるとしたら、
それはいったい──
そういえば、明日からはキミも料理に協力すると聞きました。
もしも私が料理本にない行動をとりはじめたら
その時は、今後に必要な行為だと思って
協力してもらえると助かります。

さくらの偽日記

『おしごと』

こどものおしごとは、
あそぶこと。

だいじだよ。

たくさんあそばないと
りっぱなおとなになれないよ。
おねえちゃんたちがいってた。
だからさくら、
ようちえんにいって
おゆうぎをしたり
おしえてもらったあそびを
お兄ちゃんと、おうちであそぶの。
さくらはちゃんとせいちょうして
おとなになれますか?

でもね、
あそんでいるのに
おかねはもらえないの。
なんでだろう?
おしごとなのにね?

お兄ちゃんと、ヒカルおねえちゃんは
おうちのおしごとで
おりょうりをします。
とってもたいへんなおしごと。
ヒカルおねえちゃんは、ゆびをきってしまって
くすりをつけていたの。
こわいな、
おりょうり。
できるひとってすごいな。
お兄ちゃん、おしごとがんばったね。
でも、おかねはもらえないんだね。
なんで?
おかねがもらえなくても
あしたもおりょうりをする、
お兄ちゃんと
ヒカルおねえちゃん。
あのね。
みぞれおねえちゃんがね。
きょうはかえりがおそかったの。
せいとかいのおしごと。
がっこうの、クリスマスがっしょうかいのしたくが
いそがしくなりそうなんだって。
どこか、がっこうとべつのところのひとたちときょうりょくするから。
どこだろう?
がっこうで、がっしょうって
だじゃれ?
ちがう?
だじゃれでは、いそがしいおしごとはしない?
やることがたくさんあるんだって。
がっしょうかい。
おりょうりのおしごとはできないの……
ざんねんだな、っていってた。

ほたるおねえちゃんは、パンやさんでおしごとをはじめたよ。
おかねがもらえるおしごとです。
めずらしいね。
おかねがもらえるなんて。
おかねがあると
おいしいものがたべられるから
みんながよろこぶの。
さくらは──
ほたるおねえちゃんがいないと
さみしいよ。
あんまりおいしいものもたべてないよ?
おしごとがおわったときにおきゅうりょうをもらうんだって。
クリスマスまではたらくの。
クリスマスまでいそがしいなんて
サンタさんみたい。
ちがうのにね。
おしごと──
さくらがさみしいのに、ほたるおねえちゃんはおしごとにいってしまう。
サンタさんがいそがしくて
トナカイはさみしい?
いっしょにおしごとにいけるから
さみしくない?
さくらもおしごとのおてつだいをしたいけど
パンやさんは、もういっぱいなの。
おてつだいできないの。
おかねのためだけじゃないんだよ。
おしごとって、たのしいんだって。
お兄ちゃんも、おりょうりのおしごとはたのしい?
きのうは、クリスマススケーキをつくるけいかくをたてる
だいじなおしごとをしてきた
ほたるおねえちゃん。
それぞれのごかぞくに、ケーキにあいをこめてほしいから
おかしきょうしつをしててづくりケーキをつくってもらったらいいんじゃないかしら?
って、そうだんしたの。
そしたらパンやさんは、
むりだって。
ほたるおねえちゃんがね、がっかりしてかえってきたから
さくら、なにごとかとおもったの!
おしごとって、たいへんなこともあるんだね。
お兄ちゃんも、おりょうりのおしごとはたいへん?
さくらがおてつだいしたらいけない?
あのね、
おかねがあってうれしいのって
あいしているかぞくのみんながよろこぶからだっていってた。
おかねがだいじじゃないの。
きもちがだいじなの。
それでね、いわれたんだって。
ケーキがてづくりじゃなくても
かっていくひとが、かぞくのことをおもっていて
あいがあるから
ほたるおねえちゃんが、かぞくにあげるくらい
いっぱいっぱい
あいじょうをこめるのがむずかしくても
かっていくひとがあいじょういっぱい。
だいじょうぶ。
そのあいをつたえるおてつだいをするのが
ケーキをおとどけするおしごとなんだって。
たいへんだけどがんばる、っていってた。
さくらちゃんたちをおもってつくるほどは
うまくできないかもしれないけれど、って。
がんばってね!
ほたるおねえちゃんは、かぞくのさくらたちをあいしているんだね。
さくらね、
お兄ちゃんや、ほたるおねえちゃんに
さくらちゃん、あいしているよっていわれたら
うれしいです。
あいがある!
でも──
さくらが、じぶんに
さくらちゃん、あいしているよっていっても
あんまりうれしくないの。
なんで?
さくらには
あいがぜんぜんないの?
うわーん!
だからさくら、だいじなあいをいっぱいつくる!
お兄ちゃんをもっとあいします!
パンやさんからもらってきた、ケーキのパンフレット。
きのうつくったばかりの、できたてほやほや。
ゆげがでてるね、ってりっかおねえちゃんがいってた。
でてる?
ほたるおねえちゃんが、おうちはどんなケーキにしようかってきいているの。
だからね、
さくら、
お兄ちゃんやほたるおねえちゃんがよろこぶケーキをえらぶね。
いっしょうけんめいえらぶ!
がんばります!
えーっとね、
ケーキのうえに、いいものがのっていると
たのしいよ。
いちごやメロン。
サンタさんと、おうちと、えんとつ。
おほしさま。
ぎざぎざのはっぱと、あかいきのみ。
あと、
さくらのすきな、いいものは──
お兄ちゃんと、かぞくのみんな!
ケーキにのっているといいな、とおもいます。

海晴の偽日記

『明日は』

蛍ちゃんのアルバイトは順調に続いている。
今日は、キミが晩ごはんの準備で忙しくて
私がお迎え。
蛍ちゃんの帰り支度を待っている間、
店員さんにイートインのコーナーに案内してもらって
サービスだからとコーヒーとパンまで。
なんだか悪いなと思ったんだけど
店員さんがお話をしたいみたいだったから
まあいいか?

この前まではお店の商品を憶えるための期間。
まだ見習いみたいなものだったけど
今日は、蛍ちゃんは厨房に入れてもらって
いよいよ明日からはパンを焼く作業を手伝うんだって。
一日ごとに、時間をかけてじっくりと
順調に仕込まれているね!
もともと、即戦力の実力を持つ蛍ちゃん。
20人きょうだいを支えて鍛え上げた力は
店員さんが思っていた以上に期待が持てるらしい。
あんまりお化粧したがらないのも、食品を扱うお店としてはポイントが高いみたい。
うーん──
若い子だからいいんだし、
いいことよね。

それから、蛍ちゃんに期待されていることがもう一つ。
駅前には、ほかに洋菓子の専門店もあって
クリスマスシーズンになると、そちらのケーキと競合する一部商品の売れ行きがあまり思わしくない。
秋を感じる季節は、栗やさつまいも、かぼちゃのパンがある。
でもクリスマスになると、この季節らしい味わいのパンをお客さんにアピールするのが難しいとか。
試しにクリスマスケーキを作っても、近い場所には専門のお店があってなかなか目立たない。
そこで、おうちで小さい子を相手に、お菓子作りの腕前を日々磨いている蛍ちゃんに
力になって欲しかったんだと。
すごい期待されているね。
本人は、そこまで大げさな話じゃなくて本当にお手伝いだけだと思っているみたい。
大変そうだけど、疲れているだけじゃないその顔は
毎回ステップアップしていくお仕事に、充実感があるみたいです。
まだ緊張してしまうところもあるそうよ。
初々しくていいな!
忙しくなってきたら、私たちみんなで蛍ちゃんを支えてあげたいね。

それから、おうちのほうはというと。
がんばっています。
お姉さんから、小さい子まで。
今日はキミとヒカルちゃんの手作り。
焼きそばがメイン!
明日は、チャーハンの予定!
焼けば何でも食べられる男らしい料理ということ?
でもないか?
豪快な味だけど、おいしいよ。
明日は私も休日。
お手伝いをするね。
こう見えても、春風ちゃんと蛍ちゃんが大きくなるまでは
家事を担ってきた実績があります。
自分で言ってて、こう見えてもってどういうことよと思ったけど
まあ、今の私からは想像がつかない姿かな。
可憐なエプロンを付けて、ちゃきちゃきとマメに立ち働く姿。
よくやってたなあ。
自分でも感心しちゃう。
その時は、ママも家にいたけどね。
あと、春風ちゃんや蛍ちゃんがお手伝いをしてくれると
すごーい!
えらーい!
褒めていたら、どんどん張り切る二人だから
なんだか私がおだてて働かせて、自分は楽をしているみたいな光景になってしまう。
そんなつもりはないんだけど……
今思うと、ずいぶん楽をさせてもらっちゃったな。
今はなかなか愛する家族に、こんな身近な形で貢献する場面がない社会人一年生。
そして、大学一年生。
忙しく過ごす日々を、一日くらいは忘れて
かつての経験を家族のために活用します。
腕がなまっていないといいけど。
勘を取り戻すのに時間がかかったらごめんね。
あんまり頼りにならなかったら、
お手伝いだと思って、何でも言いつけていいから。
はい。
がんばります。
そういえば、キミがリーダーシップをとっているって聞いたよ。
キッチン。
春風ちゃんが参謀を担当してくれるという理由もあるかもしれないけど
意外とこんな時も頼りになる男の子。
それでかな──
氷柱ちゃんが相談に来たのは。
たくましい長男でも
始めたばかりのお料理も大変なんだし
みんなの悩みに気を配るのも難しい。
キミが氷柱ちゃんにひどいことを言うはずはないって知っているけど──
ときどきデリカシーが足りないこともあるかなとは、
私も思います。
悩んでいたというか、
落ち込んでいたというか、
怒っていたのかな、
気持ちの整理がついていないというのかな?
あんな男と一緒に料理なんてやっていられない、
自分が本当に出来ることが何なのか考えているんだと
私に相談に来た話。
さっきの話にも出たケーキ屋さん。
あそこは自社工場で作ったケーキをお店に並べているの。
でも、料理がぜんぜんうまくいかない状態では仕事にならないような気もするけど。
クリスマスシーズンに向けてアルバイトを募集しているから
あのお店で働いてみたいと言ってきたよ。
家事をしても失敗が多くて、迷惑をかけているって考えているのかな。
がんばっている蛍ちゃんを近くで見ていてうらやましくなったとか?
それとも、よくお迎えに行くお兄ちゃんを
蛍ちゃんに取られちゃったみたいで対抗したいのかも。
ライバルのお店を選ぶんだもんね。
本人の考えもまだまとまっていないみたい。
私から出した条件は一つだけ。
一晩ゆっくり考えて、もし考えが変わらなかったら、と。
明日は面接に行くつもりみたいよ。
私は、あんまりできることがなくても焦らないでいいって言ったんだけどね。
それじゃあ納得いかないのが、あの子の性格みたいだし。
なんとなく、すぐにクビになってしまいそうなかわいそうな想像をしてしまうんだけど。
いくらなんでもあんまり向いてないんだし。
でもそんなことを言って、素直に考え直すと思う?

