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霙の偽日記

『新年』

あけましておめでとう。
これが今年最初の、私の日記になる。
去年が終わろうとしている頃、
この年もまた滅んで行き
私たちが儚い運命を受け入れ、やがて塵に戻る日が
またわずかに近づいたのだと思い
いつか必ず訪れるこの宇宙の最後を想像すると
それはエントロピーが増大していく結果だと言われるが
であるならば、この私の部屋もエントロピーが増大を続けるはずであり
なぜ終わりを迎えるときに部屋の掃除などをするのだろうと
ゆっくり考える楽しみの果てに
年が明けて、
私たち家族は新しい何かに向かって歩みだしている。
そうか、
大晦日は終わりではなく、始まりの準備に過ぎなかったのだな。
そうとわかっていれば
なんだかんだ言い訳をして、部屋の掃除を引き伸ばして
今こうして乱雑な部屋を前に途方に暮れてなどいなかったであろうに。
冬休みあけに提出する宿題は、今日持っていく必要があるため
どうにか発掘できたが
これから授業が始まるのに
教科書の一冊すら見当たらないというのでは
少し困るかもしれないな。
まあ、
どうにかなるだろう。
すべては塵に帰り
消え去っていく定め。
何もかも、形をとどめてはいられない。
弱い私の力で解決できない悩みは、この身と共に消え去る。
宇宙におけるただひとつの真理だ。
私がやがて
あのきらめく星空の一部に変わり、消えていくこと。
あいにく今夜は、私たちの町では久しぶりの雨で
片付けの途中で休憩を取り
暖かいコーヒーを手に夜空に思いを馳せる豊かな時間は
こんな日に限って得られない。
昼過ぎから降り始めた雨に、
傘を持って行かなかった幼稚園の子たちを気にして
迎えに行きたいと
半日授業が終わって集まった私たち木花に通う面々は
帰り道に幼稚園へ向かうべきか
いったん家へ戻るべきか
たまたま全員が揃ったので
なかなか白熱した話し合いとなったな。
こんなことでもなければ
わからないそれぞれの本音というものもある。
傘の数が幼稚園の子たちの分が足りないとわかったとき、
春風が相合傘を希望するまでは予想の範囲だったが
一応これでも男だから無駄に体が大きくて、傘からはみ出るだろう、
濡れたら風邪をひくから、と
阻止を続けた氷柱の顔が
やけに真剣だった、あの光景。
ふむ。
確かに、全員がオマエと同じ傘で帰ることはできないからな。
かといって、あんまり春風と仲良く寄り添っている場面を見たら
氷柱も心穏やかではいられないのだろう。
まさか、氷柱がそんなに春風に好意を持っていたとは。
春風は優しいものな。
氷柱はまだまだ甘えたい年頃なのだろう。
私でも、春風の包容力には尊敬を覚えるときがある。
オマエも氷柱の気持ちをわかってあげて、
少しは甘えさえてやらないと
あのぷんぷんした性格は、しばらくそのままになってしまうだろう。
それともオマエも春風に甘えたいのならば
相談に乗ってくれると思うし
あるいは、その春風を育んだ姉である私の包容力に期待してもいいだろう。
まあ、今の話はだいたい冗談だ。
どこから冗談が始まったのか
私にもわからない。
軽口とは、そういうものだ。
きっと宇宙のどこかから、目に見えない小さな粒子のようにやってきて
ほとんどは受け止める者もどこにもいないままに
観測さえできず、通り過ぎていくのだろう。
私たちの生きていく日々は、
ときどきはそんな知覚できないいたずらに揺れているのだろうな。
私も、自分にこの種のアンテナがあって
敏感な部分らしいことは、愉快な気もするが
しかし、片付けができる能力が降りて来てくれたらと沈む日もある。
年末だけでもいいのに。
私にとって、この少々うっとおしい雨雲が
春風にはこの上ない歓喜の予感を運び
氷柱がなかなか言葉にできない本心をちらりと覗かせるきっかけであるとしたら
ただ重苦しい灰色の天気というばかりではなく
私に愛する家族がいることによって
その色彩を変化させていきながら
かけがえのないものになるのだろう。
だとしたら、
冬休みが過ぎ、とうとう学校が始まって
明日も寒い中を出かけていく気分さえ
オマエたちがいてくれたら
見たこともないほど彩りを増していくのだろうな。
まあ、いくら寒くて
部屋のどこにも教科書が見当たらないとしても
宇宙は永遠の虚無である姿を変えることなく
私の運命は、お正月気分をおしまいにして学校へ通うようにと告げている。
これからも家族と過ごす新しい年に、少しばかり期待をして
また始まった日常へと、しばらく身を浸すとしよう。
広大な宇宙を、ちっぽけな私たちが遠く彼方まで眺めることで発見があるように
学校生活だってもう少しの間は距離を置いていれば
面白い発見もあるのだろうと考えることもあるが
まあ、距離を置けるものばかりとは限らない。
私が家族といる関係も、遠くから眺めるものではないからな。
離れて見つめなおす機会があるとしても、私はあまり気が進まないだろう。
ヒカルが合宿に行ったとき、一人で自分を見つめなおすことで
新しい発見もしたようだが
私は合宿で遠く離れるということもなさそうだからな。
卓球部の強化合宿などに誘ってもらうこともあるが
特に気が向くわけでもない。
誘ってくる友達は、私が唯一持っている天性の特技なんだから生かすべきだと
失礼なことを言うが
まったく、わかっていないな。
まあその辺は
知っていてほしい相手にだけわかってもらえればいいことだ。
私が伸ばしていきたい得意技は。
私の家族たちが、ただ家族であるというだけで
何よりも愛しく、
かけがえのない大切なものになる、この思い。
決して、口先で人を言いくるめたりする才能ではない。
そうして大掃除の機会を引き伸ばしてきたせいで、今こうして後悔しているのだし。
どうだろうか。
私が姉だからといって、甘えるのが苦手だとは
まさかオマエは考えてはいないだろうな?
次女でありながら、生まれ来る小さな生命たちの
よい導き手であろうと心がけ、
果たして、いつもよい影響を与えられたかどうか不安も残るが
私自身は家族から多くを教えてもらいながら
どうにか、この程度に大きな肉体には成長してきた。
家族と過ごした日々のひとつひとつが素直に染み込んで行くこの体は
おそらく、頼りになるたくましい弟に
支えあう二人の時間を求めることも
そんなに苦手ではなく、教わっているのだろう。
もうすぐ三連休だな。
オマエは、何か予定はあるだろうか?
私と重ねていく日々に
いつも必ず笑顔を保障できるとは断言できない。
だが、愛する妹たちが
可能かどうかを考えず、いつもお前に届けようとしているように
新しい発見を続ける、退屈しない時間贈ろうとすることならば
この私にも、挑戦はできると
教えてもらっているから。
私がオマエを求めているこの思いに
応えてもらうことが、できるだろうか。
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霙の偽日記

