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氷柱の偽日記

『雪のあと』

このあいだの雪が
まだ溶け残って
道のはしに積もっていたり
庭をぬかるみにしたり。
場所によっては
日陰で凍ってしまって、足を滑らせる原因になったり。
困るわね、大雪は。
私たちの家族だったら
慎み深くて、かわいらしい綿雪がいたり
ドラマティックな名前であんがい情熱的な吹雪がいたりするけれど
大雪はいないものね。
いいお天気が好きな子が多い気がするのは
そんな願いを込めた名前もいっぱいあるからなのかな?
海晴姉様や
ヒカル姉様、
あさひもそうだし
麗の名前も、うららかそうな感じがする。
実際に名前どおり、その性格がまるごとうららかなのかどうかは
まあ、今は難しい時期みたいだけど
人の気持ちをわかろうとしている優しい子だってことは間違いないわね。
マリーも明るい響きの名前よね。
でも、太陽王と呼ばれたのは夫になった人の先祖だし、
いいお天気を強調している名前でもないかもね。
私の名前にいったいどんな願いが込められたのかは
まったくわからないけれど。
ともかく、あんまり大雪になるより
いいお天気になって助かるわ。
洗濯物もよく乾くし。
同室の蛍ちゃんも心配して
私に何度も相談しなくても済むんだし。
天気予報はお天気だけど
明日は本当に大丈夫かな?
洗濯物がたくさん干せるかな?
明日の朝になって、海晴お姉ちゃんの天気予報で確認しないと
不安だよー。
そんなこと言われても
海晴姉様の天気予報も、まだ新人の海晴姉様が予報してるわけではないんだし
たまには吹雪ちゃんが予報した日もあるっていう話だけど
ともかく、天気予報なんてどこの番組で見たってそう変わらないし。
ニュースの中で放送する天気予報で
だいたいわかるものだと思うけど
どうしてあんなに何度も確認しようと思うのかしら?
そもそも、海晴姉様の天気予報も結構外れることもあるような……
予報の途中に妙な発言をして番組を混乱させることも多いみたいだし。
まあ、そのあたりは心の中に秘めておいて。
今日はよく晴れたわ。
下僕もしっかり働いて、
ごはんがおいしかったみたいでよく食べて
みんなが感心していたわね。
その無駄に大きい体は
大部分が胃袋でできているからだったのね。
まあ、そんなことだろうと思っていたわ。
しょうがないからしっかり食べていったらいいのよ。
春風姉様と蛍姉様はそれでやる気が出るみたいだし、
授業中におなかが鳴ったりして
同じクラスのヒカル姉様に恥ずかしい思いをさせないように。
今週の19日には、また雪が降る予報だけど
あまり積もらないといいわね。
それまでに、洗濯物をしっかり乾かしておかなくちゃ。
なんだかこのごろ
泥まみれの洗濯物が多いのは
やっぱり、ずいぶん降った雪の影響かな。
濡れたらすぐに着替えられるように
よく乾かして、準備しておかないとね。
と思っていたら
今日、洗濯物を抱えて廊下を歩いている途中で
どこかから突然聞こえてくる奇声に驚いて
あわてて向かってみると。
オリンピックを見ている子たちが
ヒカル姉様を中心にして
テレビの前で跳ねているところだった。
どうやら、最近の泥汚れの多さは
オリンピックの真似をして
残った雪のまわりであばれたりしていたのが
原因らしいわ。
まったく!
私はちょっと驚いた拍子に、足をひねったみたいで
歩きづらかったせいで
仕方なく、少し休憩して
一緒に見ていた。
メダルなんてそんなにほしいものなのかしら、
即物的なご褒美のために競い合うなんて原始的だな、
と、あんまり興味はなかったんだけど。
自分の精一杯を発揮すること以外は
何も考えなかったと
後のインタビューで答えている
本番に向かう人たちが
全力を出しつくして
あと一歩で及ばなかったときの表情も
ついにメダルを手にした喜びも
まっすぐで、すがすがしい
テレビではなかなか見ることのない顔。
なぜか、こんな顔を身近などこかで
いつも見ているような気がする。
立夏は私に、
運動神経も結構いいほうだから
いいところまで行くかもしれない!
と、オリンピックに出ることを薦めるけど。
それなりに運動はできるとしても
あの子の単純な処理能力しかない頭の中では
私はどんな神業の使い手に扱われているのかしら。
脳の構造は、どんな人でも誰もが
神秘的な宇宙を秘めているのね。
下僕の単純な頭の中だって
それなりに興味深い部分も見つかるのかもね。
そんな会話の最中で、霙姉様ときたら。
氷柱は褒められたらすぐにおかしな方向にやる気を出して失敗するから
オリンピックのように期待が集まる舞台に立つのは
難しい気がするな、
だって。
そんな余計なことは言わなくてもいいのよ!
おまけに、
不安定な気持ちを一緒に肩に乗せて歩いていく
パートナーがいればいいんだ、とか。
まったく、一言多くないと気が済まない人なんだから。
もしかしたら
その相手が誰なのか
氷柱だって、もう知っているかもしれない、なんて。
あいにく私にはそんな心当たりはこれっぽっちもない。
だれのことを言ってるのかまるで想像がつかないけど
こんな話を本気にして
うぬぼれたりしないでほしいわ。

もし、私が精一杯の力を出して
それでもどうにもならないことが
本当にあるとしたら
私は悔しくて泣くときも、
大舞台で競い合った選手たちみたいに
浮かべる涙も輝いて見えるような
さわやかな表情でいられるのかな。
ふと考えた。
そしてたぶん、
私なら
敗れることがあったって、
いくら挫折しても
自分の満足の行く結果を出すまで
突き進み続けるだけだわ、
と気がついた。
そうよね。
この私が、できないかもしれないなんて
弱気になっていたら
私に従っている下僕だって
不安でしょうがないだろうし。
そんなの私らしくないと思うんじゃないかな。
だから。
まだ、ひねった足は少し痛むけど
蛍ちゃんが心配するみたいに
これくらいで学校を休むなんてできないから。
私がついていないとどうにもならない
情けない下僕に、
手を貸して支えるくらいは
許してあげてもいいわ。
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氷柱の偽日記

『おもち』

また脳天気な下僕や
こんがらがるとわかっていて面白がる霙姉様や
たまにヒカル姉様も
おかしなことをはじめるんだから!
と、思っていたけど。

ママがしまいこんだ臼と杵が原因だったのね。
どこか常識を超越しているというか
大物っぷりは理解しているつもりだったけれど
やっぱり、家族のうちで何人か受け継いでいるのかしら。

後から生まれるはずがないお兄ちゃんを
そのへんで拾ったみたいに連れてきて
今日からは一緒に暮らすのよ
いろいろ事情があって離れていたけれど
本当の家族なの!
と言われても。
いくらなんでも
大物のママでも
さすがにありえない、と思っていたら
みんな疑問もなく受け入れるような家族。
こんなときにまともな常識を持ち合わせている
人並みに世間がわかる自分は
損な性格だと思うわ。
相手は男なんだから危機感を持たないと、と言っても
いい人だよ、って。
むしろこっちが家族に気を使ってもらっている。
私も、人がいいことだけはよくわかっているけどね。