氷柱の偽日記

『クリスマスまで』

明日から私もアルバイトに行くから。
そのつもりでよろしく。
そう、あの洋菓子店。
蛍ちゃんがいるお店とはライバル関係にある、あの。
まあ、別にライバルだから選んだわけじゃない。

海晴姉様たちは、ずいぶん心配しているみたいね。
私のこと。
それは、家の手伝いではまったく役に立っていなかったわ。
霙姉様は、私がアルバイトをするなら家庭教師はどうかと言ってる。
それもひとつの意見ではあるけれど、
人を教えるのもちょっと。
私に向いているかというと、
うーん……
というか、別にお金が欲しくてアルバイトをするわけじゃない。
いや、別に──
蛍ちゃんがうらやましいなんてことは全然ないから。
下僕を取られたなんて思っていない。
だいいち取られたってどうでもいいし。
むしろ、こんなので役に立つならいくらでも使えばいい。
気が利かないから今までは私が教え込んであげていたけど
ちょっとは使い道があるようなら、遠慮なんていらないでしょ。
下僕も喜ぶわよね。
どんどんどうぞ。
お迎えのボディガードとしては、こんなのでも男だもんね。
いないよりはずっといいわ。
日が暮れるのが早い時期だし。
あなたもちゃんと蛍ちゃんを守ってよ。
私のほうは、
蛍ちゃんより狙われにくいと思うし、
放っておいてもいいから。

言っておくけどね、
あなたに何か料理のことで文句を言われたからとか、
そんな理由でアルバイトを始めるわけじゃない。
うぬぼれないで。
そりゃあ、キッチンでみんなの先頭に立つ下僕を見ていたら
何なのよ偉そうに、っていらいらしたものだけど。
私にまで指図してきて、
遠慮がちだったのは多少は身の程をわきまえているとしてもね。
まったく。
家族のピンチを救ってくれるのはいいのよ。
あんまり家事が得意じゃないとしても、
そこそこできるみたいだから。
なんとも思わないわよ、私はお手伝いしかできなくても。
聞いた話だと、
今日は海晴姉様にいいことを教えてもらったそうね。
お手軽な料理のコツとか。
野菜を上手に煮込んで栄養バランスをとるとか。
小さい子が聞いたら泣き出しそうなことを。
好き嫌いしないで食べられるようになるのはいいことね。
いろいろ教えてもらったら
私があんまり料理に向いていなくても、手伝うくらいはできるはずなのよ。
もちろん。
普通にできる。
でも、なんかそれは違うなって。

下僕と並んでキッチンに立っていると
なんでいい歳をしてこんな調子で仲良しをやっているんだろうって
恥ずかしくて、うっとおしいと思うこともある。
自分ができないことばかりだから居心地が悪かったりするのも、確かにそうかもしれない。
それはそれとして。
いま考えているのは別のことなの。
蛍ちゃんがアルバイトに行くようになって。
あのお店は普段からおいしいパンを作ってくれるのに
クリスマスケーキなんてわざわざ用意する必要あるのかな、って。
疑問を感じていた。
そんなのいらないと思うんだけど。
考えていたら、ケーキのことで思い出した。
昔は蛍ちゃんのお菓子作りもあんまり上手じゃなかったわ。
はじめたばかりなんだから、誰だってそう。
蛍ちゃんもだった。
ケーキの作り方をおぼえて、はじめてのクリスマスは張り切っていた。
春風ちゃんが手を貸そうとするのも断って。
顔にもエプロンにもクリームをくっつけながら、真剣に打ち込んでいたっけ。
結構いいものができたの。
おいしかったよ。
今から思い出したらそんなに大したものじゃないかもしれないけれど
ちゃんとしたクリスマスケーキ。
本物のクリスマスケーキだねって騒いだのを憶えてる。
本物って何よ、とか思いつつ。
お店で売ってるみたいだってみんなで褒めたっけ。
蛍ちゃんも嬉しそうだった。
その時に私が思ったことが、
おいしいな、とかではなかったような気がする。
おいしかったんだけど、それよりも。
それまでの蛍ちゃんの料理をたくさん知っていたから
あんまり上手じゃないはずなのに
なんでこんなに一生懸命だったのか、不思議だったな。
お店で売ってるケーキのほうが見栄えはするかもしれないけど
これがおうちのクリスマスケーキなんだな、みたいな。
小さかった私はその時、
これが家族で過ごすクリスマスなんだなと初めてわかったような、
少なくとも記憶にあるのはそれが最初。
その前にも春風姉様の上手なクリスマスケーキは作ってもらっていたはずなのにね。
今年、蛍ちゃんはアルバイトの立場ではあるけど、
本当にお店で売ってるケーキを作る人になった。
それ以来、なんだか考えがすっきりまとまらないというか。
お店であのケーキを作るんだなと考えたときの私の複雑な気持ちとか
自分が今作っている下手な料理を見て、いま家族が何を考えているのかとか。
クリスマスって、なんだろうとか。
やっぱり、その日だけ特別なんてことはありえないと思うんだけど。
こういうの、わかってもらえるかな。
説明している私も実はよくわからないから、伝えるのは無理かな。
でも、ここ数日考えていて、
ゆうべは海晴姉様に、一晩じっくり考えるように言われて。
今朝、このことを話したときには、
海晴姉様はなんとなく納得した顔をしていて
アルバイトのお願いは、反対はされなかった。
だから、
下僕にわからないようなら、
あのとき一緒にいなかったからなのかもしれないから
今年のクリスマスは、ちゃんと一緒に過ごすのよ。
それまでの準備もね。
でないと、こういう時にまだるっこしくて仕方がないんだから。
今日はアルバイトの面接のあと、どれくらいできるか形だけ仕事を試すことになったわ。
ここ一週間、手伝ってきた経験もあって
そこそこ人並みの仕事はできそうだから大丈夫。
明日には学校にアルバイトの届出をして、放課後にまた行って働く日を決める予定。
もし下僕が、ご主人様がいなくて寂しいと情けないことを言うつもりなら、
蛍ちゃんと同じ日にしたらますます人が少なくなって、泣いてしまうかもしれないし
少しは考慮してあげてもいいわよ。
25日当日は必ず夕方には帰ってくるから、それは心配しないで。
アルバイトはそれまで。
それから、これ。
せっかくだからおみやげ。
私は蛍ちゃんみたいに、お店の人に期待されているわけではないから
もらったんじゃなくて、自腹で購入したもの。
20個入りチョコレートアソート。
こんなの、今回だけだからね。
特別よ。
あさひはまだ食べられないから、ひとつはママの分。
あなたは、小さい子たちがちゃんと順番に選んだあとね。
お兄ちゃんなんだから、そのくらいがまんしてよ。
あなたの作る料理は、家族にはそれほど評判が悪いわけじゃない。
そんなにうれしいものなのかな。
私がいない間、みんなのことを頼める?
ユキのこともちゃんと見てあげてよ。
私もアルバイトがない日は家にいるからね。
たまには、下僕が手を抜かないように指導もしてあげないといけないし。

真璃の偽日記

『マリーが大きくなったら』

氷柱お姉ちゃまがアルバイトに行くことになったの。
大丈夫なのかしら?
月、水、金の放課後と、それから土曜。
日曜日は家にいるって。
土曜以外は、見事に蛍お姉ちゃまとずらしたわね。
フェルゼンが寂しいって言ったの?

それにしても、どうしちゃったのかしらね。
クリスマスまでの臨時のアルバイトだって。
今まで、そういうの全然興味なさそうだったのに。
蛍お姉ちゃまなら、かわいい制服を見るとすぐ働いてみたいって言うから
まだわかるわ。
氷柱お姉ちゃまが働くなら、もっと向いてる仕事がたくさんありそうだと思うけど。
お皿を落として割ったりとか
食べ物を落としてしまったりとかすると
それはもう、すごく怒られるんでしょう?
お客さんにも笑顔でごあいさつなんて
氷柱お姉ちゃまにできるのかしら。
うーん……
クビになって帰ってきたときに慰める言葉を考えておいたほうがいいのかな。
フェルゼンはどう思う?

蛍お姉ちゃまに続いて、氷柱お姉ちゃままで。
いったいどうなることかと思ったけれど
家のことは、フェルゼンを中心にしてそれなりに回っている。
みんなで協力してがんばっている結果が
そろそろ形になってきた感じね。
小雨お姉ちゃまもそんなに失敗しなくなってきたし。
まわりを見回す余裕も出てきて、
夕凪ちゃんや吹雪ちゃんがとても料理とは思えない謎の実験をしていても
すぐに見つけて、
アドバイスをしてあげられるようになったらしいの。
そこはこうしたほうがいいですよって。
止めなくていいの?
実験なのに。
でも今のところ、食べられない料理は出てこないから大丈夫なのかな?
焦げすぎたり、生焼けだったりすることも少なくなってきたわね。
でもね。
マリーたちもがんばっているんだから、忘れないでね。
小さくても協力しているの。
お姉ちゃまたちが忙しくてあまり遊んでもらえなくても、
文句ばかり言ってないで、マリーが小さい子を見てあげなくちゃ。
積み木やおままごとで遊んであげたり、
絵本を読んであげることだってできるの。
外から帰ってきたら、うがいと手洗いを忘れずに。
あと、これからケーキの試食が増えるんだから、しっかり歯を磨かないとね。
なまけていたらマリーが許さないわ。
小さい子のお世話は任せて!
大変なのは、クリスマスまで。
クリスマスには蛍お姉ちゃまと氷柱お姉ちゃまも、お仕事を済ませて帰ってくるの。
無事に帰ってきてくれて、
そしてみんなでいられることが、きっとマリーたちの一番のクリスマスプレゼントね。
あ、もちろんそれとは別にプレゼントはちゃんともらうわよ。
サンタさんにもらえるプレゼントじゃないらしいのよね。
家族との時間みたいなものは。
だから、プレゼントは違うものをお願いしなくちゃ。
そういえば観月は、交通量の多くなる年末だからお守りを作るって言ってるの。
風邪を退散させる健康のお守りとかもね。
サンタにお願いしても、安全や健康はなかなかもらえないから。
大切なものなのにね!
お迎えがいつも大変なフェルゼンも、もらってね。
マリーたちみんなで祈りを混めて、お守りを作ってあげるわ。