『禁断』

あけましておめでとう。

冗談だ。

春風と蛍が買ってきたお正月メニューを
大掃除の合間に提供してもらって
しだいに年越しの準備は整っていく。
オマエが今、何を考えているのかは
なぜか想像がつくから
誤解を解いておくと、
私が頼んでおやつにしてもらったわけではない。
重箱に並んで、見た目も味も雅に正月を飾る料理は多い。
金塊を思わせるということからおせちに顔を見せる栗金団。
だが、この家族に、すでに金塊よりも得がたいものを
私は見つけている。
金の形状もいつか残らず消え去り
ただ、ひとつの元素として広がり散っていくそのはかない姿を見せることとなる
この宇宙の無限の営みを前にしながら、
またたきのような一瞬の輝きだとしても
なぜか私の心をひきつけて
20人のきょうだいたちが、いつもまぶしく輝いていると知っている。
あるいはそれは、海晴姉が言うように、
晴れ渡る暖かい日差しのようなものかもしれない。
または、宇宙の深遠を思わせる漆黒、
手を触れただけで全てが無に染まり、喜びの他は何も残さないように見える
完全を形にしたように美しく、神秘めいて甘く、
深い暗黒の美しさに似た……
まあ、それはいいだろう。
おやつ関係の誤解を解くための話だから、それは言わない。
とにかく、私が甘い食べ物を時には望むとしても
今日の栗金団はリクエストをしたわけではないのだ。
どうやら、自作するおせちの参考に少し買い込んできただけ。
というか、そもそも予定になかったのに
お店に並んでいたらつい盛り上がって買ってきてしまった結果だという。
春風も蛍も、季節を感じるアピールには弱いのだ。
だがそれは、私たちが過ごしている日々で気がつかない場所に
思いが行き届く感覚を持っているともいえる。
二人がいなかったら、私たち家族の季節感は曖昧になっていたのかもしれないな。
振袖に着替えて迎える晴れやかな新年のはずが
こたつで寝転ぶジャージ姿のだらしない群れでは
かるたも羽根突きも雰囲気が出ないまま
あまり楽しくなさそうだ。
おぞうには、季節感というよりジャンクな味付けが似合いそうな風景になってしまう。
それもおいしそうな気がしてくるな。
そういえば、蛍は三が日を過ぎる頃には少し挑戦的な試みを始めるのだが
今年は、旅行先で厨房に立つこともないだろうからよかったな。
いや、蛍の活躍を見る場面が減って、残念と考えるところかな。
活躍とは違うだろうか……
おせちの準備も、
予算オーバーしてグレードが下がったということもないようだ。
そのへんは経済観念がしっかりしてる、我が家の台所担当。
参考のためと、盛り上がる気分で買い込んだ早めのおせちの準備をもとに
年の初めに、今度は家族だけを思って作られる心のこもったオリジナルおせちが
団らんの場に届く日はもうすぐだ。
さすがに、伝統を感じるにふさわしい日なのだから
元旦くらいは野心的な挑戦も控えるだろう。
何気ない私たちの毎日を支える強さと
特別な日を築き上げる感性と、蓄積した経験値。
春風と蛍を見ていると
妹たちが、そのしとやかな女性らしさに憧れる一方で
あんなふうに素敵な年長になれるかどうか
不安を抱いてしまうのも、わかる気がする。
春風も蛍も、普段の優しさと力強さが
彼女たちの素晴らしいすべてというわけではないのだし
私のかわいい妹たちは、一人ひとりが違う魅力を備えて、
日々の生活で、みんなが持ち合わせる良さを自然と伸ばしていけるのだと
わかってもらうことはできるだろうか。
言葉で伝えるのではなく、私がそれぞれ違う妹たちを愛していると信じてもらうこと。
たとえ誰にでも憧れる人間がいるとしたって
何者も、望んだとおりのその人になり変わることは出来ない。
仮に、それができるとしても
きっとするべきではない。
私たちは誰もが違う道を歩く。
走り続ける先達は遠くへ、彼方へと向かい
残したものは種になって芽を吹き、豊饒の土地を築く。
たった一瞬のうちに消え去る人間の、
それでもどうしても続いていく連なり。
尊敬する姉の背中を追いながら
家族の全員が、別々の地を切り開き、
それぞれの美しいものを見つけながら生きていくという私の確信は
どこに根拠があるのか判然としていなくとも、決して間違ってはいないと信じる。
同じ場所で、肩を寄せ合ってお互いを支えあう
まるでひとつのかたまりのような私たち家族が
実はまったく違う力を育て続けて
尊敬する姉たちの誰にも負けないほど、自分たちも家族全員の喜びなのだと
みんなが自分を心から認める日は
もしかしたら言葉で言うほど簡単なものではなくて、
なかなかやって来ないかもしれないが
まあ、そんな未来をふと思い描いてみる楽しみも、年上の特権だと思う。
立派に家族たちに新年の喜びを届けてくれる姉たちも、
そしてそうでない者たちも同じように
愛する家族で、同じになる必要もないし、必要があってもできない。
私は今日も、
多少は気を抜いても人は楽しく、
この幸福な家族の一人としてかけがえのない日々を生きていけるのだと教えるつもりもあって
大掃除を急いで進める努力は、いったん置いておくことにした。
すっきりと片付いた掃除だけが、私たちを新年にいざなうとは限らないのだ。
ここで家族を見つめて、ときどきは声をかけて励まし、
そして疲れて戻ってきた者に差し出すおすすめの甘味で
一息ついてもらって、
こんな年越しもまた一つの形なのだと理解してもらうことができたら
それぞれの個性を生かして、まるで広がっていく宇宙のような熱い空間を作り上げる日も
そう遠くはないのかもしれない、と考えていたが
理解を求めるには、まだ遠く長い道のりのようだ。
おせちのおやつ……
おいしかったのに……
海晴姉は、みんなの見本にならないからと
私の分だけ取り上げてしまった。
しかもなお、
観月の本を探して物置をかき回していたヒカルが
よっぽどまっくろくろすけに好かれたようで、蜘蛛の巣とほこりだらけになった姿で
見つけ出してきたものは
もちつきの臼と杵だ。
我が家には、年末のもちつきの習慣はないと思っていたんだ。
前は男手がない家だったのも理由の一つにあるだろう。
しかし、あるにはあったんだな。
ママに聞いてみたら、そういえばと思い出した様子だった。
どんどん増える家族がいっぱいで、あまり気にせずしまいこんだままというのも
いかにもというか、
自分の中に流れる血を感じるというか、
そんなに細かいことまできっちりとしていない家系ということで
いいのではないだろうか。
だめかな。
納得しない子もいるだろうし。
とにかく、こんなものが出てきてしまったら
自分たちで年始のもちが作れると判明したわけだし
すがすがしい年越しにそんなに興味がない私も
こういうものはやらねばならないと思うのは
なぜだろう?
来年の正月は
オマエが一生懸命ついてくれたもちでいっぱいだ。
なんというときめく新年の始まりであろうか。
もちつきは初めてか?
少なくとも、私たちと協力しながら20人分の量を作った経験はないわけだ。
うん、初めてのことに戸惑う気持ちは私も想像できるが
何も不安に思う必要はない。
珍しくたまには張り切って年越しのイベントをしてみたい私が
時々は、一般的な意味で普通に助け合える立派な姉としての姿をお前に見せる
なかなかない、いい機会になるだろう。
もち米の買出しは完璧だ。
明日は──
我が家では、めくるめく初めての餅つきが、
快感と共に新年を招くだろう。