おまけにあなたも私たちの家族らしく
19人姉妹を前にしても
ええっ!
まあそういうこともあるよね、
みたいに。
……
これからずっと自分が一緒に生活する家族なのに
なんでそんなに軽い感じ!?
今にして思えば、あの初めての出会いから
この人もママの子供だなあ、
という納得は
していたのかもね。
いつの間にか、そんなあなたを受け入れている自分を見ても
ああ、同じだ、
みたいな。
なんという──
適当さを伝える、大雑把な血の呪縛。
でも、性格はもう仕方ないか、と思ってしまうのも
そういう家系かな。
ただ、下僕なんだから少しは常識的な知能を備えて役に立ってもらわないと、って
そこはあきらめたわけではないけど。
多少の事態では騒がなくなるのも、大家族で生活した経験もあると思う。
すると、適当さは環境によるものかしら。
性格が親から遺伝するというデータはいまだに証明されてはいないんだし。
それにしては、大家族にもいろいろな子がいるような気がするわ。
かなり神経質だったり
控えめだったり。
優しさを素直に表現できたり
いたずらっぽくなってしまったり。
一番の謎は、
後からやってきたくせに
こんなにいろんな子がいる家族でも
あっという間に馴染んだ長男よね。
うちの家系の多彩かつ不思議な血脈を、誰よりも濃厚に受け継いだのは
偶然にも、この家のたった一人の男だったりしてね。
こんなのが、そのうちママみたいに
したたかな大物になって
うちの、個性豊かというか
もはや複雑怪奇といっていい面々を
まとめて面倒見てやるとばかりに
その腕に抱えて
たくましい姿を見せたりするのかな。
……
ならないか。
ともかく、大家族とは言っても
見過ごせないことはあるの。
物置の奥でほこりをかぶっていた臼と杵で
もちつきなんかして
そんな不衛生なもちを食べて、ユキがおなかを壊すかもしれないでしょう!
臼と杵は丁寧に包んでしまってあったから
汚れは全然ないと
ヒカル姉様は主張していたけれど、
そんなのわかったものじゃないから。
この大掃除の季節に
あなたみたいに意味不明に無駄にうすらでっかいもちつき道具を
隈なくきれいにピカピカ輝くまで
何度も拭く人の身になってみたらどうなの!
大掃除の季節じゃなかったら、こんなに掃除道具が揃っていなかったから
その点では、時期的にまだ適切だったとも言えるけど。
まったくもう、私も暇じゃないのに。
部屋の掃除も中途半端で投げ出すことになって
旅行先に持って行きたくないから、早めに冬休みの宿題も進める計画が
今日の下僕たちの急な思いつきのせいでいっさい残らずだいなしよ!
ママもなんで、でっかいもちつき道具を買い込んでおいたんだろう。
忘れてしまいこむくらいなのに。
それなりの体力がないと難しい作業なんだもの、
女ばっかりの家で、そんな力は期待できないと思うんだけどな。
それとも、いつか長男が来てこの家で暮らす予定は
もともとあったのかしらね。
いつ頃買ったものだかわからないけれど
そのうち男の子がこの家に生まれて、
他の子たちと一緒に育っていくなんて
いつごろからわかっていたのかな。
もしかしたら、女の子が三人続けて生まれたあたりで
男の子もいないと! ってむきになってしまったのかもね。
そのまま勢いがついて、ついにあさひまでノンストップで生まれてしまったんだとしたら
うちにこんなに家族が揃っているのは
ちょっとは、あなたにも原因の一端があるのかもね。
我が家のたった一人の男の人として
下僕がどうにかこうにか生まれてきてくれなかったら
私たちや妹たちもその後からいなかったかもしれないなんて
そんなことがあるのかしらね。
想像もできないな。
うちの家族が今みたいに賑やかじゃなかったら、
なんてこと。
家族がいっぱいであわただしくて、とてもそんなどうでもいいこと
今まで考えている暇はなかったわ。
お兄ちゃんが増えるほうが不思議かもしれないけどね。

一年違いの私たち姉妹に
もう一人あとから割り込む余裕はないって、
ずっと昔は吹雪ちゃんは不思議そうに言っていたけど
私はなんだかもう、そんなことはどうでもよくなってきたし
吹雪ちゃんもとっくに気にしていないみたいだわ。
これだけいるんだから、実は双子が何人いてもおかしくないし。
ママの体はこんなに驚くような仕事をしているんだから
予想外の事態がいったいどれだけ起こっているのかわからないほどだし。
そんな細かいことよりも今は、
この常識知らずの長男を一人前に鍛え上げて
少しは役に立つ下僕に育てるのが最優先ね。
私たちの家族が頼りにしている長男なんだから
人並みに恥ずかしくないくらいの能力は身に着けてもらわないと
こんな長男のはずじゃなかった! って
大掃除のついでに捨てられてしまうわよ。
どなたか優しい人は拾ってください、の看板を首にぶら下げて
大晦日のさみしい夜に放り出してそのままかもね。
そうなったら、私は優しいから
マッチくらいなら持たせてあげるわよ。
せいぜいあなたにお似合いののんきでおいしそうな夢を見ながら、
わずかな明かりで暖を取るといいわ。
でもきっと、こんなのでも捨ててしまったら
探しに行ってしまう底抜けにやさしい子が、
我が家には一人や二人ではない数はいるだろうから
マッチを使うなら、火には気をつけて
探しやすい目立つところにいなさいよ。
うちのやさしい子を、あなたなんかのために風邪引きにさせるわけには行かないし。
ヒカル姉様なら、年が近いこともあるから
何かのカンを働かせて、いそうなところに簡単に見当をつけてしまいそうだけど
あなたが家に来てからずいぶん長い時間が過ぎて、
家族みんなの思い出の場所が増えすぎたし
今からどこか行きそうな心当たりを探そうなんてことになったら、とても回りきれないわ。
本当に、いろいろなことがあったから。
この前のクリスマスパーティの時だって、
みんなの間にデジカメを回して撮った写真を
今日になって麗ちゃんと整理しようと思ったら、
いったいなんでこんな無駄なものばっかりあるんだか。
クリスマスのサンタさんごっこがそんなに珍しいのか
あなたを中心にしてとった写真が
まるで、私たちの気持ちが全部あなたを中心にしているみたいにいっぱい。
いくら迷いに迷っていらない写真を消してしまおうとしたって
私たちの家にあなたがいた時間は消せそうにないくらい。
とりあえず、クリスマスの間は
アルバイトの送り迎えをしてくれたことは感謝しているけど。
この日記で、ありがとうって伝えていなかったから
たまたまそういう話になった機会だし、
ありがとう、
とても心強かった、
って、
お礼の気持ちは伝えたほうがいいっていう家族の習慣だから
一応言っておくけれど。
でも、家の用事で忙しいのに、
わざわざ毎回私のアルバイトに迎えに来て。
蛍ちゃんのアルバイトと重なるときは、
海晴姉様やヒカル姉様から、下僕が気にしていたって話を聞いたこともあって。
もっと他にすることがいっぱいあった時期なのに
いちいち私のためにバカみたい。
そんな不器用で要領の悪い下僕には
もっと教えてあげないといけないことがいっぱいあって
せめてもうちょっと知性的な行動ができるようにならないかなと
前から思っていたけれど
今日のもちつきの異様な騒ぎを見ていたら
改めて決意したわ。
下僕は私がしっかり手綱を操ってあげないと
何をしでかすかわからない、ってね。
このもちつき道具は
どうせ、来年も使うだろうから
ほこりがつかないように、また丁寧にしまっておくのよ。
それから、あなた中心のもちつきに付き合って
大量のもちができたのはいいとしても
時間を浪費した子がいっぱいいるし
霙姉も、これを言い訳にして掃除をしないなんてことになったら
また海晴姉様の雷がありそうだから。
明日は、あなたは責任を取って
家中を回って、みんなの大掃除の手伝いをするのよ。
今日は体を使ってもちつきをしたからって
日ごろの運動不足がたたって筋肉痛で動けませんでした、なんてことになっても
そんな言い訳は通じないから。
今日は体調管理をしっかりして
ゆっくりお風呂に入って、
疲れを残さないように早く休んで、明日も一生懸命働いてよね。
まったく、
体を大事にするように、なんて当たり前のことも言わないとわからないなんて
子供みたいだわ。
たっぷり遊んだ後は、いい子でお手伝いする決まり。
下僕でも、そのあたりの一般的な常識はあると思うから。
明日はわかっているわね。
相当の重労働を覚悟しておくようにね。