もう少しマリーが大きかったら、
みんなが働きに出たいって言ったときに、
あら、それじゃあここで働けばいいわってお店を出すくらいしてあげるのにな。
それくらいのこともできないまだ小さい子なのが悲しいわ。
家族みんなで働くほうがきっと楽しいのにね。
本当に大丈夫なのかな、氷柱お姉ちゃまは。
知らない人のところに働きに出かけちゃって。
あの性格だから誤解されて怖がられてしまうかもしれないわ。
本当はやさしいお姉ちゃまだってわかってもらうのに、時間がかかると思うの。
まったく、どうしていつも意地っ張りなのかしら。
女の子は素直が一番なのにね。
まあ、いつもまじめで手を抜けないのも、氷柱お姉ちゃまのいいところなのよね。
お店の人たちにも伝わるといいわね。
そうだ、フェルゼンは聞いた?
蛍お姉ちゃまと氷柱お姉ちゃまがアルバイトに行く話は
早くも学校でうわさになっているみたいで、
なんと!
春風お姉ちゃまやヒカルお姉ちゃまはもちろん
立夏お姉ちゃまにまでお誘いが来ているそうよ!
クリスマスメニューを用意している喫茶店やファミレスは、どこも人手が欲しい時期。
臨時のアルバイトが春風お姉ちゃまやヒカルお姉ちゃまなら頼りになるはず。
お誘いする人の気持ちはよくわかるわ。
立夏お姉ちゃまも誘われるのは不思議だけど。
でも、これ以上家から人手が減ると困るから断ったんだって。
それに、春風お姉ちゃまたちはおうちで過ごしたいみたいだし。
フェルゼンのところにもお誘いが行くかもしれないけど
ちゃんと断ってね。
フェルゼンのお仕事は別にあるんだから。
おうちのこともそうだし、
それに、霙お姉ちゃまが参加する合唱会。
そっちに出るのよね?
生徒会と、教会の人たちが協力して開催するクリスマス合唱会。
幼稚園の子たちも参加するのよ。
もちろん、マリーも観月もさくらもね。
さくらはよくわかっていないみたいだけど。
まだ小さいから、教会がなんなのかよく知らないみたいなのよね。
マリーもあんまり詳しくないけどね。
幼稚園で開催する合唱会と、教会で開催する合唱会。
二日続けてある予定。
教会のほうは幼稚園の子が自由参加だから、本番は幼稚園でやる日。
それぞれのおうちの人たちも招いて、盛大なパーティーになるわよ。
霙お姉ちゃまは、フェルゼンが忙しいのはわかっているみたいで
一曲だけでもいいから合唱に参加してほしいな、って言ってたわ。
参加することになれば、無関係な人より裏方のお仕事も任せやすいからって。
霙お姉ちゃまも意外とやり手なのね。
フェルゼンも、マリーたちと一緒に合唱の練習をしたいでしょう?
時間を作ってぜひ遊びに来てね!

おうちのことも大変だと思うけど
マリーたちも、小さい子にできることがあったらサポートするわ。
話を聞いたの。
今日、蛍お姉ちゃまから教わったお料理のこと。
ついに、あれに挑戦するのね。
にんじんとピーマンを細かく切って、わからないように混ぜるハンバーグ。
大丈夫よ。
マリーは誰にも言わないわ。
にんじんとピーマンくらい何よ!
あんまり得意なほうではないけど。
好き嫌いなんて言わないで、たくさん食べることが
子供にもできる大事なお仕事なのよね。
マリーはがんばって、にんじんとピーマン入りのハンバーグをおいしく食べるわ!
あ、大きな声を出したらいけないわね。
フェルゼン、
もしも慣れていないお料理のせいで
ハンバーグの中身がみんなにばれてしまったとしたら
マリーは先頭に立って、おいしいって食べて見せるわ。
誰もが食べたくなってしまうほどに。
それが、フェルゼンを愛するマリーのつとめ。
愛のために今のマリーができるたったひとつの行為なの。
ああ、本当にマリーがもう少し大きかったら
他にもできることがあったのかもしれないのにね。
ハンバーグ──
きっとおいしく作ってね。

青空の偽日記

『はんばーぐ』

きょうのばんごはん。
はんばーぐ。

おーいしーい
おーいしい
よ!

はんはん
はんばーぐ

おーいしい!

なんちゃって。
あっ、おにいちゃん!
そらのうたったうた、きいた?
じょうずだった?
さくらのかわりに
がっしょうできる?
はんはん
はんばーぐ。
はんぶんの
はんぶんの
はんばーぐの
ことじゃないよ。
まちがえた?
らぶらいぶのうたよ。
はんばーぐじゃないけど。
うれしいからうたうの。
きょうははんばーぐ!
はんばーぐのうたはしらないから
なにをうたっていいからしらないから
ちょこれーとのうたでうたう!

あのうた、
おもしろいね。
でも、まちがえない?
ちょこちょこしたちょこれーとのことみたいに
まちがえちゃう?
あと、
まかまかしたまかろんのことみたいに
まちがえちゃう?
まかまかって、なに?
まかろんは、おみせでかってくるの。
つららが。
かってきてくれるよ。
うれしいな。
ふわふわしてる。
さくっとしてるのに
ふわっとしてる。
おもしろいおかしよ。
あまいよ。
でも、それほどあまくない。
わかる?
おにいちゃんも、そらといっしょにたべたからわかる?
きのう、つららのあるばいとがあって
おみやげにかってきてくれた。
まかろん。
とくべつよ!
きょうだけよ!
わかったわね。
たべたら、はをみがくのよ。
そら、いいこでおへんじするよ。
はーい!
いいこは、おおきなこえでおれいをいうよ。
ありがとう、つらら!
このまえのちょこれーとも
とくべつ!
まいにち、とくべつ!
とくべつって、うれしいこと。
とくべつのひは
はをみがく!
まいにち
はをみがく!
きょうは、ぱんのとくべつ。
ほたるのとくべつよ。
それから、ばんごはんは
ちょうとくべつ。
すごいうれしいの。
はんばーぐ!
みんなで、おおよろこびして
とびはねた。
うれしくておどった。
はんばーぐって、なんでこんなにうれしい?
でも、さくらはないちゃった。
ないて、ないて、
ぼろぼろないて、
なきながらたべて
はんばーぐをはんぶんのこしちゃった。
まりーがすごいの。
ぱくぱく
もりもりたべて
いらないならもらっちゃうわよ!
っていっても、
ないちゃったからたべない。
なぜないた?
うたをうたっていたら、
こんどのくりすますはおおぜいのまえでうたをがっしょうするんだよ、
ようちえんでれんしゅうするんだよ、
さくらちゃんはおうたがじょうずだね、っておねえちゃんたちがいったの。
おおぜいのまえでうたうなんて、
きんちょうしちゃう!
こわい!
うたをまちがえたら
きっと、こわいおとこのこに
いじめられちゃうよ!
さくらがないちゃった。
のこしたはんばーぐは
れいぞうこのなか。
がっしょうなんてするのいや、っていってた。
ようちえんにもいきたくないんだって。
はんばーぐはあとでたべるからとっておいてって。
ちんしてもらってたべるって。
さくらがこわがっているから
そら、たすける!
そらがさくらのかわりに
ようちえんにいって、がっしょうしてくる!
へんそうするの。
そらがおしゃれどろぼうになって、さくらのかおにかわる。
なりすます!
さくらのものまねして、ようちえんにいくよ。
みんなもさくらをたすけたい!
それで、さくらのものまねがいちばんじょうずなこが
あしたは、さくらのかわりにようちえん。
うたってくる。
さくらのかわりにいくのね、
にじか
そらか
あーちゃんか
ふれでぃか
いちばんものまねがうまいこ
だれか!
おにいちゃんは、
そらがいちばんさくらのまねがじょうずだと
おもうでしょ?
さくらの
そらだよ!
ほらね?
どこからみても、さくらだよ。
じょうずにさくらになれたら
さくらのふりをして
はんばーぐのはんぶんも
もらってたべる!

星花の偽日記

『実験』

お兄ちゃん、
星花は良いお姉ちゃんかなあ?

どうなんだろう。

たまに、夕凪ちゃんの残したにんじんを食べてあげて
氷柱お姉ちゃんに見つかって
そんなのは本人のためにならないから!
と、いっしょに怒られてしまう星花なの。

きのうのハンバーグは、
お兄ちゃんとヒカルお姉ちゃんが作ってくれて
星花たちは、久しぶりにお料理作りはお休み。

お料理の前に、材料を見ていた夕凪ちゃんが、
うわあー、今日はにんじんとピーマンだあ。
いやだなあって
困っていたんだけどね。
ハンバーグが出てきたときは、全部忘れて嬉しくて踊っていたよ。
それが、今日になってから
あのときのにんじんとピーマンはどこに行ったんだろうと
やっと疑問に思いはじめたみたい。
帰ってきてから、吹雪ちゃんと一緒にキッチンを探していたんです。
見つからなくて、ますますおかしいって。
今日は晩ごはんのアジのひらきと格闘していて、また忘れていたみたいなんだけど。
このままでは、ハンバーグの秘密が見破られてしまうかもしれません。
夕凪ちゃんでもおいしく栄養をとれる便利な手段なんだけどな。
やっぱり隠しているのは良くないのかなあ、とは思うの。
でも、隠しておいたほうがいいかもしれない事はあるんですよね。
この季節になると、特に思うし。
もうすぐ12月。
気づかれるのがハンバーグだけだったらまだいいのかな?
吹雪ちゃんは、きのうさくらちゃんが残したハンバーグをやけに熱心に見ていたの。
なにか気がついたのかもしれないね。
でも何も言わないのは、夕凪ちゃんの体を心配しているからかな。
好き嫌いが多い夕凪ちゃん。
いつか、自分の体のことを考えてきちんと栄養をとれる日が来るのでしょうか?
来るのでしょうかというか、星花の大事な夕凪ちゃんのことなので、
ひとごとみたいな言い方ではいけないんだけど。
これからずっとそばで見ている家族だから
隣にいて、食べてあげるだけではいけないんですよね。
食べたくなくても夕凪ちゃんの体のためだから、と厳しく言うのは
氷柱お姉ちゃんがするから星花はいいかな、と思っていたら
アルバイトに行ってしまった氷柱お姉ちゃん。
月水金は、帰りが夕食後です!
これからどんどん寒くなる時期なのに、遅くなって大変ですね。
お迎えに行くお兄ちゃんも、暖かくしてくださいね。
氷柱お姉ちゃんがいない間は、夕凪ちゃんのことは、星花がきちんと……
ハンバーグの秘密を知られてしまったとき、
星花はどう対応するのかわからないから
自信を持っておまかせと言えないのが、残念なところなの。