霙の偽日記

『参加者』

明治時代ごろから、日本の女子教育は
キリスト教関係者に支えられていた。

各国の思惑が入り乱れる
激しい歴史のうねりに巻き込まれた日本。
急速な近代化を要請される中で
教育機関の発展も海外文化を吸収する形で急ぐことになった。
特に急務とされた軍事力の発展の流れに押されて
遅れがちだった女子教育。
それを進めていこうとした力は
未来を見つめていた先進的な女性たちの活躍と
当時は社会的に弱い立場の女性に、手を貸そうと続けた
キリスト教関係者の献身的な努力だった。
今でもさまざまな評価が為される明治維新という歴史の、
これもひとつの見方ではある。

そして、近所のキリスト教の教会と
もともと女子校だった私たちの学校が共同で開催する
今度の合唱会がそのような教育の歴史の関係かというと
別にそうでもなく。

我が校はたぶん、あまり宗教的な背景があって設立された学校ではない。
教会と縁があるのも、合唱部の子がときどきお世話になっているから。
そんなに大きくない、町の教会。
東京カテドラル聖マリア大聖堂のような、教会音楽に適した立派な環境は
こちらには存在しない。
多くの人が集まるということはないそうだ、
でも地元には、生活の支えとしてこの場所を大事にする人たちがいる。
敬虔な思いを胸に日々を重ね、クリスマスにも感謝の祈りを捧げるのだろう。
そんな場所なのに、宗教的な関心があまりない私たちの活動でお邪魔してもいいものだろうか。
少し迷うところだが、いいらしい。
宗教的な意識でクリスマスを祝う機会とはまた別として
若い人たちがそれぞれの形でクリスマスを楽しむのは良いことだという考え方もあるらしい。
昔から合唱部とハンドベル部が存在する木花なので、
クリスマス合唱会は協力のもとに行われる伝統があるらしい。
基本的に自由参加で、興味がない人が多くても
立派な生徒会活動だ。
私も生徒会に入るまで知らなかったくらい控えめなイベントだが
大事な活動だ。
ちなみにハンドベル部の活動は、大学の生徒たちが中心になって
私たち高等部を指導するという形をとっている。
海晴姉が今年のクリスマスは大学生なんだからと、
少し前に張り切ってハンドベル部に体験入部をして
とても自分には無理だと断ってきた。
昔から続けようとしたことは多くても
日記もヨガもなかなか続かないところがある海晴姉だ。
お天気お姉さんの仕事もあるし、
本番を見に来ることに決めたそうだ。
海晴姉に連れられて、家族みんなも来るんじゃないかな。
家族にかっこいい姿を見せられるように
がんばれよ!
そう。
オマエが。
オマエと、春風と、立夏と、星花と、夕凪が。
私は、雑用で忙しいのだ。
練習に人が集まるし、裏方の仕事も多いからな。
教会の中で練習するわけではなく、近くの公民館を借りる。
キリスト教の活動というよりは、クリスマスを楽しみたい人のために
当日の場所を貸すという形に近い。
木花の部活動で親しい関係になければ、
それから、幼稚園もイベントなどで教会の人と協力することがなければ
とても得られない機会だ。
寛大な姿勢に礼を忘れず、この機会に甘えることにしよう。
地元の人たちも数人集まって、
木花からも興味がある生徒がやって来て
毎年、20人くらいの人が合唱に出るという。
結構な数だ。
練習のあとにお茶とお菓子を用意して、
それから本番も設営の仕事がある。
合唱会が円滑に行くように支えるのも
生徒会の毎年の活動なんだ。
いや本当だぞ。
確かに、今年は私の趣味で、お茶請けに和菓子を選んだが
職権を濫用したのはそれくらいで。
いや、これは特に問題ない判断なのだ。
去年、海晴姉に首根っこをつかまれて手伝わされたときにも
ちゃんとお茶とお菓子の準備と、こまごました雑用は生徒会の活動だった。
使用後の公民館の掃除など、生徒会が中心になって行う仕事は多い。
うちの学校の部活動の生徒たちが、何人も参加するイベントだからな。
関わる全ての人たちに感謝の気持ちを忘れたくない。
自由参加の生徒も募集しているんだが……
なぜか今年は、ヒカルが参加するのかという質問が結構あったな。
もう、募集ポスターに書いておいたほうがいいのだろうか。
ヒカルは出ません。
と。
もちろん、冗談だ。
あまり大きなクリスマスイベントにはならないかもしれない。
でも、私もわずかな力ながら、できるだけのことはしよう。
参加する人たちが気持ちよく過ごせる時間になればと思う。
明日の放課後に最初の練習がはじまる予定だ。
たぶん、顔合わせくらいになるんじゃないかな、初日だから。
今後は、参加者の予定にもよるけれど、毎週土日が練習日になると思う。
合唱会というよりも、クリスマスを楽しもうとする同士の親睦会に近い感覚だ。
気楽に練習に行くといいだろう。
幼稚園に行くのは12月半ばかな。
昨日、そのあたりの大雑把な予定を立夏に伝えておいたが、聞いたか?
まだ練習が始まってはいないから
合唱のアドバイスをしたのも私。
それから、動きが邪魔になりそうだと言ったのも私だ。
少しショック、微妙にブルーという顔だった。
悪いことを言ったかな。
まあ、星花も夕凪も歌いだすと結構動くから
本当はそんなに気にすることでもないと思う。
春風は大人しく歌うのだけど
あまり声を張るのが得意じゃないようだから
なるべくなら、元気な立夏たちが引っ張ってくれたらいいと思っているんだ。
立夏たちは、春風を見て少し礼儀正しくできるのではないかと。
一応、そのあたりでうまくお互いを補えるタイプの子に参加して欲しいと思っていた。
面倒がなさそうな、しかも場合によってはうまく裏方の仕事を任せられるようなメンバーを
選んで誘ったつもりだ。
わりと思い通りにいった気がする。
私の説得がそれなりに上手になったのか?
あの子たちが単純なのか?
ああ──もし、前からもう少し弁が立つのであったら
あんな面倒くさいお見合いなんてしないで済むように
ママを説得できたのかな。
だめかな、比べ物にならないくらい手ごわい相手だから。
最近、春風もお見合いをしないかとママから声をかけられた
もう心に決めた人がいる、
もしもどうしてもお見合いをしなければならないなら
その時は迷わずに、愛する人と手をとって家を出て行くと
はっきり伝えたようだ。
もしも気持ちが届かなくて、一緒に行くことができなくても
自分は決して愛する人を裏切らないと。
ママも感心していた。
私も、心に決めた相手がいるのにそこまでは言えなかったぞ。
言いたくても、蛇ににらまれた蛙のような金縛りだった。
あのママを相手にして、顔を合わせて堂々と。
もしかしたら、我が家で一番度胸があるのは春風かもしれない。
今度の合唱会でも頼りになりそうだ。
オマエを誘ったら自然についてきたが、逸材だったかもしれない。
また、他の子もいつでも飛び入り参加は募集中だ。
私は気楽に見ているだけでいいと決まっているのだし
せっかくだから、もう少し家族からも参加者が増えてもいいんじゃないかという気がしてきた。
別に、宇宙的な混沌を期待するイベントではないと知っているが
人数が多いほうが楽しそうじゃないか。
誰か候補になりそうな子がいたら、声をかけておいてくれ。
実は、私が見込んでいるのは吹雪なんだ。
暖房が効いた室内では、体調に気をつけて見てやる必要はあると思うが
練習を重ねれば、面白い反応をたくさん見せてくれると予想している。
どうだろう。
少し、オマエからも話しておいてくれないか。