氷柱の偽日記

『寒気』

本格的な冬が来てから
天気予報では
乾燥注意をよびかけている。
強い冬型の気圧配置が続いて
強烈な寒気が発生し、
日本海側では大雪。
とても強い吹雪の場所もあるそうね。
いくら冬になるのが早くて
寒い期間が長い地方だからって
あまりに急な雪の訪れじゃないかな、
天気予報を見ている私たちでも感じる。
本当にもう、
とうとう冬になったんだわ。
私たちの町も、
吹き付ける北風に震えているよう。
わかっていたはず。
もうすっかり寒くなったってこと。
それでも、
驚いてしまう。
少し前の週間天気予報では雨の予報だったから
まだ本格的な寒さとは言えないと思っていたのかもね。
今日の予報を見て
テレビの前では、思い思いに声を上げる家族たち。
楽しみな時間を待つ歓声だったり
寒さを心配するつぶやきだったり。
ついに明日は、
東京も雪の予報。
早い気もするけど
このあたりも、もう雪を迎える時期なのね。
まだ積もるというところまでは行かないかな。
麗が心配しているみたいに、電車の運行に影響は、
あってもおかしくないわね。
でもまあ、まさかいきなり何本も電車が止まるというほどでもないと思うけど。
なんにしても、体調の心配もあるし
帰りは早めにね。
いえ、下僕のことを心配しているというか、
それは、この家の誰も、もう具合を悪くしないほうがいいんだから、
家族の合言葉という感じで
明日は、早く帰ろう。
そういうことね。
ユキは明日も学校に行くの。
やっぱり、休ませるほうがいいのかな……
心配だわ。
でもユキは、もう残り少ない今年の学校だから
一日でも多く行きたいって言ってる。
今年のうちにたくさんお勉強をして
今できることをして、
来年もいろんなことをおぼえる予感を見つけて
すがすがしい新年を迎えるんだって。
もちろん、いいことよ。
なんで立夏や夕凪の妹なのに、あんな勉強熱心ないい子に育ったんだろう。
あと、下僕の妹なのに。
まあ、私の妹でもあるし。
いい影響というのは自然と伝わるものなのかしら。
でもね。
まだ小さいし、体が弱い子だから
ユキがどうしても行きたいと言っても
年上の私たちが止めなくちゃいけないときもある。
一応、明日は朝の様子を見て考えるわ。
ユキは今年、いっぱい遊んで
少し強い体になったよ、だって。
そんなこと、お医者さんでもない私にはわからない。
ユキが自分の体のことがわかるならいいけれど。
本当に強い体になって
いつのまにか、私たちがいつも見てあげているつもりでいても
ぜんぜん気がつかないうちに
雪の日にも外を歩けるようになっていたらいい。
ユキに知ってほしいことが、たくさんあるもの。
同じ名前をして、空から降ってきて
しんしんと積もる白い雪は
触れたときは冷たいものであっても、
こんなにきれいで、
真っ白く純粋に積もるものなんだと
その寒さを体験しながらわかってもらえたらいい。
ユキの名前はこんなに美しいものからつけられたんだよ、って教えてあげたい。
雪が降る町を歩く人たちが
この冬をどんな風に過ごすかゆっくり考えて、
たまに困ったような、あるいはうきうきしたような顔で通り過ぎていく。
町の景色をすっかり白く変えて、
私たちのところに、冬がやって来たんだとみんなに伝える。
今は、おうちの中で大好きな家族たちと
あたたかく、寄り添いあって過ごす冬。
厳しい寒さでも、
家族がこの家にいれば乗り越えていけるものなんだと気づかせる冬が
私たちの住む場所にやって来る。
そんな冬に、一番大きな印象を持つ素敵なもの。
家族と手を繋いで越えていく季節が来たと知らせる
ユキと同じ名前をした、白いきれいなもの。
こんなに特別なものの名前が似合う子なんだよ、って
雪が舞う空を見上げながら
ときどき、てのひらに受け止めて触れてみたりしながら。
私が考えていることを
ユキにわかってもらえたらいい。
私がユキをどんなに思っているか。
毎年の特別な思い出になる白い雪よりも
いつもおうちで一緒にいてくれるユキが
どんなに特別で、私の中でかけがえのない宝物なのか、
降り続く雪の中で話せたらいい。
あなたは私の大切なもの。
こんなにきれいな雪景色だってくらべものにならない。
ユキみたいに美しい白い雪の中で話せたら
ちょっとは伝えれれるのかな。
こんなにユキを愛している人がいて
どんなときも、何があっても見守っているんだよ、
それが私の気持ちだということ。

今年、最初に風邪をひいてしまったのは
ふだんはあんなに体力があるように見える、たくましい元気な海晴姉様。
悪くならないうちに治ったのはよかったけど。
夕凪たちのアイデアが役に立ったのかはともかく、麗の学芸会に行けなくても
大人なんだから納得しているし。
まったく、あの海晴姉様も寝込むほど深刻な寒さだと思うべきなのか
急に寒くなってもおうちではまだ体調を崩す子がいないことを喜ぶべきなのか。
立夏の様子がなんだか変なのも
風邪をひいたとかじゃあないわよね。
理由はたぶん、
サンタさんへの手紙。
そう、これ。
なんで私が持っているのかって?
いいのよ、
ちゃんとサンタさんに届いたってことなんだから。
プレゼントのお金を出したのも、当日に枕元へ届けるのもたぶん私ではないけれど
買い出しとかで協力はしたんだし。
いえ、
立夏のプレゼントはまだ買ってないけどね。
他の候補をまったく考えないで
サンタさんにならお願いしたものを絶対にもらえる、と信じている。
代わりに今年は何を届けるのか
まだ会議が続いているの。
サンタさんたちの間で。
立夏も、手紙の最後で
どうか立夏だけじゃなくて家族のみんなのお願いも聞いて
みんなにプレゼントを届けてください、って
変に気を使うより
もっと考えることがあると思うけど。
もしも第一希望のプレゼントが無理だったら
何がいいのか、とか。
立夏が希望している、不可能なプレゼントは。
これからずっと
お兄ちゃんと二人だけで毎日続ける交換日記。
日記帳をあげるだけならいいんだけど
たぶんお兄ちゃんは
19人姉妹との日記でせいいっぱいだから、
姉妹との交換日記を増やすのも無理でしょう?
あの子には珍しく、プレゼントの内容を秘密にしたのも
無理を言ってるのがわかっているのか、
それとも、他の子に真似をされたら
そのぶんお兄ちゃんを取られちゃうから、だけの理由かもしれないけど。
世界中のどんなサンタさんでも、叶えてあげることのできないお願いなんだから
代わりに何かほしいもの、
下僕もこっそり聞き出しておいてよ。
私たちの下僕は
肝心なときに役に立たなかったりして、頼りになるかどうかは疑問だけど
でも、私たち19人姉妹の家族なんだから
誰か一人が独占することはできないと思う。
あなたもあんまり無理をすることは考えないようにね。
たいしていい知恵が浮かぶ頭でもないんだし
使い慣れない頭を使って、熱が出るかもしれない。
ただでさえこんなに寒い冬。
少なくとも立夏にはこんなに思われている体なんだから
大事にしてよね。
無理してでもこれから立夏と毎日交換日記をしよう、なんて思いつめて
体を壊すようなことはしないで
ちゃんと別のプレゼントを考えておいて。