お姉ちゃんたちがアルバイトに行くので、お手伝い。
星花は、お料理をするのはわりと好きです。
春風お姉ちゃんのあのおいしいうどんのだしはこうやって作るんだ、とか。
かつおぶしの使い方でいいにおいがしてくるあの感じ。
おいしくなるマホウは、ここにあるのでしょうか?
キッチンでは夕凪ちゃんのマホウは禁止ですけどね。
刃物や火を使って危ないから、うまく扱えないこともあるマホウは禁止。
おうちのことをお手伝いする星花たちの毎日。
学校で遅くまで遊べないのは残念だけど
家でお料理を教わるのも楽しいから、これはこれでいいのかな?
でも、おうちのお姉ちゃんがアルバイトに行ったから星花がお手伝いをするんだって
お友達に言うと、
ああ、やっぱり大家族だとそうなんだ、
働いて稼がないと、
みたいな話で理解してくれるんです。
それはたぶん違うと思うんです。
お金に困って働きに出ているわけではないので……
あと、星花くらいの歳になると、学校で話が盛り上がること。
サンタはいるのか、いないのか?
いない派の子が言うんです。
きっとクリスマスのプレゼントを買うお金のためよ!
たぶん違います……
だって、最初は働きに出かける予定はなかったみたいだし。
その前からプレゼントは早めに決めて置くといいよって言われていたから
お金がなくてプレゼントが買えないとかで働きに出たわけじゃないんです。
それに何より、
サンタさんはちゃーんと、本当にいるんですもの。
そうだよね、お兄ちゃん。

星花は普通にお料理をしているのが好きで、
夕凪ちゃんが食材をむやみに混ぜたり
最近では、吹雪ちゃんまで実験を始めるのはなぜかなあと思っていたの。
まだ吹雪ちゃんも遊びたい年頃なのかな?
家族のために普通に料理を作るだけでもとっても楽しいんだけどな。
これは、お姉ちゃんとして星花がしっかりお料理をしてあげられたらいいな!
そう思っていたんだけど。
きのう、さくらちゃんが泣き出してしまったでしょう?
大勢の前でおうたを歌うのが怖いって。
そうですよね、きっと怖いだろうなって星花も思う。
星花は、小学校で毎日練習した合唱の発表もすごい緊張して、
本番では練習していた力が全然出せなくて、体がかたくなってちぢこまって。
くやしかったな──
下手だとわかっていても、せめて全力を出せればよかった。
やるだけのことはやったと思えれば、悔いは残らなかったのかもしれないのに。
大勢の人の前に立つのって、本当に怖いですよね。
さくらちゃんが今朝も泣いてしまって、お兄ちゃんにしがみついて離れなかったとき。
星花は何を言ったらわからなかったの。
肝心なときに頼りにならないお姉ちゃんなんですね。
でも、そんなときにね。
虹子ちゃんと青空ちゃんが、さくらちゃんの代わりに幼稚園に行って歌ってあげるんだと
堂々と言い出して、
あさひちゃんまで側に控えて、ついていく気まんまんみたいな顔でした。
まさか赤ちゃんなのだし、さくらちゃんを助けるとか
そんなつもりは全然なかったんだと思うけど、
雰囲気でお出かけか何かだと思ってしまったのでしょうか?
虹子ちゃんと青空ちゃんの手にあったのが、
見ていると勇気が出る、お兄ちゃんのお写真。
それから、観月ちゃんが作ってくれた健康のお守り。
さくらちゃんは、お兄ちゃんのお写真をお守りの中に入れて
勇気のお守りにして、出かけて行きました。
夕凪ちゃんや吹雪ちゃんが無茶をするのはどうしてだろうと思っていたけれど
こういう時に、どうしたらいいのか本当にわからなくて
それまでのがんばりが全然役に立たないような気持ちになってしまうときに、
解決法を見つけるためなのかな。
さくらちゃんは帰ってきたとき、お守りのおかげで元気が出たって言ってたよ。
星花の合唱の発表会にも、青空ちゃんがいてくれたらよかったね。
さくらちゃんはあまりにも元気になりすぎて、
幼稚園のお庭や公園でいっぱいお友達と仲良く走り回って、
お守りをどこかに落としてきてしまいました。
お守りがなくてもさくらちゃん自身の勇気が出せたってことだから、これからも大丈夫かもね。
でもお兄ちゃんのお写真は、いまごろ寒い冬の空の下、こごえているかもしれません。
今日はもう遅いから、明日探すのを手伝ってあげる予定です。
こうしてさくらちゃんにいろいろなことを教わった星花の、
お礼の気持ちが伝わるお手伝いになるでしょうか?
捜索をするのは、放課後になってしまうけれど
はりきって行ってまいります!
おうちのお兄ちゃんは、今夜は寒い思いをしないようにしてね。
冬の夜でも、おふとんをかけたらあったか。
もし本物のお兄ちゃんを落としちゃったら、夜だって探しに行くよ。
お兄ちゃんとさくらちゃんと、星花たちが
おうちではいつも一緒です。

あさひの偽日記

『あーあー』

あんま、ああっちゃ
わっちゃ?

あーたん、うまっま!
ふんば!

あーあー

ふっふー

おーわっちゃ!

ああんば、おっおっば!
ふおー!

(さくらのかわりに
 うたわなくてもいいの?

 あさひ、おうたはうまいよ!
 いつもきいているから!

 うぃうぃっしゅあめりくりすます♪

 きーよーしー
 こーのよーるー♪

 みんながおうたをうたうよ。
 クリスマスはたのしいね!

 あさひの、うまれてはじめてのクリスマスだよ!
 うれしいな!)

蛍の偽日記

『手紙』

お兄ちゃんへ。

いつも、お迎えありがとうございます。
日が暮れると、とっても冷え込む季節。
風邪を引かないように、暖かくしてお迎えに来てね。
蛍もいっぱい着ていきます。
太って見えてしまうなんて言ってられない!
お仕事をするからには、体調管理が一番大事です。
もこもこしながらがんばります。

今日の日記は、蛍のお当番。
お互い忙しくて、日記を渡すときにあまり長くお話ができない。
だから、今日は文章だけで蛍のお話をお届けします。

アルバイトのあとでお迎えにきてもらって、
お仕事の話題を聞いてもらって、今までよりもお話ができてうれしい。
とても冷え込む帰り道、手袋で顔をさすりながら、
それでも伝えたいことばかりで、言葉が止まらないホタです。
お兄ちゃん、蛍のお口で手袋がもごもごして声が聞き取りにくくない?
町はだんだんクリスマスムード。
イルミネーション、クリスマスツリーの点灯が始まっているところも増えてきました。
とってもきれいで──
こんなに大勢の人がクリスマスを楽しみにしているんだと思うと
蛍はほっこりしています。
お兄ちゃん、蛍はおにいちゃんと並ぶ帰り道はずっと、
きれいですね、
こんな風景をお兄ちゃんと見られて幸せだなって
そんなことばかり言っていたような気がします。
だけど、ちゃんと他の人のことだって考えているんです。
今年の蛍は、はたらく女の子ですもの。
いろんな人に幸せをお届けするお手伝いをするんですよ。
どうか、みなさんのところに、幸せなクリスマスがやってきますように。
そして、私たちの大切な家族が住むこの家にも。
蛍もみんなのために張り切って、我が家のクリスマスを盛り上げようと思います。
お兄ちゃん、今度の帰り道は町の景色を見ながら
そんなことを相談したいな。
このごろはたくさん話しているから
日記に何を書こうかな、と思っていたけれど
いざペンを手に取ると、伝えたいことが次から次へと溢れてきます。
顔を合わせてはなかなか言えない蛍の気持ち、たくさんあります。
聞いてください。

お兄ちゃん、
蛍はお仕事をがんばれているでしょうか?
ときどき思うんです。
ふと、充実した時間のすきまに、蛍の胸に忍び込む考え事があるの。
お店の人も、お客さんもいい人ばっかりで
蛍は毎日、一生懸命。
お仕事はだんだん慣れてきたかな?
まだまだ未熟で
目の前のことに向き合うのが精一杯だけど、どうにかお店のお役に立っているみたい。
憧れていたかわいいパン屋の制服も、
お兄ちゃんに似合っていると言ってもらえてうれしいな。
でも、蛍は本当にこれでいいのかしら、
このお仕事は蛍の性格だとあんまり向いていないんじゃないかな、と思うときが
あるんです。