霙の偽日記

『げんきな』

家族が寝静まったあとで
少しだけ夜更かしをして
海晴姉と静かに会話を交わす
短い時間。

立ち上る湯気をふたりで挟む距離。
会話の内容はなんとなく
近況報告にとどまることが多い。
自分自身の状況よりも、家族の過ごしていた今日を話題の中心にして
結論を出すこともせずに会話を続けていると──
それぞれが伝え合う問題に、同じ解答を用意しているように思えるときもある。

秋の夜長もそろそろ、寒さが本格的に増してきて
そんな時間も切り上げ時が日に日に早くなる。
年長の二人だけ、秘密のような会話であっても
大事な話し合いはしない。
ただわずかな時間、場所を分け合っているだけにも思える。
この静かな暗がりを。
宇宙の小さな一隅を、家族という理由で共通のものにしている。
向かい合う私たち。

話は誰に隠しているわけでもなく、遠慮しているわけでもない。
小声になるのは普段の我が家が嘘のような夜を過ごしていることだけが理由。
伝え合う内容も、声を出すこともなくほほえみがこぼれるような。
あるいは、苦笑してしまうような。
このごろの短い会話で、よく話題になるのが
なぜ小さい子たちは寒くなっても、あんなに元気に庭に出て行くのかという疑問だ。
考えれば考えるほど答えが出ない、不思議な話だ。
自分たちも幼い頃は、あんなにはしゃいで飛び回っていたのだろうか。
そんな欲求を持っていたのか、まるで記憶にない。
宇宙の大きさも、形あるものの空虚もいまだ知らず
思いのままに振舞うことだけに夢中だったわずかな時間の中。
家族と自分を区別する必要などなく
喜びを与えてくれる家族が、その頃は自分の肉体の一部であった。
幸福であることは何も意識しないままに。
記憶はあまりないが、私も子供の頃は別に難しいことは考えていなかったはずだ。
あの子たちのように無邪気だったのだろう。
子供の頃、私もまた──
秋の深まりを感じるこの気温でさえ
臆すことなく薄着で庭へ駆け出して行ったのだろうか。
すぐに体が暖まるはずだと、何の疑問も抱かぬ無邪気な目をして。
どうも自分でもそんな姿が思い浮かばないのだが。

昨日までの晴天とはうって変わり、
近づいてくる冬の気配をより強く感じる曇り空。
それなのに、女の子だから大丈夫だろうと根拠のない自信を抱いて
ミニスカートのまま庭に飛び出して追いかけっこをしている立夏を見たら
それは海晴姉も、毛糸のパンツを提案したものか私に相談してくることだろう。
寒さに懲りるような様子もなく、
まだ動き足りないようで
おやつのお手伝いをしている間も、台所でむしろ邪魔になるのではないかというくらい
はしゃいでいる。
冬篭りの準備をはじめた自分の体型に動揺しているようだが
あれだけ活動していれば、肉体が更なる栄養を要求するのは自然だろう。
心配なのは、寒さで体調を悪くしてしまうこと。
たくさん食べて体を動かすことには何も不安を持つことはない。
それを見て、私たちが迷うのは立夏の責任ではない。
あんなに活動的な妹が身近になると、深い思索を楽しもうとする私などは
ただ単にさぼっているだけに見えてお手伝いを増やされないだろうか。
海晴姉は、自分もそんなに変わらない年齢だからもう少し勇気を出してもいいのではないか、
まだ短いスカートを楽しんでいい年齢なのでは、と
いいのかどうなのかなんとも言いづらい影響を受け始めている。
立夏の真似は誰にもできないと思うが
かわいい姿をたくさん見て欲しいと願い、行動するあのひたむきさを
まぶしく見つめてしまう気持ちはわかる。
その行動力に憧れるかどうかは、海晴姉と私では意見が異なるようだが。
あんなに好きな人にかわいく思ってもらいたがって
お前を元気にしたいと、それなりに考えている。
もし心を動かされるのならば、
たまには遠慮も悩みも何もなしで、立夏を褒めてやるといい。
かわいいとか、
明るい服が似合うとか、
色気はあまり、本人が意識しているほどには発揮されていないようで
生足やパンツが悩殺の威力を持ち合わせているか、私には判断できないが。
努力している部分をちゃんと見ていてくれたら
やっぱり嬉しいんじゃないかと思う。
海晴姉も、もし思い切った決断をして青春の日々を求めようとしたならば
そこに意識しているのは立夏だけじゃなくて、お前の存在が大きいようだから
素直に、思ったままを伝えたらいいのではないか。
私のことも、どうだろう。
私が求め続ける沈思も、時には評価に値するはずだ。
そう、たとえば──
宇宙の広大さとか、
暗黒の美しさとか。
うーん……
やっぱり、あまりにも理解がある弟も少し困るな。
お前もまだ子供の年齢なのだから、立夏とはしゃいでいてほしいのかもしれない。
難しい話は、姉たちに任せておけばいい。
目的もなく家族への愛を語り合う、みんなより年上の私たち。
静かな暗闇に溶けていくような穏やかな時間が
迷いも、喜びも多い姉であり続けるために、何かの意味を持っているのだろう。
こんな大人の仲間に入りたいのならば、
子供の時代に、子供らしく
無邪気な経験をたくさん積み重ねてからだな。
私もたぶん、そうしていたのだ。

霙の偽日記

『超人』

カニのつもりで作った装飾が
さそりの仮装に流用できただけであって
これはバルタン星人ではない。
みんな、ハサミに気を取られすぎなんだ。
全身は甲羅だし
針の尻尾も付けてもらったんだぞ。
やわらかい素材だから、刺せないが。