氷柱の偽日記

『ぱくぱく』

落ち込んでしまうと
食欲があまりない時だってある。

青空のアイデアは
子供にしてはまあ悪くないと思うけど。
まあ、立夏と同じ意見になったのは
立夏の考え方が単純すぎるだけだとして。

でもね。
そんなにすぐ解決できることばかりじゃないわ。

麗は今日は、早く帰ってきたけど
家の中をうろうろして、なんだかぼんやりしているみたいで
そのうち、部屋に行ってしまった。
晩ごはんも食べたくないって。
海晴姉様と、蛍ちゃんの分と一緒に残しておいた晩ごはんは
一人分だけ、まだ残っている。
何の悩みがあるのか知らないけど。
それでも、食べないと弱ってしまうのにね。

本当に、料理の悩みだと思う?
なんだか違うような……
家に帰ってきてからは、別にキッチンに近づきたくない様子でもなかった。
弱気なこと言っても始まらないんだから
今日は私がお手伝いもするし、
麗にも少し稽古を付けてあげようかな!
声をかけたら、
別に嫌ではなさそうに近づいてきたけど
ゆでたまごだけゆで終えて
やっぱりいい、って。
どういうこと?
春風姉様が脳天気に想像して
お友達からお料理を勉強しているのかも?
でも連絡もしないで遅くなるのはいけないから叱らないと、なんて言ってる。
叱っても、返事はするけど目はそらしている。
料理をしたいなら、あんまり興味がなさそうな今日の様子はおかしいし。
本気で逃げたいなら、ゆでたまごも作らないだろうし。
麗もゆでたまごくらいは作れるようになったのね。
いいことだわ。
難しい料理が嫌なのかな。
別に、ゆでたまごくらいの簡単なお手伝いしか任せていないけど。
私とだいたい同じ担当で見てきたから、そこはわかっているし。

もしかしたら明日も少し遅くなるかもしれないけど
心配いらない、だって。
まったく!
なんで叱られたのか、わかってないし!
元気がないかと思ったら
立夏に誘われたみたいで
部屋からは、大きな声で発声練習がはじまった。
あなたも聞いた?
立夏と麗の、あめんぼの歌。
北原白秋のあれ。
将来は電車の運転士になりたいから、
案内の放送くらいはできるようにと
元気を出した?
いえ、元気がないとは思うんだけど。
ごはんを食べにこないし。

また電車の趣味でつらいことでもあった?
ちょっと、下僕!
話を聞いてあげるくらいしかできない下僕なのに
なんで知らないの?
もしかして、
逆かもしれないと思ったの。
今日の麗は、誰かと顔を合わせたくないようにも見えたもの。
それで、ピンと来た。
これはつまり、下僕が何か余計なことでも言って
麗を怒らせたってパターンね。
またデリカシーのない一言で
繊細な女の子の胸のうちを
無神経にも、ちくりと傷つけたのね。
心当たりがあるんじゃないの?

明日は私のアルバイトがある日。
今のところ、問題なくやっている。
なんで疑うの?
本当よ。
ユキの目はごまかせないけど
下僕なら適当に言ってれば気がつかないだろうし。
というのは冗談で、実際に問題はない。
ユキや蛍ちゃんは心配しているみたいだけど。
まあ、私はあまり力強い戦力ではないのは確かだとしても。
それは蛍ちゃんが人並み以上というだけであって。
ちょっと前までは、比べてしまうこともあったかもしれないわ。
かなわない相手と張り合っても仕方ないと気がついたから
今は、新米バイトとして謙虚にやっていくことに決めた。
いいのよ、今はそれで。
誰でも最初は、何もできないところから始まるんだから。
と、自分に言い聞かせて
なんとか悔しい気持ちを抑えている。
今はいいの!
クリスマスまでには私が、蛍ちゃんの評判さえも追い越しているはずだわ。

それで、明日はね。
麗はなんとなく、下僕と顔を合わせにくいみたいだし。
あと、私が一人で帰るのも不安だから。
麗に話をして、お店に来てもらうことにした。
待ち合わせて一緒に帰ってくるから、そういうことでよろしく。
明日は、下僕が忙しいみたいだし。
次の合唱の練習は土日だそうだからいいとして
家事が大変なんでしょう。
大変なのよね!
わかった?
だから、明日は麗と二人で。
もしかしたら、二人だけなら何か悩みを話してくれるかもしれないし。
仕事が終わる時間は決まっているけれど
念のため、麗には早めにお店に来て待っていてもらわないといけないわ。
そう思って、早めの時刻を伝えておいた。
何か用事があるとしても、
家族の用件なんだから、ちゃんと来るようにと。
もしも文句がある人が誰かいるなら、私からちゃんと話すから。
まさか、麗がいじめられているなんてことがあるわけないと思うけど
そういえば昔は男の子が苦手だったんだし
今の学校にも苦手なタイプの人がいないとは限らない。
必要があったらいつでも私に連絡していいから、
とにかく、時間通りにお店に来て待っていること。
さっき部屋を覗いたとき、伝えておいた。
一応、いい声で返事はしてくれたけどね。
まだ発声練習に熱中しているみたいだった。
おなかがすかないのかな?

合唱に参加したいのかしら?
いえ、まさかね。

氷柱の偽日記

『クリスマスまで』

明日から私もアルバイトに行くから。
そのつもりでよろしく。
そう、あの洋菓子店。
蛍ちゃんがいるお店とはライバル関係にある、あの。
まあ、別にライバルだから選んだわけじゃない。

海晴姉様たちは、ずいぶん心配しているみたいね。
私のこと。
それは、家の手伝いではまったく役に立っていなかったわ。
霙姉様は、私がアルバイトをするなら家庭教師はどうかと言ってる。
それもひとつの意見ではあるけれど、
人を教えるのもちょっと。
私に向いているかというと、
うーん……
というか、別にお金が欲しくてアルバイトをするわけじゃない。
いや、別に──
蛍ちゃんがうらやましいなんてことは全然ないから。
下僕を取られたなんて思っていない。
だいいち取られたってどうでもいいし。
むしろ、こんなので役に立つならいくらでも使えばいい。
気が利かないから今までは私が教え込んであげていたけど
ちょっとは使い道があるようなら、遠慮なんていらないでしょ。
下僕も喜ぶわよね。
どんどんどうぞ。
お迎えのボディガードとしては、こんなのでも男だもんね。
いないよりはずっといいわ。
日が暮れるのが早い時期だし。
あなたもちゃんと蛍ちゃんを守ってよ。
私のほうは、
蛍ちゃんより狙われにくいと思うし、
放っておいてもいいから。

言っておくけどね、
あなたに何か料理のことで文句を言われたからとか、
そんな理由でアルバイトを始めるわけじゃない。
うぬぼれないで。
そりゃあ、キッチンでみんなの先頭に立つ下僕を見ていたら
何なのよ偉そうに、っていらいらしたものだけど。
私にまで指図してきて、
遠慮がちだったのは多少は身の程をわきまえているとしてもね。
まったく。
家族のピンチを救ってくれるのはいいのよ。
あんまり家事が得意じゃないとしても、
そこそこできるみたいだから。
なんとも思わないわよ、私はお手伝いしかできなくても。
聞いた話だと、
今日は海晴姉様にいいことを教えてもらったそうね。
お手軽な料理のコツとか。
野菜を上手に煮込んで栄養バランスをとるとか。
小さい子が聞いたら泣き出しそうなことを。
好き嫌いしないで食べられるようになるのはいいことね。
いろいろ教えてもらったら
私があんまり料理に向いていなくても、手伝うくらいはできるはずなのよ。
もちろん。
普通にできる。
でも、なんかそれは違うなって。