仕事がうまくいっていないわけではないし、
不満があるというのも違うんです。
働き出す前は、蛍の力なんて小さなものなのにいいのかなとすごく不安だった。
家でみんなに食べてもらうのとは違う、立派な商品を扱うなんてできるのか。
でも、クリスマスが終わってからも働いてほしいってたまに言われるくらいだから
思ったよりも蛍はお仕事をこなせているみたい。
パン作りはもともと家でやっていたし、お店の厨房もすぐに使い方を覚えることができました。
接客に向いていると、褒めてもらえることもある。
天使家は海晴お姉ちゃんや霙お姉ちゃん、春風ちゃんやヒカルちゃんがいて
学校でも少し話題になるから
蛍が働いているお店だからと見に来る木花の生徒も多いんです。
お客さんが蛍の話をしていたり、
声をかけてくれたりしたら、
こんなホタでもこのお店の力になれているんだと思えて。
ようこそいらっしゃいませ!
とってもおいしいパンがたくさんありますよ。
今日はこちらのパンがおすすめです。
お客さんは甘いものは大丈夫ですか?
がっつりいきたい気分のときも、おまかせください。
このお店のパンは、どれも楽しい個性があって、みんなおいしいんです。
これなんて焼き立てです!
今この瞬間だけの出会いです!
自然とそんなふうに声をかけている。
おいしいパンがいっぱいのお店で働けるって、とても楽しいことなんだと思う瞬間。
蛍はよく知っているんだから。
たくさんいいものがあります。
どうか、蛍の好きなこのお店のファンになってください。
まだ新人の店員でたいした力はありませんが、
あなたのおいしさを見つけられるように、お手伝いをさせてもらいたいんです。
同じ学校の制服を見ていると、身近に思えてしまうのでしょうか。
こんなでしゃばりかもしれない店員ですけど、
蛍を見に来たお客さんにはそれでいいと、お店の人も言ってくれている。
氷柱ちゃんのお店にも木花から見に行く子がいるんだけど
お友達が来てくれたのに、見世物じゃないときつく言って追い返そうとして
店長さんにすごーく怒られたらしいんです。
今日、氷柱ちゃんのお友達が蛍のお店に来て、つい漏らしてしまったそんな話題。
こんなふうに笑顔でお客さんを迎えられる余裕が氷柱ちゃんにもあれば! って。
きのう、お兄ちゃんと一緒に氷柱ちゃんをお迎えに行ったとき、
氷柱ちゃんは何も言っていませんでしたね。
むしろ順調にいってるみたいに話をしてくれて。
怒られて、きっとすごく落ち込んだはずなのに。
お兄ちゃん、今日はおうちにいた氷柱ちゃんの様子はどうでしたか?
悩んでいるような気配はなかったでしょうか。
もっと打ち明けて話してくれたらいいんだけど……
怒られて落ち込んだなんてことくらい、家族に話せば気が楽になるようなことなのに。
わりとうまくいっている蛍でも、失敗して怒られるくらいよくある当たり前のことなのに。
さりげなく聞き出すようにしたら、やっぱり氷柱ちゃんは怒るよね。
クリスマスのきらめく町の魔法みたいな雰囲気が、
氷柱ちゃんにも、素直になる勇気をくれたらいいのにな。
明日は氷柱ちゃんのお迎えに、蛍も一緒に行っていいですか?
土曜日は、蛍と氷柱ちゃんの仕事が重なる日。
まだ仕事を始めたばかりの氷柱ちゃんが心配だし
お迎えは氷柱ちゃんのほうを優先してもらうことになりそうですね。

たまに怒られている、と言ったけれど
蛍が悩んでいるのは、怒られているからという理由ではないと思うんです。
それは確かに、新しいパンを開発する相談のとき、
ホタが20個くらいアイデアを考えていったら、全部ボツだったときには
さすがに落ち込んだけれど。
霙お姉ちゃんの好きなあんこと組み合わせるのって、いいと思ったのにな。
ヒカルちゃんはいっぱい具があると喜ぶかと、お肉を大盛りにしようかって。
焼き上げるのが難しかったり、採算が取れないと言われました。
そうですよね……蛍はそんなこと全然考えていなかった。
家で試したこともあるオリジナルのお楽しみパン。
お店で販売するパンはやっぱり素人の考えとは違うんだと、実感した瞬間でした。
笑顔で接客ができているお話は、さっきもしたけれど
パンを紹介するとき、ちゃんとお客さんを見て話しているのか、とたしなめられるときもあります。
単に個人的な好みで紹介するだけでは、店員として充分とはいえない。
お客さんの一人一人に、それぞれ考えていることがあるのだし、
このお店に来て、パンを選んでくれるのはどういうことなのか。
決して、誰も同じ気持ちの人はいない。
その思いに私も真剣に向き合って欲しい、と言われました。

お兄ちゃん。
蛍がパンを前にして考えていること。
お店の大事な商品を大切に扱いながら考えているのは
いつも家族のことなんだよ。
気がついてしまいました。
焼きたてのパンを一番に食べさせてあげたいのは
おいしそうに食べてくれる蛍の家族です。
お客さんのことが見えていないというのは、たぶんその通りなの。
蛍は、いまお兄ちゃんがここにいたらどんな顔をするのかな、
みんながここにいたら、とよく考えている。
蛍にとって、家族がこんなになくてはならないものだなんて、
そうかもしれないとは感じていたけれど。
クリスマスにはサンタクロースの服を作って仕事をしたいね、とお店で話しています。
店員のそれぞれに飛びっきりに会う服を作れたらいいね、なんて。
趣味の手芸が得意な人が多いお店です。
蛍も少しはできると話していたから、決して変な話題ではないんだけど。
なんでだろう?
おうちのみんなに服を作ってあげるときみたいに心がときめかないよ。
かわいいおうちのみんなのサンタ服、
みんなの個性に合わせて作ってあげたいな。
普段なかなか着ないようなのも、挑戦してもらいたいな。
家族にかわいくなってもらうことにかけては、
いくらでも腕を振るいたい蛍なのにな。

小さい頃から、優しいお姉ちゃんやかわいい妹たちがいっぱいの家で育ったから
自然にそんなことばかり考えているのかな?
それじゃあ、この家に来たばかりのお兄ちゃんは
家族とずっといることに、まだそれほど馴染んでいないのかな。
ううん、いつも蛍たちを守ってくれるお兄ちゃんだよ。
それに、家にやってきたばかりと言っても
蛍はお兄ちゃんのことをとても大事に考えています。
私、いつでもお兄ちゃんがいないとだめだよ。
それは出会ったときからずっとです。
日に日に強くなる気持ちです。

お客さんと真剣に向き合うことをしないといけないけれど
蛍が喜んでほしいのは、いつも大好きな人なんです。
蛍が見ているのは、大切な人だけ。
何をしていても、変わらない。
自分がこんなにわがままで自分勝手だなんて、知らなかった。
サンタ服を作るのは、会ったこともない人に見せるためじゃないんだよ。
お世話になっているお店の人たちにお礼をするためでもないの。

お兄ちゃん、蛍は悩んでいることもたくさんあります。
うまくいっているはずなのに、どうしてなんでしょう?
こんな蛍を見込んでいてくれる人のために
せめて、クリスマスまでは仕事を続けたいと思っています。
蛍にできるでしょうか?
本当にできるのでしょうか。

お兄ちゃんに話を聞いてもらえることが、こんなに力になるのだと
蛍はここしばらく、今までになかったほど感じています。
いろいろとっても大変だと思いますが、
これからもときどき一緒にいてもらえたら、蛍はすごく元気が出るんです。
不思議なの。
悩んでいて、迷っていても、お兄ちゃんがいるだけで
世界はつらいことなんて何もない、全然違うものに変わっている。
蛍の大切な大切なお兄ちゃんが
どうか体調を崩したりしないように
体には気をつけていてください。
すごくすごく、
どうしても、
風邪なんてひいたら悲しいです。
今の蛍が頼りにしてしまう、蛍のお兄ちゃん。
お願いです。
これからもずっと元気でいてね。

まだまだ伝えたいことはたくさんあります。
いくらでも頭に浮かんでくるんだよ。
もっとたっぷり時間をとってお話したい。
お兄ちゃんのこともいっぱい聞かせてほしいな。
でも、きりがないので今日はここまでにします。
明日は、お料理のお勉強してもらうと約束していますね。
お兄ちゃんが家族みんなのかっこいいシェフになれるように、
ホタは一生懸命付きっ切りでお世話したいと思います。
よろしくね。

こんなわがままな妹ですが、これからも仲良くしてください。
蛍はいつも、お兄ちゃんがいてくれてうれしい気持ちでいっぱいです。
どうか、よろしくお願いします。
ぺこり。