そもそも、バルタン星人はカニでもさそりでもない。
宇宙忍者だったはずだ。
その姿が、セミ人間の着ぐるみを流用したものであるとは
言われなければわからないことだ。

だが私は──
ハロウィン当日もサービス精神を発揮して
あっバルタン星人だ、と声をかけられたら
フォッフォッフォと笑い声を出してしまうだろうか。
バルタン星人が特別に好きだというほどでもない。
だが、忍者という存在には、憧れもある。
宇宙を支配する闇を唯一の友として過ごす。
無となって消え行くことを当然として、迷いなく受け入れる。
それは、滅びの定めを受け入れようとする私でも
とうてい到達しえない、遠い場所。
アイドルに憧れるよりも、
ケーキ食べ放題に憧れるよりも、
青空が以前見た夢を思い出して教えてくれたように、台風の風に飛ばされて
お兄ちゃんだらけの国に飛んでいくよりも。
私にとっては果てしない彼方としか見えない
ひとつの哲学を突き詰めた終局。
闇に生きる者、忍者か。
なりたいというわけではないし、なりたくてもなれないとは思うが
ただひととき、その姿を我が身に重ねてみるのも悪くはない。
いやバルタン星人ではないが。
宇宙忍者ではなく、潜んで住むさそりだ。
ときどき笑い声を似せてしまうが、それは茶目っ気だ。
本来の目的ではないんだ。
おばけの仮装をして怖がらせてお菓子をもらう、という
ハロウィンの趣旨とも違ってくる。
だから、これはさそりだと言い張ることにしよう。
言い張るも何も、本当にさそりなんだ。
どうしてバルタン星人とばかり言われるのだろう。
どこか直したらいいのか?
そもそもさそりは馴染みがないから、間違われやすいのか?
カニのままなら良かったかな?
困ったな。
真璃は、さそりの隠れ潜む姿を参考に
地味な色合いだがよく見るとトゲがあるというコンセプトを狙い
闇に住む悪魔の女王の衣装に決めたようだ。
真璃の注文は妥協をしないので
蛍は大忙しだ。
絵に描いて説明してもらっても、園児の絵では伝わらないからな。
だが──
厳しい注文を出されるほど
蛍の目がキラキラ、肌がつやつやしてきて
何かを体内に充填しているかのように見えるのはなぜだろう。
おいしいものが多い季節だから、衣装は関係なく元気になっているだけなのか?
そう、
おいしいもの。
晴れの日の休日、
よく遊んだあとは
焼き芋のにおいに
チョコレートもおいしそう。
あんまんもおいしい季節。
日が沈んで、急に寒くなるとおでんも恋しい。
若い娘たちは、胃袋の要求を満たすことにかけては節操がないな。
お菓子はハロウィンまで待たないと。
結局、それぞれの少ないおこづかいを出し合って
たこやきをひとつづつ分け合うのが今日の楽しみとなった。
帰ってきて、人生ゲームをしていると
止まったマスの指示に従って踊るゲームだと勘違いした子供たちが
結婚して踊る。
子供が生まれて踊る。
アイドルになったので踊る。
画家になってもモデルのつもりで踊る。
水着コンテストがはじまったから、アピールに踊る。
すいか割りのすいかがじょうずに割れて踊る。
きのこがとれたので、
見つけたときに嬉しくて踊るというマイタケかどうかはわからないが踊る。
ルーレットの出目が思ったようにいかなくて
きのこごはんの調理に失敗することになって、悲しみのあまりに踊る。
ゲームの指示では焦げすぎておなかをこわして入院したというのに、特に気にせず元気だ。
ユキもあまり得意ではない運動なのに
いっしょうけんめい、はやりの踊りに見せたくて腕を上下させていたから
まあいいのかもしれない。
しかし、小雨や吹雪がやりづらいようだったので
あまりゲームのルールから逸脱するのは考え物だな。
今度はルールで踊るようになっているゲームを用意したいものだ。
今日の晩ごはんがきのこごはんだったので
ゲームに参加したメンバーは意味もなく身構えてしまったが
焦げていなかったので大丈夫だ。
おいしいものがゲームから飛び出してきたとか
むしろゲームよりおいしいごはんになったと言われても
春風や蛍には何のことかさっぱり分からなかっただろう。
そういえば盤上では、オマエがプレイヤーを嫁にしすぎて子供が増えるすさまじい勢いに
青空が夢の中で見つけた幻の長男王国が本当に誕生していたが
これもいつかはゲームの中から飛び出してきてもおかしくないということか。
あるいは、もっと強烈な形で実現するのかもしれない。
竹やぶから100億円を拾ったり
あさひが世界的な人気の踊るアイドル赤ちゃんになったり
夕凪が勝手にゴールに書き加えたように、一位の人が世界一の幸せ者になったり。
おまけに二位の人が二番目の幸せ者になって、
ビリがなってしまう六番目の幸せ者までを我が家が独占したり。
びっくりするようなことがあるのかもしれない。
夕凪が意外と堅実な職業に就いて活躍したりな。
この愛しい家族の人生に、これから何があるのか想像もできない。
ビリになった私が世界一の幸せ者を主張したら
一位で喜んでいた、星花と夕凪のペアに悪いだろうか?
だからそんな感情は、お前だけに聞いてもらうことにしよう。

霙の偽日記

『雨の一日』

私だ。

そうだ。
霙だ。

なぜ今日の日記を書く人間が
氷柱ではないのか?
そんな疑問はこの宇宙の塵よりも小さなことだ。

氷柱にも言ったんだ。
恥ずかしさ罪の意識もやがてエントロピーの増大に従って
形をとることをやめてしまう。
何もかもが消え去るものに過ぎない。
悔いも悩みもただ儚い。
自分がかつては解決不能としか思えない問題を抱えていたことも
永遠に近い宇宙の営みの中、いつか忘れていく。
考え込む癖をやめることはできないのだろう。
たかが消え行く人間の、ちっぽけな思いであるというのに。
もしそんな小さなものを少しでも大事に考えているのなら
おびえて立ち止まるよりも、
何がしたいのかを一番に考えればいいのだ。

だが、迷っているものにとっては、真剣なんだな。
もうしばらく時間が欲しいと思うときもある。
それがはたして解決に至る道なのか知らぬままの先送りだ。
一人で考えていても、堂々巡りをするばかりなのにな。
かえって悪く思い込んで深みに沈む場合もある。
そんなときに、聞いてもらえる誰かがいるということは幸せなはずなのに。
いや、それが幸せであると知っているからこそ。
自分が持っていないということを思い知らされるのが怖くて
進めなくなる。
もしだめだったらその時は、その時になってから考えればいいと思うが。
その答えにたどり着くまでに時間がかかる者も時々いるんだろう。
特に、その気になれば何もかも計算どおりに行くと思っている
氷柱のような頭のいい子などは。
だから少し時間をあげてもいいと思った。
もぐもぐ。
違うんだ。
確かにオマエの想像している通りに、
このどら焼きは氷柱からもらったものだ。
これが賄賂である可能性は、決してないとは言えない。
しかし私だって、欲望に弱いだけのだらしない姉ではないんだ。
誠実な贈り物に多少は感じ入るものがあったとしても
それが間違っていると思ったら、受け取らずにいた。
私が何よりも大事に考えているのは、いつだって私の家族たちだ。
どら焼きではないんだ。
時には、どら焼きを何よりも大切にしているように見えてしまうこともあるだろう。
平穏な日々に、家族とどら焼きを比較する場面などあまりないんだ。
どっちが上なのか、他人からは一目で見分けるのが難しいとしても仕方ない。
しかし氷柱がこうして心を込めて、考える時間が欲しいと言うなら
今日だけは大きな心で見守ってやろう。
買収されたのではない。
いまはひととき譲歩してやったのだ。
もしもこれで氷柱が変に調子に乗るようなら
私はそんなつもりで許したのではないと、はっきり言ってやるつもりだ。
心配するな。
私の毅然とした態度の心配じゃなくて、氷柱の心配がいらないという意味だぞ。
時には突っ張っているが、あれで何が正しいかきちんと知っている子だ。
決して、良くない写真を勝手に発表することなどしない。
少々魔がさしたとしても、そんな度胸がないだろう。
氷柱に悪いことなどできないよ。
たまに身の丈に合わない重荷を背負い込もうとして
家族に心配をかけるくらいがせいぜいだ。
そんなふうでいてほしい。
いつまでものびのびしてくれればいい。
やけにわかったような顔の氷柱なんて面白くない。
それに、氷柱はそんな大人になれないと思う。
あの子の無茶に付き合うのも、年長のきょうだいの仕事だ。
私はそれができる家族に生まれたことを嬉しく思う。
楽しんでいるだけではなく。
それから、おいしがっているだけでもないからな。
おいしいと言えば、この前おみやげを持ってきた大橋さんは気の利いた子だった。
大人しく見えて、舞台に立つ姿には度胸が感じられた。
それで次はいつ来るのかな。
現在、家では試作品が多すぎる事態ではないから、
おみやげの種類には気を遣わないで一緒に食べたいものを是非。
今度は、エクレアはその名の通りの意味で稲妻のようにすばやくいただけるぞ。
でも速度を言い出すと、
志村けんがむしゃぶりつくスイカも稲妻の名を冠して良いのではないだろうか?
エクレアの名が奪われぬよう、そのクリームもしっとりとろけて
すばやく食べさせてほしいものだ。
もちろん、あんこの黒が美しい季節の和菓子などを選ぶ心遣いを見せるのも
気が利いた娘さんと言えよう。
大橋さんはどうかな?
いつでも気軽に来てくれたら嬉しいな。