下僕と並んでキッチンに立っていると
なんでいい歳をしてこんな調子で仲良しをやっているんだろうって
恥ずかしくて、うっとおしいと思うこともある。
自分ができないことばかりだから居心地が悪かったりするのも、確かにそうかもしれない。
それはそれとして。
いま考えているのは別のことなの。
蛍ちゃんがアルバイトに行くようになって。
あのお店は普段からおいしいパンを作ってくれるのに
クリスマスケーキなんてわざわざ用意する必要あるのかな、って。
疑問を感じていた。
そんなのいらないと思うんだけど。
考えていたら、ケーキのことで思い出した。
昔は蛍ちゃんのお菓子作りもあんまり上手じゃなかったわ。
はじめたばかりなんだから、誰だってそう。
蛍ちゃんもだった。
ケーキの作り方をおぼえて、はじめてのクリスマスは張り切っていた。
春風ちゃんが手を貸そうとするのも断って。
顔にもエプロンにもクリームをくっつけながら、真剣に打ち込んでいたっけ。
結構いいものができたの。
おいしかったよ。
今から思い出したらそんなに大したものじゃないかもしれないけれど
ちゃんとしたクリスマスケーキ。
本物のクリスマスケーキだねって騒いだのを憶えてる。
本物って何よ、とか思いつつ。
お店で売ってるみたいだってみんなで褒めたっけ。
蛍ちゃんも嬉しそうだった。
その時に私が思ったことが、
おいしいな、とかではなかったような気がする。
おいしかったんだけど、それよりも。
それまでの蛍ちゃんの料理をたくさん知っていたから
あんまり上手じゃないはずなのに
なんでこんなに一生懸命だったのか、不思議だったな。
お店で売ってるケーキのほうが見栄えはするかもしれないけど
これがおうちのクリスマスケーキなんだな、みたいな。
小さかった私はその時、
これが家族で過ごすクリスマスなんだなと初めてわかったような、
少なくとも記憶にあるのはそれが最初。
その前にも春風姉様の上手なクリスマスケーキは作ってもらっていたはずなのにね。
今年、蛍ちゃんはアルバイトの立場ではあるけど、
本当にお店で売ってるケーキを作る人になった。
それ以来、なんだか考えがすっきりまとまらないというか。
お店であのケーキを作るんだなと考えたときの私の複雑な気持ちとか
自分が今作っている下手な料理を見て、いま家族が何を考えているのかとか。
クリスマスって、なんだろうとか。
やっぱり、その日だけ特別なんてことはありえないと思うんだけど。
こういうの、わかってもらえるかな。
説明している私も実はよくわからないから、伝えるのは無理かな。
でも、ここ数日考えていて、
ゆうべは海晴姉様に、一晩じっくり考えるように言われて。
今朝、このことを話したときには、
海晴姉様はなんとなく納得した顔をしていて
アルバイトのお願いは、反対はされなかった。
だから、
下僕にわからないようなら、
あのとき一緒にいなかったからなのかもしれないから
今年のクリスマスは、ちゃんと一緒に過ごすのよ。
それまでの準備もね。
でないと、こういう時にまだるっこしくて仕方がないんだから。
今日はアルバイトの面接のあと、どれくらいできるか形だけ仕事を試すことになったわ。
ここ一週間、手伝ってきた経験もあって
そこそこ人並みの仕事はできそうだから大丈夫。
明日には学校にアルバイトの届出をして、放課後にまた行って働く日を決める予定。
もし下僕が、ご主人様がいなくて寂しいと情けないことを言うつもりなら、
蛍ちゃんと同じ日にしたらますます人が少なくなって、泣いてしまうかもしれないし
少しは考慮してあげてもいいわよ。
25日当日は必ず夕方には帰ってくるから、それは心配しないで。
アルバイトはそれまで。
それから、これ。
せっかくだからおみやげ。
私は蛍ちゃんみたいに、お店の人に期待されているわけではないから
もらったんじゃなくて、自腹で購入したもの。
20個入りチョコレートアソート。
こんなの、今回だけだからね。
特別よ。
あさひはまだ食べられないから、ひとつはママの分。
あなたは、小さい子たちがちゃんと順番に選んだあとね。
お兄ちゃんなんだから、そのくらいがまんしてよ。
あなたの作る料理は、家族にはそれほど評判が悪いわけじゃない。
そんなにうれしいものなのかな。
私がいない間、みんなのことを頼める?
ユキのこともちゃんと見てあげてよ。
私もアルバイトがない日は家にいるからね。
たまには、下僕が手を抜かないように指導もしてあげないといけないし。

氷柱の偽日記

『おつかれ』

三連休だけど
我が家では、予定は特になし。

小さい子は、ハロウィンでずいぶん遊んだものね。
中学生以上はそう遊んでばかりもいられないし。
学生の仕事は勉強。
日々の積み重ねだけが、確実に身に着く私たちの力。
遊んでばかりでは生活していけないわ。
お楽しみはしばらくおあずけ。

気が早い子は、
今年の終わりにやって来る盛大なイベントを
もう気にしているみたいだけど。
そう、クリスマス。
プレゼントの準備があるからって、気にするのは早すぎよ。
立夏なんて、
来月までにプレゼントをひとつに決めるなんてできる気がしないと転がっている。
むしろ悩めば悩むほど
どんどん欲しいものが増えていくと言う。
まったく。
そんな相談をされて、いったいなんて答えてやればいいいのか。
現在の候補として挙げているのは
自分の部屋か──
お兄ちゃんとの新居。
もっといいものは
いっぱいの幸せを運んでくる、新しい家族。
あんまりクリスマスプレゼントって感じがしないのが悩みだそうよ。
でも、年に一度しかないサンタの力なんだから
ちょっとくらい大きなことを言ってもいいんだって。
そうなのかな。

クリスマスか──
もうそんな季節なのね。
今年一年をきちんと過ごしたいい子のところに
ちゃんと優しいサンタが来てくれるかしらね。
立夏はプレゼントより、サンタが自分のところにも来てくれるか悩んだほうがいいわ。
ハロウィンも、ずいぶん楽しんでいたみたいなのに
切り替えが早いったら。
まさか、もうお菓子を食べつくしたわけでもないでしょう。
いくらなんでも。
まさか……
ううん、さすがにそれはね。
下僕も、いくら寒い時期になってきて体が栄養を求めていると言っても
食べ過ぎないようにね。
偏った食事は体を壊してしまうし
そうなったら……
あなたのお世話をするって言って聞かない家族が、何人もいそうだものね。
私は違うけど。
いくら下僕の不摂生を見逃していたからって
主人が責任を取る義務なんてないでしょう。
私だって忙しいんだから。
もう私に見向きもしてもらえなくなるのが悲しいと思うなら
ハロウィンでいっぱいもらったからって、お菓子ばかり食べないこと。
ちょっとくらい面白い仮装が人気を取ったからって。
別に──
パーティ会場で特別に気になるような仮装でもなかったし。
いつも下僕のほうを見ていたわけじゃないし。
主人を放っておいてうろうろして、無能だと思うだけ。
ときどき目が合ったのは確率的にありうるただの偶然で、
私の仮装を見ていたなんてことは──
そんなにいいものだったわけじゃないと思うし。
コンテストの会場に上がってくださいって声をかけられたとき、
肝心なときに近くにいない役立たずだったわね。
もし、あのときにちゃんと下僕らしくすぐそばに控えていたなら
あなたは、ステージに上がったらいいってすすめたのか
それとも──
もし、ずっといてくれたなら。
私のことをどんなふうに言ってくれたのか、今ではわからない。
いまさら聞く気もないから。