大好きなお兄ちゃんへ。

蛍でした。

ヒカルの偽日記

『12月の予定』

私は、アルバイトに行く気はないと言っているんだけど。

どうしたらいいだろう。
春風は、はっきり断るのがいちばん相手のためだって言ってる。
うーん。
言ったはずなんだけどな。
しかも、何回も。
言ったのに、
いいから、いいから。
という感じで、
毎日お昼に一つ、おかずをくれる。
卵焼き。
ミニハンバーグ。
スパゲティ。
エビフライ。
定番メニューは、やっぱりうれしい。
なにしろ本職の喫茶店のメニューだから。
私は春風や蛍のお弁当のほうが好きだけど。
喫茶店は何度食べても同じ味。
時代に合わせて変えていく必要があるって、お店を手伝っているその子は言ってるけど
今の私には、昔ながらの喫茶店の味。
まだ海晴姉たちも小さい時期に、ママに連れて行ってもらって
ときどき食べた記憶がある味。
なんとなく華やかな時間だったような、外食の思い出。
子供の頃の懐かしいドキドキを思い出したりもする。
それとは違って、春風や蛍の料理は、今の私たちが毎日食べることを考えて
飽きないように工夫している。
いいお嫁さんになりそうなふたり。
私はたまに思うんだけど。
春風と蛍が家族にいてくれるおかげで
私の胃袋はとても幸せな毎日を送っているんじゃないだろうか?
家族たちと幸せに過ごすことは、胃袋はそこまで重大ではないかもしれないけど。
姉なのに泣き虫の春風や、子供っぽい好みが昔と何も変わっていない蛍を
私が守ってやるんだと思っていたのに。
いまはずいぶん頼ってしまっているんだな。
ずっと続けてきた剣道のそれなりの実力や、
昔から運動会でもスポーツでもある程度こなせている運動神経は、
蛍がしばらく用事でキッチンの仕事から抜ける現状で、
なんの役にも立ちはしない。
手伝いを始めた頃の指先の絆創膏は、
あの子も見ていて心配してくれた。
喫茶店の手伝いなんて、私は役に立てないのはわかっていると思うんだけど。
なのに熱心に誘ってくれる。
今日も、ハムカツをくれて
気が向いたらいつでも言って、だって。
私のサイズの制服もすでに準備しているというのは
さすがに冗談だよな。
はあ……
受け取らないほうがいいのかな。
ハムカツ、おいしかったな。
お弁当には、自分たちで作った前日の料理が入ることもあるから
具がこぼれた餃子の横に
形のきれいなハムカツは輝いていた。
今日のお弁当のうるおいだった。
いや、オマエと小さい子たちが一生懸命作った餃子もおいしいよ。
でも、プロの料理に対抗できるのは春風か蛍だけだよ。
蛍は今はいないし、春風だけでくまなく目が行き届くとは限らない。
今日、春風が弁当に入れてくれたのは
バランスや彩りを考えた野菜各種のベーコン巻き。
これもおいしいよ。
おいしいけど、メインにはならないよ……
メインは餃子だったし。
春風の助けがあっても、なかなか喫茶店メニューにはかなわない。
このままもらい続けていたら
やっぱり悪い気がしてしまって、ちょっとだけでも手伝うことになるのだろうか。
別に手伝えなくてもかまわない、って言ってくれる。
おかずを持ってくるのも下心なんだから気にしないで、と。
真剣に考えてみたけど、蛍も氷柱もアルバイトに行って、私まで家を空けるのは無理だよ。
期待を持たせ続けるみたいにもらっているほうが悪いとはわかってる。
でもこんなに買ってくれているのなら──
一日だけでもいいって言っている。
それにしても、私のどこがそんなに?
少しは家事にも慣れたけれど、いまだにたいしたことはできていないよ。
一応、指先の絆創膏はもういらない。
傷跡もきれいに消えている。
立夏は、オマエが私を傷物にした責任を取らないとって言ったけど
もう傷はこの通りだし。
あんなに慌てることなかったんだよ。
子供の頃から、もっと大きな擦り傷や切り傷はたくさん作ってきたんだ。
この前、一緒に包丁の練習をしていたあの時。
オマエが指を切りそうになってまわりがびっくりした拍子に、つい私が怪我をしたからって
小さな傷だったんだし。
責任を取るなんて必要ないよ。
うーん、あんなに熱心に喫茶店に誘ってくれるのは
多少の怪我はなんでもない頑丈な体を見込んでいるのか?
でも12月からは、合唱の練習も始まる。
家に残るのは参加しないメンバーだ。
小雨と麗と吹雪で、チビたちの面倒を見ることになる。
なるべく年長もいたほうがいいと思うから、私は家にいるつもり。
霙姉はもちろん主催者だし、
オマエは霙姉の誘いは断れないみたいだし
春風もオマエと一緒なら行くというし。
それから立夏と星花と夕凪。
このメンバーを心配している子もいるよ。
麗とか、本当にいいのだろうかって。
参加条件は年齢も経歴も問わない。
お気軽にと言っても
いくらなんでも立夏が。
おまけに夕凪が。
はしゃぎすぎないだろうか。
立夏は練習したとしても合唱になるのだろうか。
なんてね。
でも、私は難しいことはわからないから。
もし迷惑になったり、足を引っ張ってもいいと思うな。
参加したいならいいんじゃないか。
立夏も夕凪も、歌うのがとても好きだろう。
いいじゃないか。
思いっきり歌えばいい。
一生懸命練習すればいい。
やるからには、中途半端だったらかっこ悪いぞ。
せいいっぱい練習して、あんまり上手じゃなくて恥ずかしくてもいいよ。
私も、当日は応援に行くから。
家族みんなで行くと思うんだ。
参加する子達にとっては晴れ舞台。
楽しみだな。
がんばってきてほしい。
私は、留守の子が多い間は、家を守っていたい。
やっぱり喫茶店のアルバイトは断らなくちゃ。
もうおいしそうなおかずに心を動かされないように、
土日はお弁当作りの練習を少しだけ、してみたいんだ。
はっきり、おかずはもういらないんだと断れるように。
春風はすごいよな。
私よりも熱心に誘われていたって聞いたよ。
春風なら当然だよな。
だけどはっきり、全部断ったんだって。
それはもう、きっぱりと。
クリスマスは予定があるからって。
それは、とても大事な予定だから。
すごいな……
私もそんなことが言えるのかな。
おかずをもらえるのは、正直とても嬉しいんだ。
このごろは、まかないもおいしいよって誘われて心が揺れる。
いや、食べ物に釣られてばかりじゃなくても。
私に春風みたいに、自分の気持ちに目をそらさず
向き合う力があるだろうか。
何よりも、いちばん大事なものがあるからと。
それを誰かに伝えるために
自分の中で認める勇気があるだろうか。
でも、やらなくちゃ。
やるだけやってみてから、考えよう。
できなかったら、またその時だ。
私は、いろいろ悩むのは得意じゃないんだ。
本当に苦手なんだよな。
なんて、そんなことオマエならもう知っているかな。
晩ごはんのメニューを決めるときも、あんまり悩まないから。
メニューで迷ったときは私に相談するといいぞ。
私は、かなり不器用だから
キッチンのことは頼りにしてるよ。

麗の偽日記

『サンタの正体』

今日の日記は、
立夏ちゃんには見せないでほしい。

それから、
立夏ちゃんから下の子たちにも。
小雨ちゃんにも、一応。
念のため。

約束してくれる?
いいわね。

私も、はっきりと確信しているというわけではないの。
だいたいわかっているんだけど
自分の目で確認したのではないし
確認しようと思ってもいない。
とにかく、最初から順番に話していくわね。

小さい頃の私は何も疑っていなかった。
純真だったわ。
家族が私に嘘を言うはずなんてないと思っていた。
いえ、もしかしたらこっそり電車に乗りに行っているんじゃないかと疑ったことはあった。
でもそれは私が小さくて、複雑なことを知らないからだし。
幼かったの。
子供だから、考えればすぐわかるはずのことなのに
なかなか気がつかなかった。
そんなことで人をだましているなんて普通考える?
最初に何かおかしいなと思ったのは、
ずいぶん前、サンタさんにお願いするプレゼントを考えているとき。
あれはいつの頃だったかしら。
もう小学生になっていたか、まだだったか。
お庭にレールが通ったらいいな、
もしかしたら、駅があったらもっといいんじゃないかな?
それならママがお仕事に行ったり帰ってきたりするのも早いよ。
もっと私たちと一緒に遊んでくれるようになるかもしれないな、って。
でもそうしたら、海晴姉様は
麗ちゃんは私がいっぱい遊んであげるからね。
駅はたぶん無理じゃないかなあ、だって。
世界中の子供にプレゼントを用意して、
一晩で子供たちの家をめぐるサンタクロースなのに
できるプレゼントとそうでないプレゼントがあるって、どういうこと?
しかも、海晴姉様がそのへんに詳しいのも妙な話だわ。

立夏ちゃんは、今年のプレゼントはまだ悩んでいる。
この前までの候補もとんでもなかったのに、まだエスカレートするのかしら?
あの調子だと大変なおねだりをしそう。
小さい子たちは、クリスマスに蛍姉様や氷柱姉様と過ごしたい。
元気でお仕事をして、無事に帰って来てください。
クリスマスはきょうだいみんなで揃ってパーティをしたい。
サンタさんに一番のお願い。
なんだって。
ちゃーんと帰ってくるんだから、プレゼントは他のものでいいよって
姉様たちは慌てている。
あなたもね。
なぜなの?
サンタの事情なんて、
うちの家族がどれだけ知っているというんだろう。

なんだかこんな話をしていると、
私もサンタさんを困らせるプレゼントをお願いするみたいね。
違うの、もうわかっているもの。
サンタさんにもらえるものと、もらえないものの境界線。
もちろん、欲しいものはたくさんあるわ。
どう考えても叶わないようなお願いだって、いっぱいあります。
だから何なの?
言ったって仕方がないことだし──
仕方がないとわかっていたって、
どうしても自分の中だけにとどめておけないお願いは
必ずあるとしても。
霙姉様や春風姉様にもあるんだって。
いろいろ、とんでもないお願い。
サンタさんにするのとは別のお願い。
あなたに話を聞いてもらっているって言ってた。
もちろん、あなたにもあるって。
大人になっても難しい願い。
私が子供だからというわけじゃないのかな。
でも、どんなに願っていても叶わないのは、やっぱり苦しい。
大人になっても叶わないことがあるとか、そんな簡単に片付けられないよ。
幼稚園くらいの頃は、クリスマスに何をもらったのか覚えていないの。
やっぱり私のことだから、本物の電車をおねだりしていたのかしら。
小さい頃からたくさん電車を見に行った記憶はあっても、
プレゼントは覚えていないないなんてね。
海晴姉様と手を繋いで行ったわ。
ずっと毎年模型をもらい続けていてもおかしくないはずなのに
クリスマスの特別の贈り物は、私の部屋には四台。
それ以前はいったい?
年に一回のチャンスを無駄にしたとか、そんな話をしているわけじゃないのよ。
今年はなにか特別なお願いがあるとか、そういうのでもなくて。
きっと、あの頃の私も、
サンタさんには叶えてもらえないようなお願いをしていたんだろうな。
それでサンタさんも困って、お菓子あたりをくれたんじゃないかしら?
そういうことが言いたいの。
お菓子は嫌いじゃないけど。
小さい頃の私なら、きっととっても喜んだと思うけど。
今、みんなのお願いにそんなふうに応えるのがいいことなのかなって。
蛍姉様と氷柱姉様を心配していた良い子のみんなに
お菓子のプレゼントです!
で、いいのかしら。

この間、さくらが落としたお守りがあったでしょう。
同じ組の男の子に拾われていたの。
あなたの写真が入っていたお守り。
暴れん坊の男の子だから、さくらにいじわるするつもりで
写真のお兄ちゃんにひげをたくさん描いた。
渡してもらったお守りを
家に帰ってきてから開けたとき、
その写真を見て、みんなずいぶん笑っていたわ。
あなたはときどき
面白いコスプレをすることがあるから。
さくらも思い出したみたいで、笑っていた。
きっとクリスマスのときも、サンタさんの格好をしたがるよ!
お兄ちゃんのことだから!
あなたの趣味はコスプレではないわよね?
格好良かったり面白かったりするのは、その場の雰囲気に合わせているだけで。
さくらはあんまり気にしていないみたいだけど、
私は、男の子のしたことはひどいと思うな。
お守りに入れている写真があったら、きっと大事なものに決まっているのに!
そんな野蛮な子が暴れている幼稚園なんて、行くことないわよ!
なんだか許せない!
さくらも、小学校からは女子校に通ったらいいわ。
それまで心配だな……
合唱の練習が来週あたりから教会で始まるの。
上手な人は幼稚園に行って歌を教える予定があるそうよ。
マリーも観月もさくらも、お兄ちゃんと一緒の幼稚園を楽しみにしている。
そんなに楽しみなもの?
でも、あなたがいればさくらを守ってやれると思うから、そこだけは安心ね。
いくらサンタに頼んでも、
ずっとさくらを守っていることは
してもらえません。
私たちがなんとかしないと。
さくらたちみんなが安心して通えるような、
例えば私たちの家で幼稚園のお勉強ができる施設があったらいいのにね。
家族で経営する幼稚園から小学校から、中学と高校と大学まであるともっと助かる。
サンタのプレゼントでもらえないかな。
クリスマスプレゼントは、意外と融通がきかないものよね。

我が家にもうちょっと小さい子が増えたらわからないけれど、
もう赤ちゃんはやって来ないと思うから。
まあ、小さい子が増えても、家が学校になるなんてことはないか。
これは冗談よ。
私、サンタにはちゃんとした手紙を書いたから。
無理は言っていないから、大丈夫。

サンタさんもきっといろいろ忙しいと思う。
プレゼントを用意するのも大変なんだろうとわかっている。
それなのに、こんなことまで言ったら困らせてしまうかな。
これはプレゼントでお願いしていないこと。
もし幼稚園に行くことがあったら、さくらのことを気をつけて見てあげてほしい。
この話をどこかでサンタさんが聞いていたら、
きっと今年のクリスマスまで忙しいと思うけど、
私が行くのは無理なんだもの。
プレゼントとは違うけれど
どうかお願いを叶えてください。
よろしくお願いします。

立夏の偽日記

『レッスン・ワン』

あめんぼあかいなあいうえお。
うきもにこえびもおよいでる。

チャオ!
どう?
リカの発声は
きれい?