氷柱の様子だけで話が終わっても物足りないだろう。
ただでさえ今日は肌寒い雨の一日だった。
こんな時は賑やかだった学園祭ムードに浸っていたいところだが
もう慣れたから、片付けも鮮やかに終了し、
私の一日はこれと言って陽気なエピソードもなかったな。
大変そうだったのは今年入学してきた一年生たちで
準備の段階からそうであったように
撤収作業もやはり右も左もわからない様子だった。
小道具をうまく収納できなくて段ボール箱の数が増え、
かさばる荷物にさらに雨でつるつるする足場が追い討ちをかける。
体育倉庫に荷物を運ぶ途中にある渡り廊下から
いくつも悲鳴が響き渡っていたのを聞いただろう。
今日一日で、地獄の渡り廊下として恐れられ語り継がれる名所となった。
いったい何人が、打ち身で保健室の世話になったのか。
立夏もアメリカンな悲鳴を豪快に轟かせ、
いい年をしてパンツをびっしょりにして帰ってきた。
打ち身や捻挫の対応にはヒカルが詳しくて、
甲斐甲斐しく世話をしてやっていた。
風呂にも一緒に入って、優しく洗ってやったりしていたようだ。
だから立夏はそろそろ調子に乗り始める頃かもしれない。
学園祭では初めて尽くしの中でがんばっていたことだし
こんな時くらい甘やかしてやりたいというのであれば
私もうるさく言わないでいてやろう。

霙の偽日記

『辻斬り』

学園祭の準備のために
体育館に行ったら
オマエとヒカルが
今日も練習をしていた。

休日も大変だな。
ご苦労様。

充分に練習して
思い残すことのない舞台発表にして欲しい、
とは思うのだが。

これから数日は
台風の影響で天候が不安定になりそうだ。
体育祭の練習が校庭で行えない場合、
体育館に移動することになる。
おそらくスケジュールの調整が必要になるだろうな。
演劇の練習は、場所を制限される可能性がある。
もしかしたら舞台の使用が中止になる場合もあるかもしれない。
舞台を自由に使える時間は、もうあまりないものと思って
早めに準備しておいてくれ。
演技の稽古だけならば
教室などでもできるが
狭いところで竹刀を振り回すなど
危ない真似をしないように。
よく怪談にもあるだろう。
学校で危険なことをして
幽霊になる話が。
怪我にはくれぐれも気をつけることだ。
幽霊の話は
泊り込みで支度をする生徒に教えるものだから
オマエたちには関係ないか。
うちなら晩御飯には全員が揃うから
学校に残る人間がいたら、ちゃんと確認できるからな。
いや、晩御飯の後で学校に出かけて
その場に残っていた人間と合流する手もあるな。
だめだぞ。
幽霊が出るぞ。
学園祭の準備中に怪我をして
幽霊になって、今も学園祭に出たくて
さまよっている幽霊だ。
その仲間に引き込まれたくなかったら
泊り込みや
危ない練習はしないこと。
どんな怪我をした幽霊かって?
そうだな、確かこんな話だ。
女装ミスコンテストに出場するために
夜を徹して女装の練習をしようと
慣れないドレスで暗い校舎を歩いたばかりに
つまづいて階段から落ちたそうだ。
私が提案した女装ミスコンテストが却下になったのも
そのためだ。
オマエを着せ替えして遊びたかったのに
出演者が他にあまりいなかったんだ。
いやいや、幽霊のせいだ。
そのような事情で私たちのクラスの出し物は、コスプレ写真館に決定した。
春風と蛍のクラスの衣装も借りる約束ができている。
これでオマエも
大正ロマンや
猫耳メイドが
思いのままに、着たい放題だ。
ぜひ来るように。
姉のお願いを聞いてくれなかったら
今後、いったい何をされるかわからないぞ。
演劇の衣装も撮影したいだろうから
そちらは、劇の後で写真部が撮りに行く。
文化祭の記録として生徒会でも活用したいから
ぜひ協力して欲しい。
こちらは、生徒会長としてのお願いだから
生徒が嫌だと言ったら、無理にとは言わない。
まあ、記念だと思って気軽に撮影に応じてくれたら助かる。

しかし、舞台での練習時間を奪ってしまいそうなのに
こんなことを言うのも勝手な話だが
ヒカルの演技は本当にあれで大丈夫なのかな。
今日も見ていたら
竹刀を持ったら、向き合う相手のことしか見えなくなる
ヒカルらしい真剣な様子だった。
真剣すぎて
演技を忘れて
本気の勝負になっていたな。
小道具に用意された演劇用の竹刀は生徒会でも一応確認しているし
練習でも舞台でも防具はつけることになっているはずだから
怪我はしないと思っていたが
ヒカルが本気だと話が違ってくる。
面を狙うか
小手か、胴か。
隙を狙う鷹の目だ。
踏み込んで、鍔元で切りつけるようにしないと
剣は意外と届かないものだと、ヒカルは考えているそうだ。
背景の五条大橋もあいまって
見た目はほとんど辻斬りだな。
弁慶がそれなりに耐えてくれないと
劇にならない気がする。
しっかり鍛えるように。
ただ、あんまり無理をしすぎても怪我の原因になるから
休憩も練習の一部だと思って、ほどほどにな。
なんだか心配だから
練習時間については、生徒会長特権を使って
ちょっとは融通を利かせてやりたいが
でも、そんな特権ありませんと生徒会の仲間に却下されることが多いから
どうかな。
まあ、何かあったら相談してほしい。