小さい子が喜ぶだけのイベントだと思っていたけど……
まあ、無事に終わって安心したわ。
コンテスト出場は断ったけど、そこそこ評価はしてもらえたみたいだし。
ユキもばっちり決まっていて、賞をもらえて、ちゃんと見ている人は見ているものなのね。
うちの家族はみんなかわいかったわね。
楽しそうだった。
ま、遊んでばかりはいられない。
遅れた分を取り戻すつもりで、
むしろ、追い越して差をつけるくらいの気持ちで行きたいから
勉強も忙しい。
秋の夜長、つい遅くまで集中できている日が続いて
気がついたら少し疲れているのかなって感じるようになったら
ちょうど連休がやってきた。
体調を整えるには適した、
こんなぽっかりと浮いた休憩時間。
下僕は正面から言わなくちゃわからないの?
肩を揉んだり、飲み物を用意したり、
ここにいたらやることはいっぱいあるでしょう。
それとも、あなたのその顔。
普段からだけど、今日はいつもより腑抜けてる。
生意気にも、一人前にお疲れなの。
休日でみんながお兄ちゃんを連れ回したいから。
家で唯一の男手だから、ひっぱりだこよね。
少々無茶な振り回し方をしても、
男なんて単純にできているから、そう簡単に悪くならないと思うんだけど。
たまには疲れることもあるのかもね。
たまにね。
おおざっぱに作られている下僕でも
人間なら疲れを感じる日もあるか。
しょうがないなあ。
うちはあなたのことが好きな子がいっぱいるらしくて、
こんな下僕なのに
あなたにしかできないことがあると思っている子はいるらしい。
この家で一緒に暮らしてくれて、
つまらないことでも、一緒に喜んだり悲しんだりしている。
男らしくて優しい姿をこんなに見せてくれる人は他にいない。
世界にたった一人しかいない特別な人なんだと
あなたのことをそう思っている子が、たぶんいる。
その期待が妥当なものかどうかはともかく
あなたが疲れていると、悲しくなる人がいるの。
体調管理も出来ないなんて、大切な点で自覚がないのね。
下僕の自覚。
家族で唯一の男の人として、しっかり働かなくちゃいけないのにね。
ほら。
家族みんなが、あなたに元気で一緒にいてもらいたいのに
そんなことでどうするの。
休日はまだ明日も残っている。
くたびれたなんて言い訳は、うちのわがままな子たちには通用しないわよ。
まだ明日も、体を休めるどころじゃない日になるかもね。
気のきく私は、今だけは許可してあげるから
こんな暇な時間のうちに体を休めたらいい。
飲み物くらいなら、私の分も作るついでだから
作ってあげてもいいわ。
あーあ、今は考えるのも面倒くさくて
飲み物は何でもいいって気分だな。
別に要望を聞いてあげるつもりでもないけれど
面倒くさいから、何を作るかあなたが選べばいいわ。
好きなものを言えば。

氷柱の偽日記

『サティスファクション』

秋も深まってきた。

タンスの中身も、着々と入れ替わって
寒い季節への備えが、この家のどこでも始まっている。
特にユキは体が弱いし早めに服を出しておいてあげないと。
まだ温度が上がることもあるし、入れ替えは時間をかけてじっくり行いたいわね。
服がないからと適当に薄着で過ごして何も疑問に思わない夕凪も放っておけないし
寒くなってくると、吹雪も調子が出てくるのか
薄着でも快適そうに生活している。
麗は自分のことはしっかりしているけれど、それが済んだらさっさと出かけてしまうし
立夏は言うまでもないんだし。
それからマリーたちだって、いくら背伸びして大人みたいな顔をしていても
自分でできることは限界がある。
手を貸してあげなきゃいけない子がいっぱい。
片づけが得意な小雨ちゃんが手伝っていると
今度は、遊びだす小さい子を抑えきれない。
仕方がないから私が助けに行ったら
ぎゃー!
うわあ!
今日は氷柱お姉ちゃんだ!
おたすけー!
どういう反応?
星花ちゃんまで、お手柔らかにって緊張している。
いやいや、ちょっと待って。
確かに私は、少し厳しいかもしれないけれど
それは、効率よく進めていかないといつまでたってもきりがないから
少々口うるさくなってしまうだけであって。
上手にお片付けした後は、褒めてあげてるし
おやつも出してあげているし。
まあ、蛍ちゃんが作ったものだけど。
皿に並べるくらいなら私でもできるから。
そこまで厳しくはしていないわよ。
たぶん。
べつに、賽の河原で石を崩したりみたいなことは全然していないのに
どうしてここまで鬼みたいに恐れられているの?
たまにうるさくたって、仕方ないじゃない。
放っておいても服が出てくる魔法はないんだし
誰かが厳しくしないといけないの。
だんだん寒くなるこの時期、
体調を崩す心配が先でしょう?
とはいえ、がみがみしかりつけるのも逆効果だってわかったから
自発的に、あの子達で冬服の準備を始めるようにうながすわ。
具体的には──
褒めて伸ばせばいいのかな?
でも、よくできましたってなでなでしてあげてるけどな。
しかも、おそらく懐柔するには最難関の吹雪は
こちらを説得にかかってくる強敵。
褒めてどうなるものでもない、
むしろこちがら吹雪の流儀に取り込まれそう。
自分が最も快適な服を選ぶべきではないかって。
でもね。
いくら吹雪自身が平気だからって、
夏そのままの薄いワンピース一枚はさすがにね。
朝方、このごろ日に日に冷え込むようになってきたわねと思いながら
ああ吹雪じゃないの、おはようってまだしゃっきりしない顔で挨拶を返したら
朝の寒さをまるで感じさせない軽装に、思わず二度見っていうことが
10月になってから、もう何度もあるのよね。
吹雪だって、体調を崩すときはあるんだから
せめてもう少し軽い上着でも着ればいいのに。
服装の意義について議論を始めると、
服は自分に合わせてふさわしいものを選ぶようにできているって
理屈は吹雪のほうにあるように思えてくるのよね。
服飾の専門家は蛍ちゃんがいるから、任せるのが本当かもしれないけれど
知らない顔なんてできないし。
家族の健康を気遣わないなんて、やっぱり何か違うんじゃないかな。
余計なお世話になっているかもしれないけれど
別に、鬼じゃないはず。
でしょう?
どうなのかな。

下僕も、衣替えは進めてる?
これから冬を迎える準備はできた?
もし、まだ手付かずだからって
小雨ちゃんに手伝わせるようなことはしないでね。
刺激が強すぎると思うから。
私は別に、麗ほど男に偏見を持ってはいない。
怖がるなんてとんでもない。
男なんてたいしたことない。
あなただって、せいぜい下僕がいいところ。
でも、そのへんを小雨ちゃんたちに理解しろと要求はできないもの。
なんだったら、私なら手伝ってもいいけど。
男に幻想も何も持ち合わせていないから
ちゃんと、サボっているときはきっちり叱りつけてあげる。
よくできたら、なでなでしてあげてもいいわ。
よしよしって。
あなただって家族の一人なんだから
ずぼらな性格のせいで体調を崩したりしないようにね。

着替えの用意がいろいろ大変なこの時期に
いやがらせみたいにハロウィンまでやってくる。
私の衣装なんて、魚座だから半魚人だって。
いくら今年は12星座に合わせてみたいからといっても
それはね……
青空のタコちゃんも、魚類っていうのか……かわいいけど。
まあ、下僕よりはマシよね。
蛍ちゃんが、お兄ちゃんは特別にしたいからと
最もまぶしい天の星、シリウスから姿をとって
狼男になってほしいそうよ。
男は狼ね。
この下僕には、ちょっともったいない称号じゃない?
狼なんて。
似合わないんじゃないかな。
もう少し時間があるから、考え直してもらうように要求しようかしら。