あー、
あー。
こほん。
空気が乾燥しやすい季節。
クリスマス合唱会に向けて
のどを大事にしながら練習していマス。
家族のためだからと、おねーちゃんたちに臨時予算をもらって買ってきた
いっぱいののどあめ。
虫歯も怖いので、シュガーレスばかり選んできたヨ。
ミントの味がさわやか。
よく効きそうな、大人の味。
うーん、ときどきは甘いのも欲しいけど
のどのため。
オニーチャンも、のどは大事にしてください。
リカは今日もかわいいね、
って言ってくれる美声を
風邪なんかでカラカラにしたらダメだよ。
あと、
リカはおしゃれな服が良く似合うよ、
でもいちばんきれいなのはリカだよ、
とか、
リカ結婚しよう!
なんて言ってくれる声。
あとねー、
立夏大丈夫? とか
落ち着いて、とか言ってくれる声。
心配かけてごめんなさい!
でも、もっと言ってネ。
リカのことを気にしてね。

リカだって
将来はアイドルになって
世界をうっとりさせる歌声なのかもしれないし。

今でもすでに
オニーチャンだけに愛を伝えるエンジェルボイスだし。
大事にしなくちゃ。

あと、呼吸。
おなかから声を出して歌うよ!
腹式呼吸は、普通に腹筋があればいいので
別に腹筋運動を重点的にする必要もないって聞いたけど
でも、声を出すのはかなりの運動だから
体を動かすトレーニングをするのはいいことなんだって。
腹筋、腕立て、スクワット。
軽いエクササイズ。
……
ヒカルおねーちゃんが参加しなくて良かったような……
やけにはりきってもいいから、みんなで参加したかったような。
ね、オニーチャンはどう思う?
ヒカルおねーちゃんのこと。
大事な予定があるからアルバイトを断るのって、
春風おねーちゃんは、クリスマスを大好きな人と過ごしたいな、ってことだよネ。
ヒカルおねーちゃんもそうなのかなあ。
リカなんて、わーっと集まってきたお誘いが
ブキヨウなんだけどって言ったら
そうだよねって
あっさり去っていったヨ。
かわいいからせめてもうちょっと手先が器用ならなー、って
これはリカが自分だけで考えているじゃなくて、本当に言われたんだもん。
もしも、もっとお料理のお勉強をしていたら
クリスマス当日には、お仕事でサンタクロースコスを着て
オニーチャンに幸せをお届けできた?
本物のサンタさんにはかなわないけれど
ローストチキンを袋に詰めて
いっぱいおいしいものを用意して。
そんないいことが今のリカにはできないの。
オニーチャンは、リカとクリスマスを過ごせて
本当にうれしいのかなあ?
リカはオニーチャンとクリスマス、
すごくうれしいんだよ。
少し前は女の子いっぱいの家でした。
19人!
にぎやかだったよ。
大騒ぎだった。
いつもそうか。
今でもそうだし。
でもなんだろう?
ぱーっとはしゃいで、楽しかったのは同じなのに。
楽しみ方は今も昔も全然変わっていない、
家族みんなの伝統のクリスマスなのに。
今、オニーチャンが参加してくれると
すごく大切なものになるような。
胸があったかくなる。
みんなでパーティをしていると
こんなに幸せな気持ちでクリスマスを過ごせる家族が
世界のどこにもいるはずないって思ってる。
これが、
好きな人といるクリスマスっていうこと?
今年も一緒に過ごそうね。
大好きなオニーチャンに、少しでもリカといてよかったなって喜んでもらえるように
今年は歌って楽しんでもらうの。
リカ、自分があんまり上手じゃないのは知ってるけど。
でも、練習すればちょっとは聞けるようになるんじゃないかと
淡い期待を持って練習中。
下手だからって何もしないなんて、そんなの寂しいよ。
わーいうれしいよ、気持ちを届けられるんだと思ったら、心も躍るし。
こんなにうれしい気持ちがあること、
リカもオニーチャンに感じてもらえたらな。
と、思っていマス。
やるぞー、
きらきら歌うぞ!
まだまだ知らないことばかりの
クリスマスの楽しみ方を
オニーチャンはたくさん教えてくれている。
今年も、いっぱい教えてね。
あ、それとお願いがあるんだけど
聞いてもらっていい?
リカは歌いだすと
自然に楽しくなって
体が動いて
合唱のとき邪魔だって言われた……
オニーチャン、歌ってる間ずっとリカの体を抑えていてくれないかなあ。
って、そんなわけにはいかないよネ。
これからがんばって歌の練習をすれば、
少しは落ち着いて歌えるようになるかなあ?
練習することがいっぱいだヨ!

霙の偽日記

『参加者』

明治時代ごろから、日本の女子教育は
キリスト教関係者に支えられていた。

各国の思惑が入り乱れる
激しい歴史のうねりに巻き込まれた日本。
急速な近代化を要請される中で
教育機関の発展も海外文化を吸収する形で急ぐことになった。
特に急務とされた軍事力の発展の流れに押されて
遅れがちだった女子教育。
それを進めていこうとした力は
未来を見つめていた先進的な女性たちの活躍と
当時は社会的に弱い立場の女性に、手を貸そうと続けた
キリスト教関係者の献身的な努力だった。
今でもさまざまな評価が為される明治維新という歴史の、
これもひとつの見方ではある。

そして、近所のキリスト教の教会と
もともと女子校だった私たちの学校が共同で開催する
今度の合唱会がそのような教育の歴史の関係かというと
別にそうでもなく。

我が校はたぶん、あまり宗教的な背景があって設立された学校ではない。
教会と縁があるのも、合唱部の子がときどきお世話になっているから。
そんなに大きくない、町の教会。
東京カテドラル聖マリア大聖堂のような、教会音楽に適した立派な環境は
こちらには存在しない。
多くの人が集まるということはないそうだ、
でも地元には、生活の支えとしてこの場所を大事にする人たちがいる。
敬虔な思いを胸に日々を重ね、クリスマスにも感謝の祈りを捧げるのだろう。
そんな場所なのに、宗教的な関心があまりない私たちの活動でお邪魔してもいいものだろうか。
少し迷うところだが、いいらしい。
宗教的な意識でクリスマスを祝う機会とはまた別として
若い人たちがそれぞれの形でクリスマスを楽しむのは良いことだという考え方もあるらしい。
昔から合唱部とハンドベル部が存在する木花なので、
クリスマス合唱会は協力のもとに行われる伝統があるらしい。
基本的に自由参加で、興味がない人が多くても
立派な生徒会活動だ。
私も生徒会に入るまで知らなかったくらい控えめなイベントだが
大事な活動だ。
ちなみにハンドベル部の活動は、大学の生徒たちが中心になって
私たち高等部を指導するという形をとっている。
海晴姉が今年のクリスマスは大学生なんだからと、
少し前に張り切ってハンドベル部に体験入部をして
とても自分には無理だと断ってきた。
昔から続けようとしたことは多くても
日記もヨガもなかなか続かないところがある海晴姉だ。
お天気お姉さんの仕事もあるし、
本番を見に来ることに決めたそうだ。
海晴姉に連れられて、家族みんなも来るんじゃないかな。
家族にかっこいい姿を見せられるように
がんばれよ!
そう。
オマエが。
オマエと、春風と、立夏と、星花と、夕凪が。
私は、雑用で忙しいのだ。
練習に人が集まるし、裏方の仕事も多いからな。
教会の中で練習するわけではなく、近くの公民館を借りる。
キリスト教の活動というよりは、クリスマスを楽しみたい人のために
当日の場所を貸すという形に近い。
木花の部活動で親しい関係になければ、
それから、幼稚園もイベントなどで教会の人と協力することがなければ
とても得られない機会だ。
寛大な姿勢に礼を忘れず、この機会に甘えることにしよう。
地元の人たちも数人集まって、
木花からも興味がある生徒がやって来て
毎年、20人くらいの人が合唱に出るという。
結構な数だ。
練習のあとにお茶とお菓子を用意して、
それから本番も設営の仕事がある。
合唱会が円滑に行くように支えるのも
生徒会の毎年の活動なんだ。
いや本当だぞ。
確かに、今年は私の趣味で、お茶請けに和菓子を選んだが
職権を濫用したのはそれくらいで。
いや、これは特に問題ない判断なのだ。
去年、海晴姉に首根っこをつかまれて手伝わされたときにも
ちゃんとお茶とお菓子の準備と、こまごました雑用は生徒会の活動だった。
使用後の公民館の掃除など、生徒会が中心になって行う仕事は多い。
うちの学校の部活動の生徒たちが、何人も参加するイベントだからな。
関わる全ての人たちに感謝の気持ちを忘れたくない。
自由参加の生徒も募集しているんだが……
なぜか今年は、ヒカルが参加するのかという質問が結構あったな。
もう、募集ポスターに書いておいたほうがいいのだろうか。
ヒカルは出ません。
と。
もちろん、冗談だ。
あまり大きなクリスマスイベントにはならないかもしれない。
でも、私もわずかな力ながら、できるだけのことはしよう。
参加する人たちが気持ちよく過ごせる時間になればと思う。
明日の放課後に最初の練習がはじまる予定だ。
たぶん、顔合わせくらいになるんじゃないかな、初日だから。
今後は、参加者の予定にもよるけれど、毎週土日が練習日になると思う。
合唱会というよりも、クリスマスを楽しもうとする同士の親睦会に近い感覚だ。
気楽に練習に行くといいだろう。
幼稚園に行くのは12月半ばかな。
昨日、そのあたりの大雑把な予定を立夏に伝えておいたが、聞いたか?
まだ練習が始まってはいないから
合唱のアドバイスをしたのも私。
それから、動きが邪魔になりそうだと言ったのも私だ。
少しショック、微妙にブルーという顔だった。
悪いことを言ったかな。
まあ、星花も夕凪も歌いだすと結構動くから
本当はそんなに気にすることでもないと思う。
春風は大人しく歌うのだけど
あまり声を張るのが得意じゃないようだから
なるべくなら、元気な立夏たちが引っ張ってくれたらいいと思っているんだ。
立夏たちは、春風を見て少し礼儀正しくできるのではないかと。
一応、そのあたりでうまくお互いを補えるタイプの子に参加して欲しいと思っていた。
面倒がなさそうな、しかも場合によってはうまく裏方の仕事を任せられるようなメンバーを
選んで誘ったつもりだ。
わりと思い通りにいった気がする。
私の説得がそれなりに上手になったのか?
あの子たちが単純なのか?
ああ──もし、前からもう少し弁が立つのであったら
あんな面倒くさいお見合いなんてしないで済むように
ママを説得できたのかな。
だめかな、比べ物にならないくらい手ごわい相手だから。
最近、春風もお見合いをしないかとママから声をかけられた
もう心に決めた人がいる、
もしもどうしてもお見合いをしなければならないなら
その時は迷わずに、愛する人と手をとって家を出て行くと
はっきり伝えたようだ。
もしも気持ちが届かなくて、一緒に行くことができなくても
自分は決して愛する人を裏切らないと。
ママも感心していた。
私も、心に決めた相手がいるのにそこまでは言えなかったぞ。
言いたくても、蛇ににらまれた蛙のような金縛りだった。
あのママを相手にして、顔を合わせて堂々と。
もしかしたら、我が家で一番度胸があるのは春風かもしれない。
今度の合唱会でも頼りになりそうだ。
オマエを誘ったら自然についてきたが、逸材だったかもしれない。
また、他の子もいつでも飛び入り参加は募集中だ。
私は気楽に見ているだけでいいと決まっているのだし
せっかくだから、もう少し家族からも参加者が増えてもいいんじゃないかという気がしてきた。
別に、宇宙的な混沌を期待するイベントではないと知っているが
人数が多いほうが楽しそうじゃないか。
誰か候補になりそうな子がいたら、声をかけておいてくれ。
実は、私が見込んでいるのは吹雪なんだ。
暖房が効いた室内では、体調に気をつけて見てやる必要はあると思うが
練習を重ねれば、面白い反応をたくさん見せてくれると予想している。
どうだろう。
少し、オマエからも話しておいてくれないか。