今日、ステージを見に行ったのは
私も出演する予定があるから。
学園祭の舞台発表で軽音楽を演奏する時間帯もあり、
はじめに、デモンストレーションとして
生徒会が舞台に立って、
2曲ほど演奏する。
私の担当はジーン・シモンズだ。
学生の活動であっては、火が吹けないのは残念なところだな。
というか火を吹いていい場所は日本にはあまりない気がするな。
しかし、深い暗黒を愛する私が
このような白塗りをすることになるとは皮肉なことだ。
運命は、私に何をさせようとしているのだろう。
ああ、ジーン・シモンズか。
運命は何の目的があって、私にジーン・シモンズをさせようというのか。
恐るべきは、私でも止めようのない大きな力である
女子高生のノリというやつだ。
というわけで、出演する演目は異なっても
私も舞台に立つ仲間。
やがて消え去る定めであっても
せめてこの学園祭の間だけは
若々しい青春の時間を過ごそうではないか。
それから、演奏する曲はまだ決定していないから
リクエストに応えられるぞ。
近いうちに、私の部屋にオマエを招こう。
共に地獄の闇を体験しながら
選曲を相談したいものだな。

霙の偽日記

『宿命』

暑さが戻ってきた。

ひとときのまどろみを楽しんでいた
ペンギンのかき氷機も
使命を思い出したように
目をかっと見開く──
もともと開いているが。
その勇姿を表現して、
星花は時に
逆立つ虎髯を見るという。
意味がよくわからないが
とにかく。

暑さにあえぐ、ぐったりした家族に
ほんのりと涼をもたらすため
耳にも快い活動音を奏でている。

ペンペン──
シャリシャリ──

鳴き声を出しているのは
ペンギンのハンドルを操作する立夏だ。
本当にペンペン鳴くのかは知らない。
というか、たぶんそんな鳴き方はしない。
しかし、わかっているはずの吹雪でさえ
ハンドルを譲られると
つられてしまって
そうせずにはいられないのか
ペンペン鳴き始める
心の躍る時間。

魅惑の甘さと
透き通った氷を飾る夜の暗黒が
目を楽しませる
ミルク金時を
堪能して──

みんなに
あんまり食べ過ぎないようにと
釘を刺しておくのを忘れてはいけない。
強烈に暑い日が続いた夏の盛りと違って、
夕焼け空を迎える頃には
静かな風が肌を冷ましていく。
これまでの猛暑と同じような感覚でいたら
体を壊すかもしれないぞ。
夏はまだ続いているが
過酷だった気温は
背中を見せて行き過ぎようとしている。
呼びかけても戻らない
旅の孤独を体現したよう。
終わることなく続くと思えた
氷と甘いあんこの日々。
懐かしさに振り返る時間もやがて
オーブンの熱を総身にまとった
暖かなあんこの香りと代わり
明かりがともる食卓に私たちを迎え入れてくれる。
塵のごとき小さな人間の孤独や
やがて消え去る宿命を
その時だけは遠く感じるに違いない。
癒しの甘い芸術が
舌の上と、この胸の中に広がる
そんな日が
近いうちに訪れることを感じさせる
夏の終わりの風が吹く、暗闇に埋もれた静かな夜。

ところで、近ごろ思ったのだが。
私はうちの小さい子たちに
どんな生き物だと思われているのだろう。
やれ
あんこを奪う海賊だ、
やれ
あんこが降って喜ぶぞ、
いやいや。
奪わないし
降らないから。
私は何者だ。
あんこおばけか。
そんな珍奇な妖怪ではない。
せいぜい、あんこ人がいいところだ。
自分で言っておいてそれもどうかと思うが。
弟や妹たちとおやつを食べる時間を
楽しみにしているというだけで
あんこ狩りだけではなく、他の大事なこともしているぞ。
じゃなくて、あんこ狩りはしていないぞ。
言ってみれば、あんこおねだり程度だぞ。
いや、それだってあんまりしていないぞ。
していないかな。
しているかな。
ともかく、忙しくしているほうだ。
夏休みの間は余裕もあったが
そろそろ学校が始まる時期で
生徒会活動に通うことも増えてきた。
夏休みが明けたら、まもなく始まる学園祭の準備。
今のうちから、こまごまとした書類の処理は始まる。
オマエのクラスでは何か企画している出し物があるだろうか。
こういうとき、オマエもヒカルもあまり先頭に立って行動するほうじゃないが
早いうちに決めておいたほうがいい。
他のクラスとの競合もある。
生徒会としても
彩り豊かで盛りだくさんな学園祭にしたいのだ。
春風のクラスは甘味処を申請して
準備を進めている。
歴史が大きく動いていた頃、
人々の活動もまた活発で
多くの影響を後に残すことになった。
大正のロマン、昭和のモダン。
歴史や文化に触れ、得るものも多いだろう。
という建前で
かわいい衣装とレトロな雰囲気を楽しみながら
準備をしているようだ。
蛍のクラスが計画しているのは、ラブライブ喫茶。
ことりちゃんが苦心して製作した衣装を
努力と情熱で再現し、
みんなが歌い、踊れるステージを
提供したくて仕方がない。
あなたも、μ'sに元気をもらって
一緒に夢を追いかけてみませんか。
もちろん生徒会としては許可は出せないので
もう少し穏当な
コスプレ喫茶の方向で模索しているようだ。
高校の学園祭で同じステージ衣装を使うのは問題だし
参考にするくらいで、アリス喫茶に変更する予定があるとか。
大丈夫なのかな。
とんだマッドティーパーティーになってしまわないか。
生徒の代表として、気にかけていることは多いのだ。
もしも、私のアドバイスで和風喫茶がもうひとつ増えたとしても
それは趣味を押し通したわけではなく
生徒たちが心から学園祭を楽しめるようにと
熟慮の上でのことだと思ってもらいたい。
あんこおばけではないのだから。

霙の偽日記

『繁栄』

寄せては返す潮騒と
ぎらぎら照りつける太陽。
海を求める妹たちのおたけび。
砂粒までもが意思を持って燃え上がろうとしているかのような
夏の光景を見ていると、
なんだかこのまま
全てが塵になることまで忘れて
生命が脈動を伝えながら
連綿と続く永遠を信じてしまいそうになる
活気に溢れた浜辺に
私は立っている。

本当は、歓声が届きそうな
あの高い空の向こうには
静寂の絶対零度を抱く宇宙が
広がっていて、
大きすぎるように見えるこの星も
いつかは一粒の塵に変わっていくことが
疑いなく決められているのだと
知っているはずなのに。

繰り返す波の鼓動が
未来永劫まで
いつか人間が子々孫々を伝え、
やがて消え去るその時を越えてなお、
ずっと──
変わらずこうして
揺るぎのない営みを続けているような
そんな気がしてくる。

生命の活動を感じるのは
海が命の源だというばかりではなく。
溢れるエネルギーをこの見に受け取るのは
太陽の光が私たちを育んだためとは限らず。
命あるものの繁栄を祝福するこの気持ちは
ただひとつきりの理由、
今ここに生きることを信じて
持てる命を限界まで燃やし尽くそうとする
家族たちの過ごし方を見てのこと。

ここは、無の回帰を思わせる要素が
勢力を失う傾向にあるのかもしれない。
形ある何もかもが遠い未来に滅びを迎えるはずなのに。
暗黒に思いを馳せるあの魅惑すら溶かしつくすのか。