あまりにも子供っぽすぎるイベントだし、
積極的に参加する気もなかったんだけど。
夕凪が小さい子たちに教えているの。
トリックオアトリートはマホウの呪文。
となえるとお菓子がもらえる、一日限りのマホウ。
私が子供のときは、ハロウィンなんてまだ定着していなかったから知らないけど。
そんなに夢があるものなのかな。
きらきらした目で
たかがお菓子くらいで。
いつもいっぱい食べているから
別に満足していないわけではないでしょうに。
そんなに楽しみにできるものなの?
わからないな。
台風の影響で、しばらくは天気が不安定。
ハロウィンはまだ先だけど、もしかしたら中止もありえるわ。
私は別にかまわないんだけど
楽しみにしている子がいるから、本当に中止になったら複雑だな。
それに、苦手なイベントがなくなりました、安心しましたっていうのも
逃げてるみたいでかっこ悪い。
参加するかしないかは、私で決めさせて欲しいというか
少なくとも、天の神様が好きにしていいようなことじゃない気がする。
小さい子たちを見ていたら、そう思う。
今年くらいはハロウィンがあってもいいというか
なるべくなら、それが本当だろうっていうか。
当日に私がどうするかは、天気じゃなくて私が決めることのはずよ。

氷柱の偽日記

『いきものだから』

えっと。

何から話せばいいのか
わからないけど。

なんか、今度はマリーが書きたいことがあって
日記の順番を回して欲しいと言ってるの。
そりゃ、私はうまく書ける自信がないから
まだあんまり書きたくないけど。
でも、このままだとまた
私の番がどんどん後回しになって
いつになるかわからなくて。
だから今度は譲らなかった。
わがままじゃない。
前から、私の番って決められていたから。
いくら私自身が後回しにしたくても
決まってしまったから。

みんな、日記に書きたいことがたくさんあるのね。

マリーは今度の運動会で
音楽に合わせて踊るって。
さくらのチャイナドールより複雑な、年長さん仕様。
自分でも一部の振り付けを考えたって、自慢げ。
練習をあなたに見てもらいたいみたい。
立夏もダンスが得意だから、一緒に練習してあげている。
少し前に日記を担当したばかりだけど、今度はマリーの日記にかこつけて
自分のことをお兄ちゃんに知ってほしいって。
もっといろいろ知ってほしいって。
ちかごろはふたりとも、ダンスがノリにノってきて
ナウなヤングはディスコでフィーバーと踊っている。
流れるトワイライトゾーン。
いくらなんでも、幼稚園だし
そんな音楽に合わせて踊るわけではないのに
変なのやっていて大丈夫なのかしら。

って、そんなこと言いたいわけじゃないの。
そんなことのために、今日の日記を書こうとしたわけじゃない。

今回はもう、誰にも日記の順番を渡したくなくて
それで始めた見切り発車だから
うまくできないと思う。
絶対、大事なことを言えないに決まっている。
今回は貸しにしてもらって
いつかそのうち、って約束でもできれば
それでいいかと納得したかったんだけど。
私にしては、それだけでもじゅうぶんがんばったんじゃないかって。
でも、ここでまたそんなことをしたら
いつもいろいろもらってばかりだから
そのうち返せなくなる。
一緒にいるだけで、どんどん増えていく。
家族になってから、私だけ一方的にもらっているもの。
私があなたにあげられる以上に
たくさん、毎日。
気がついたら、数え切れないほどだった。
もらったものを返さなきゃいけない決まりなんてない。
わかってる。
わかっていても、自分が対等になれないなんてなんとなく認めたくない。
ゆうべは変な夢を見てベッドから落ちそうになったわ。
鈍感で恥を知らないあなたが
恩知らずにもどこかに行ってしまって
いつか、っていう約束が私にはもう二度と果たせなくなる夢。
変な夢を見るなんて
よっぽど心につかえているものがあるからだわ。
だから、今のうちに言っておく。

私、嘘をついた。
あの写真がクラスで選ばれたから
自分ではそんなつもりじゃないのに
そのせいで言えなかった、なんて。
嘘だった。
私もあの写真が良かった。
さりげなく候補に入れておけば、クラスのみんなも見つけてくれると思っていた。
何も変な写真じゃない。
どうってことのない普通の風景。
でも、わかってもらえる気がしていた。
これといって変わったものじゃないし、こっそり発表すれば
何も起こらないと思い込もうとしていた。
家族のみんなにもバレないで済むくらいの
地味な展示でそれっきり。
そんなわけない。
写真を見たら、誰にだって絶対に
私の気持ちがわかると思った。
たくさんの人に見てもらって、
見た人全員にわかってもらいたかったの。
こんなことはこれからもずっと家族には言えないけど、
私が自慢したい家族なんだと、写真を見た人にはわかってもらえると思った。
カメラを向けられたら、ついうっかり笑顔になってしまうのは
さくらだけじゃない。
あの時は、虹子が楽しそうに歌っていた。
一緒に歌って踊る夕凪も、カメラを向けたらにこーって。
まったく単純な子ばっかり。
カメラの何がそんなに嬉しいのかしら。
私は嬉しくもおかしくもないときに
カメラくらいでは笑わない。
あなたはあの時、カメラに気がついていなかったみたいね。
シャッターの音でこっちを向く前から
ずいぶん嬉しそうにしていた。
世の中にこんなに嬉しいことがあるのか、みたいな。
しまりのない顔で
ニタニタと
あふれる嬉しさをどうしても止められない、
そんな笑顔。
人間の表情筋って、こんなにも崩れるものなのね。
気がついてる?
いつもあなたがそんな顔をしていること。

私は、
あなたをそんな顔にできるうちの家族を
誇りに思う。
たいていだらしのない顔をしているあなたを
そうなるのも当たり前なんだし許してあげてもいい。
それから、いくら嬉しいときでもそこまで変な顔で笑うことなんてない
自分を知っている。
私は、あなたに負けないくらいどんなときでも
こんな気持ちにしてもらっているのに。
私の家族たちに。
よく変な顔で笑っている家族でも。

私は、それを写真に撮れて嬉しかった。
他の人に見せて、自慢したかったの。
誰彼かまわず、
世界中の人に見てほしかった。
ちょっとでいいから
私がどんな生活をしているか知ってもらいたかった。
黙って発表したことは謝るわ。
ごめんなさい。
でも、許可をもらうには
どうして私がこの写真を選んだのか
特に被写体の人には必ず説明しないといけない。
絶対そんなこと言えるわけなかった。
だから、クラスメイトに選ばれて仕方ないからと
言い訳できる環境を整えた。
今、私が同じ状況になってもそうするに違いないわ。

私も毎日、
日記に書きたいことがある。
でも書かない。
麗みたいに、思ったことを上手に書けなくて逃げたいわけじゃない。
自分が何を考えていて、どう伝えればいいのかわかるわ。
ただ、そうすることが怖いだけ。
知られてしまうなんて耐えられない。
私の気持ちを伝えるなんて
そんなの我慢できるわけがない。
別に、言ったらいけないことを考えているわけじゃないのに
あのときはできなかった。
今もできない。
これからだって、ずっとできないに決まってる。
でも、
もし万が一、
人間、生きていれば
この先何があるかわからないから。
けどまあ、あなたは単純だから
今の気持ちが変わったりしないし
主人に対する感謝の気持ちを忘れることもないわよね。
下僕だから。
私が下僕だって言ったんだから
間違いないの。
それなのに、
焦ってしまって、早く言わないといけないなんて
私は何を考えていたのかな。
やっと優しい主人にめぐり会えて
ささやかな一生を捧げる決意をした下僕が
この家を離れることなんてあるわけないのにね。