綿雪の偽日記

『日曜日』

日曜日には
氷柱お姉ちゃんがおうちにいてくれるの。
いっぱい一緒に遊びました。

ときどき不思議に思うの。
お兄ちゃんは、なぜなのか知っているでしょうか?
どうしてユキは、家族といるのがこんなに好きなのか。

学校に行けるようになったのもうれしくて、
お友達がたくさん出来たのもとってもうれしいのに。

氷柱お姉ちゃんがユキの側にいてくれたり
お兄ちゃんがいてくれたり
チビちゃんたちがユキのお部屋まで遊びに来てくれたりすることが、
学校の大切なお勉強より
とっても、
こんなにもうれしいのでしょうか。

その答えは、
ユキは
知らないの!

もしかしたら、小さい頃から入院しなければならなくて
家に帰れない日が多くて
さみしかったからなのかな、
そう考えることもあるのだけど。
でも、だったら学校で遊んでも
公園でお友達と遊んでも
一人で庭を歩いたって
楽しいはずなのにね。
もちろん、友達といるのも楽しいの。
ずっとこんな時間が続けばいいなと思うほど。
もう、体が疲れて重くなってきて
早く休みたいよって言い出しても
ユキはお願いだからもう少し、と無理をしてしまいたくなるの。
本当は、無理をしてしまうことはありません。
お兄ちゃんや氷柱お姉ちゃんや、家族のみんなが心配してしまうと思うから。
体が丈夫ではないことは、ユキは自分でよくわかっているのに
無理をするなんていけないですものね。
ときどき、体を自由に動かせる時間がもっと長ければいいのになと願ってしまう。
運動ができる人がうらやましくなってしまう。
あの子と体が入れ替わってしまったらいいなんて
自分でも恥ずかしいと感じる、悪い気持ち。
そんなことも、ときどきあるの。
本当は、氷柱お姉ちゃんがいてくれるほうがもっとうれしい。
家族といられるから、ユキはいつもはしゃいでいる。
弱い体だから元気に飛び跳ねたりはなかなかできなくて、
この気持ちを本当にわかってもらえるかどうか、それはわからないけれど
とっても楽しいの。
だから、他の誰とだって体を入れ替えたりしません。
ずっと氷柱お姉ちゃんの妹だよ。
氷柱お姉ちゃんとユキが、お兄ちゃんの妹です。
みんなでお兄ちゃんの家族なの。
うれしいな。
どんなことよりもうれしいよ。
丈夫な体を持ったことはないけれど
きっと、体が丈夫になったとしても
こんなに、ユキが自分でも分からないくらい不思議にうれしくなることなんてないと思うの。
こんなにも。
もっとうれしいことがあるなんて、とても考えられない。
自分でも説明がつかない、この気持ち。
なぜですか?
なんでも知っているお兄ちゃんならわかる?
ユキはおうちで家族のみんなといるのが好き。
氷柱お姉ちゃんが、もっとおうちにいてくれたらいいのにな。
とっても大変なお仕事をしているのに、そんなわがままを言ったらユキは恥ずかしい子です。
だから、お休みの日曜日はいっぱい遊んでもらいます。
蛍お姉ちゃんもいてほしかったよ。
クリスマスには、蛍お姉ちゃんも氷柱お姉ちゃんもお仕事が終わって帰ってくるんでしょう?
そのときにいっぱい一緒にいるために
体調を崩さないように気をつけることが
ユキにできることだと思います。

お仕事をするのは大変なことも多いの。
海晴お姉ちゃんは、毎朝テレビの向こうで笑顔。
ユキたち家族や、テレビの前の人たちに、今日も元気でいられるように挨拶をしてくれます。
麗お姉ちゃんとけんかしてしまった次の日でも
笑顔で、麗ちゃんも元気に学校に行ってきてね。
昨日のケンカのことはくよくよしないでいいから、まずは一日をしっかり過ごしてね、って。
麗お姉ちゃんは、そんなことまでテレビで言わないでよーって困っているけれど
その時はもう、落ち込んだ顔はしていません。
ユキには素敵なお姉ちゃんがたくさんいるんですね。
ときどきつらいことがあっても、海晴お姉ちゃんはあんなに元気をくれるの。
立派なお仕事だけど
とっても大変なんだろうなあって思います。
蛍お姉ちゃんと氷柱お姉ちゃんも、お仕事はきっと楽しいだけじゃないと思うんです。
氷柱お姉ちゃんは、お仕事は何も問題ないんだって。
かっこ良くお店のお姉さんをしているって、楽しいお話をいっぱいしてくれる。
ときどき怒られることもあるけれど大丈夫、と言う時の笑顔だけはちょっとつらそう。
失敗した話なんて、あんまりしたくないですよね。
でもユキはちょっと心配してしまう。
今日の夜、蛍お姉ちゃんに聞いたお話。
氷柱お姉ちゃんは、夕方に蛍お姉ちゃんのパン屋さんに行くから
お仕事の様子を見学させてほしいって言っていたけど
来なかったから、何かあったのかなって。
たぶん今日の夕方、ユキが氷柱お姉ちゃんにもっともっとっておねだりして、
ずっと一緒にいてほしくて、くっついていたのが原因なんです。
ユキ、少しでも長く氷柱お姉ちゃんと遊んでいたかったの。
氷柱お姉ちゃんは楽しそうに笑っていたけれど
ユキは、氷柱お姉ちゃんに迷惑をかけてしまったでしょうか?
いけないユキ。
でも、一緒にいたかったんだもん。
せっかく氷柱お姉ちゃんが一日中おうちにいる日曜日なのに
離れるなんて嫌だったの。

明日は月曜日。
氷柱お姉ちゃんはまたお仕事が始まります。
それなのにユキ、自分のことばっかり考えていて、ごめんなさい。
氷柱お姉ちゃんに元気にお仕事をがんばってほしいのは本当なのに
どうして困らせてしまうんでしょう?
お兄ちゃんは、明日は合唱の練習に行くんですか?
霙お姉ちゃんから聞いたの。
これからしばらくは、お兄ちゃんたちもいない日が増えるんですね。
クリスマス合唱会が終わるまでなんですよね。
お兄ちゃん、ユキが合唱に参加したら
やっぱり、いけませんか?
これからどんどん寒くなっていくのに、そんなに外出をするなんて良くないよね。
ただ学校に毎日通うだけでも難しい、ユキの体なのに。
立夏お姉ちゃんは、お兄ちゃんに楽しい歌声を届けたいから参加するんだって。
ユキはたぶん、他の人ほど立派に歌うことはできません。
楽しく元気な歌声も、きれいで上手な歌声も、届けることはできません。
ただ、家にいるのがちょっと寂しいからついて行きたいだけで
弱い体なのに、寒い季節に学校以外で外に出て行くのは
やっぱり、だめだよね。
わかっています、ユキの体は他の人より少し弱いのだから
無理をしないように自分でも気をつけなければいけないことくらい。
家族もユキの体のことを気をつけてくれるんだもの。
みんなをあんまり困らせたら、ユキも悲しいです。
だから、今日はもう少し。
お兄ちゃん、もう少しだけ
みんなと遊んでいたらいけない?
ちゃんと時間になったら素直にお休みするから
お願い、それまでは。
あの、お兄ちゃんもここで一緒にいてほしいの。
あのね、氷柱お姉ちゃんに教えてもらって
ユキはお店屋さんごっこをしたんだよ。
まだお外にお仕事にいける年じゃないけれど
やさしい挨拶が素敵だね、って褒めてもらえました。
ユキのお店屋さんに来てほしいです。
そんなに上手なお店屋さんじゃないかもしれないけれど
お兄ちゃんに見てほしいよ。
あったかいおうちの中だから、ユキはきっと大丈夫なの。
今日は日曜日なんだもの。
せっかくみんながいるんだから。
もう少し遊んでいたら、きっとお兄ちゃんにも喜んでもらえる。
ユキはもう立派な、ケーキ屋さんのお姉さん。
ごっこ遊びの中では、そうなんです。
お願い、お兄ちゃん。
せっかく今日は氷柱お姉ちゃんからいっぱい教えてもらったから。
ユキのいらっしゃいませや、
チョコレートケーキでございます、
ありがとうございましたのうれしい笑顔を
早く、たくさんお兄ちゃんに見てもらいたいんです。

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