野生に返り、
滅びなど知らないで
ただ刻み込まれた本能のままに
繁殖を続ける
そのような快楽も、この地にはあるのだろう。
広大な地球を知り、向かい合う
家族たちの歓喜がそれを伝えているようだ。
オマエも──
野生に戻ってみたっていいはず。
魂の叫びを見せつける家族に、
あのうるさい氷柱も、きっとこの海の前では文句なんて言わない。
保証はしないが。

海水浴初日の今日、
海に向き合う姿勢は家族それぞれ。
波にくるぶしをひたして歩くだけで
満足する者、
おびえてその先へ進めない者、
海が穏やかな様子を注意深く観察して
いよいよ兄や姉の手を取って
泳ぎの練習を始める者や、
最初から迷うことなく駆け出して行く者、
いろいろだ。
砂浜を活動範囲にしていても、
ビーチボールを追いかける者もいれば
砂遊びにひたすら飽きず興じる者、
ビーチパラソルの下で寝転がって過ごすのが
目的の者、さまざま。
私は日差しを避けて、
家族に何かあったときにはすぐに飛び出せるよう
待機する役目。
決してぐうたら弛緩しきっているわけではないが
そんなふうに見えることは否定しない。
しかし、いつでも鷹の目を光らせている。
もしも波間に、家族の誰かが
ポロリの瞬間を迎えるのを見つけたら
流された水着を届ける準備は
万全だ。
今年は何人が、背伸びをして水着を選んだことだろう。
あるいは、家族たちの集う浜辺に起きる小さなイベントを
避けられないような水着を?
それは、やがて確実に訪れる
この地にとっては、滅びよりも似合いの瞬間なのだろう。

家族みんなが心地よく疲れきって
夕食の後は眠そうにしているのは揃って同じ。
一日の終わりを惜しんで抵抗しようとしたり、
素直に睡魔に襲われるまま陥落を果たしたり、
それでも、明日になれば
疲れなど忘れて、また海に出て行くのも
同じなのだろうと願いながら
今夜は眠ることにしよう。

せっかくの星空だが、
月明かりの下で、遥かな宇宙の真理に思いを馳せる夜は
しばらくは堪能できそうにないな。

霙の偽日記

『道行』

旅先では
様々な出会いがある。

見たことのない景色。
その地ならではの文化。
新しい概念に触れ、
旅の果てに
知らない自分を発見することもあるだろう。

儚いことだな。
景色も文化も、自分自身もまた
永遠の時間を経験するような気でいるなんて。
宇宙を構成する一粒、見えないほどのかけらでしかないのに。
なにもかも、砂浜の文字のように当たり前に消えてしまう。
それが、あらゆる生まれ来るものの定めだ。
特別な発見が、私たちをどこへ連れて行くのか。
ただ滅びの道へと向かうだけなのに。
決して止まらない歩み。
例外はない。
砂浜も波も、この星さえも、
やがては大いなる宇宙の懐に抱かれ──
ふるさとの場所、無に帰って行く。
無理して新しい経験を得る理由など、まったくない。
こんな暑いときに、わざわざ暑い場所へ出かけていくのは
何を求めてのことなのか。
短い生、消え去るのみの全てに与えられたわずかな時間。
私は何も得ることなく
保養の名の下に
ただひたすら、のんびりするだろう。

だいたい、発見だったら、どこにでもあるものだ。
海晴姉は毎日毎日飽きもせず、鏡を覗き込んでは
どんな恐ろしいものを見つけたのか、悲鳴を上げている。
ご苦労なことだ。
楽しいのかな。
身支度にあんなに時間をかけていては
ほんのひとときの命を有意義に過ごすことなど
とてもできないな。
私なんて、
この季節にはとても心地よい短髪に櫛を通し
服を選ぶのが面倒なら、マントの暗黒に全てを秘め隠して
それだけでいい。
この旅行、宿泊先に着いたら
私は、私に与えられた運命が望むがままに
ごろごろし、
だらだらし、
まったりと──
この身のどこにも休める部分がなくなっても
体を休めることに決めている。
本来のリゾートの目的を果たすのだ。
その時私は、安逸に身も心も溶け出して
頭の中にはただまぶしいリゾート地の光のみが湛えられた
人の限界を超越した怠惰の精霊と変わり果て
無とひとつになるのかもしれない。
私が沖縄に求める、ひとときの完成だ。
まあ、そんなに思い通りにはならないだろう。
なにしろ右も左も分からない小さい子たちが、山盛りで一緒だ。
多少は導いてやらねばならない。
見守ってやりたい場面もあるに違いない。
そして、頼むから放っておいて欲しいと言われたとしても
どうしても見物に行って土産話を持ち帰りたいときも
必ずあるだろう。
この旅行が、私たち家族全員が共にする経験である限り、
絶対にあるだろうと私は確信する。
一人ひとりの姿を
目に焼き付けておきたくなることがある、と。
やがて消える運命に逆らう、奇妙な衝動であろうと
ちっぽけな私たちは、
崩れる砂浜に刻み付ける。
この記録が永遠に続くようにと。

おそらく、どれほどの決意をしていても
私たちの家族旅行からあわただしさを拭い去ることはできない。
せめて、心構えだけでもゆっくりとしたリゾートを心がけよう。
旅行先ではいつも、新しい文化に出会う。
家族が無意味に困らないよう、予習はしっかりとしておきたい。
旅の喜び、出会いもその一つと言っても決して過言ではない。
恐れて萎縮するばかりでは、楽しめる旅も楽しめないし
気をつけろと言っても、なかなか聞かないのが小さい子供だ。
せめて、どのようなトラブルも対処できるようにしたいものだ。
なるべくなら、トラブルが起こる前に予測できるくらいにな。
生徒会活動のついでに、学校の図書室から借りてきた関連書物は
決して浮かれているわけではない。
準備にはどれだけ時間をかけても足りない。
とはいえ、時間は無限ではない。
旅行前の一週間から、あわただしさが始まるかもしれないが
この暑さに疲れて体調を崩したりしないように──
何もかも滅びるものだと悟りきって、時には休むのも悪くない。
覚えておくといい。

ところで、宿題はきっちり済ませてあるか?
旅行の準備は、意外なところでうっかりしがち。
油断していたら、どこで予想外の事態が起こるかわからないぞ。
その時は協力して乗り越えよう、
家族のため、
楽しい家族旅行のために。
私は学習計画は順調なんだが、
この暑さに、快適に過ごすことばかり求めるあまり
ついに部屋からかび臭い匂いがし始めた。
匂いばかりは、マントの暗黒でも覆いきれない。
私の部屋が滅びに向かっている。
普段から覚悟はしていても、
旅行を前にしたこのタイミングで滅びを迎えたくはない。
そういうことなので
海晴姉の宣言で、すぐに部屋を片付けない場合、
旅行先でおやつ抜き。
もちろん、みんなが準備で忙しいので
誰の手も借りずに一人で、との厳しい言いつけだ。
果たして、可能なのだろうか?
さて、
もしもオマエが、私と一緒でなければ
悲しさのあまりに、ちんすこうの味も分からなくなるというなら
私としては、オマエを止めることはできないのだ。


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