海晴姉様に頼まれて、
写真の腕はまあそれなりだからと
幼稚園の運動会で、撮影を担当することになったの。
ご主人様が大仕事を任されたんだから
下僕も全身全霊でサポートするように。
ずっとあなたは下僕らしく
ご主人様から離れたらいけないから。
そんなことをしたら、すさまじいお仕置きをして躾けなおすわ。
世界のどこにいたって必ず捕まえて
下僕に本当にふさわしい態度を骨まで叩き込んであげる。
いいわね。
その単純な頭でも、ひとつ覚えるだけならできるわね。
あなたは生まれながらにして私の下僕。
これからもずっと。
ご主人様がどんなことをしても。
あなたにこれからどんなことがあっても。
何があっても、忘れないで。
私から離れないこと。
あなたは下僕で、そうするのが当たり前なんだから。
これは命令よ。
主人の命令は絶対よ。

氷柱の偽日記

『体育祭の練習』

次の土曜日が体育祭。
準備期間は、残すところあと一日。

ところが、日曜日は文化祭なので
そちらの準備も一日かけてまとめないと。
体育祭の後にまだ準備をしているような無計画な連中が
ときどきいるらしいのよね。
霙姉様が心配していたわ。
そんなバカがいたら困るって。
霙姉様は、バカまでは言ってなかったけど。
でも、言いたくなるんじゃないかな。
無茶な予定を立てたって
できるわけないのにね。
そりゃまあ学生のすることだから、
なにもかも計画通りに動くとは限らないわ。
年に一度の学園祭だから張り切って
無理をしがちなのもわかる。
でもね、
できないものはできないんだもの。
人間、腕を羽ばたかせて空を飛んだりできないのと同じで
無理なものは、無理なの。
そうよ、
いくらなんでも
家族に許可を取るとか
そんな簡単には無理だし
言わなくたってなんとなく
わかってくれなきゃ。
言わないで伝わる気持ちなんてなかなかないものだって知ってるし
そんな甘えているような年頃じゃないのもわかっているわ。
でもだからって、なんであの写真が選ばれたのかって話であって
そうなると私だって言えないし。
特進クラスだって、
結局は身も心も女子中学生なのよ。
ちょっと勉強ができるだけで
機械みたいに理性的になんてなれない。
と、これは関係ない話。
まあ、文化祭の準備を体育祭の開催まで持ち越しても
うまくいかない場合が多いと
霙姉様たち生徒会も、ことあるごとに
手を変え品を変え伝えようとしてきたから
みんなわかっているでしょう。
準備が終わらないような心理状態では、体育祭に参加できない。
激しい運動の後にまだ準備しようっていうのも無理がある。
だから明日のうちにちゃんと文化祭の準備を終えて
全校生徒がベストコンディションで体育祭を迎えられるよう
早めに就寝するのが、木花の生徒のたしなみよ。
だから明日には、ジーン・シモンズもついに準備を終えていると思うわ。
もしかしたらもう地獄からやって来ているかもね。

せめて、文化祭が先なら
疲れる運動を後回しにできて
ぎりぎりまで準備期間を使えるのに!
という声は、生徒会にも届いているようだけど
木花の学園祭は、文化祭のほうも相当のものらしいから
別に順番が入れ替わっても変化はないって。
だったら、体育祭が先のほうが適度なメリハリがあって
生徒も気持ちの準備がしやすいから、この順番になっているみたい。
海晴姉様が入学したときに、もうすでにそんな話でまとまっていたと聞いたわ。
そこまで言われるような
伝統の文化祭って一体。
私も小さい頃から遊びに行ったり、去年は自分でも参加したけど
そんなだったかな。
一年生だから、やることなすこと初めてだらけで
夢中で言われるままにやっていたら過ぎて行ったような感じだった。
思い出すと確かに、先輩たちはかなり
張り切っていたような光景が浮かぶわ。
海晴姉様はアイドル衣装だったような。
いえ、これはきっと、単なる悪い夢と混同しているのね。
去年の記録写真にも残っていたって
そんなのは何かの間違い。
むじなでも出たのよ。
何か化けるやつが。
こんなのが生徒会長の伝統になって
もしうっかり私の代まで天使家の生徒会長が続いているようだと困るから
最悪でも下僕がヒカル姉様を止めてよね。
そんな心配は先の話か。
結構パワフルな文化祭になるわよ。
気を引き締めてかかること。
もちろんその前に、体育祭もしっかりやるのよ。
下僕とはチームが違うから
変なことを始めたりしても私が止めるわけには行かないのはちょっと不安。
そこは、余計なことをする気がすっかりなくなるまで
私たちの白組が叩きのめしてやるから
それでよしということにする。
歯ごたえのある戦いにならないとつまらないから、本気でかかってきて。

体育祭の準備ができるのは
実質的に今日が最後。
午後は全校で校庭に繰り出して
最後の合同練習、と言っても
入場行進の練習やら
開会式の段取りやら
こまごまとした確認が主な目的。
そんなつまらないもので練習時間が減るのはなんだか理不尽な感じ。
中学や高校になってまで、
体育祭に保護者が応援に来るなんて
あーあ、
そんなことされたら
子供みたいに
活躍しなきゃ!
っていう気持ちがちょっとしてきてしまうじゃない。
我が家では、私と同じ白組のメンバーは
霙姉様と立夏、それから私で三人。
なんだかパン食い競争に強そうな面子が揃ったわね。
別にそこばかり狙って得点を稼ぐわけではないからね。
白組には、ヒカル姉様をはじめとして有力選手が何人もいる。
そういう場合は2位でもいいから、得点を狙って
チームの勝利に貢献してほしい。
これは私の案だけど、霙姉様がリーダーみたいなポジションだから
その口から白組全員に伝達が行き届いている。
白組にいる有力選手は、なるべく参加する競技を分散して
同じ競技なら、組分けを別にして
細かく全体で得点を狙っていく作戦。
運動が苦手な人たちも、少しでも上を狙って得点をかき集めて。
今回は個人の勝敗ばかりではなく、チームに参加する気持ちでいてほしい。
最後に白組の全員が、自分たちのつかんだ勝利を喜びたい。
もちろん、ただの学生の体育祭だし、
別に勝つことばかりが目的じゃないってわかっている。
ただ、やるからには、本気で勝利を狙ってみたいから。
このくらいしないと、ヒカル姉様を相手にして勝てるなんて思えないもの。
できることは全部してみたいの。
私だけの努力じゃなくて、白組が一丸となって戦わないといけない作戦。
知恵を出したのは私だけど
参加するときは、勝利を目指す一人の生徒。
トップで指揮する霙姉様だって、運動場に立てば
白組のために戦う、ただの生徒。
こう見えても私たち、運動神経はまあまあだから。
敵の強さは充分にわかっている。
本気で挑んでも叶わない相手でも
個人の力だけが体育祭の勝敗を決めるわけではないと
思い知らせてあげる。

下僕も、今日はしっかり練習したでしょう?
後で言い訳なんてしても、聞く気はないからね。
正々堂々、打ち負かしてあげるから
本気でかかって来ることね。

それから、明日には文化祭の準備も
心残りがないように仕上げないと。
あの、文化祭の当日になっても
私のクラスの展示には来なくていいから。
家族みんな、出し物を回る予定がたくさんで
忙しいみたいだし。
私のところはいいのよ。
本当にいいからね。
わかったわね。

氷柱の偽日記

『おに』

立夏の勉強に付き合う理由は
根気強いからじゃない。

優しくもない。
そりゃ、立夏のためだからっていうのは
間違っていないけれど。
励んだ分は立夏の力になるんだから。
でも、それが一番の目的じゃないことは
わかってる。
立夏の頭がどれだけ進化しようと
たいしたことはないから
私は興味ないんだし。

ただ単に
気になるだけ。
計画的にやればすぐ終わるっていうのに
ぎりぎりまでねばって
限界まで放置できるラインを探して
なんで
やらない。

あとは私が監督をしなくても
本人のやる気次第でどうにかなる量が
残っているだけ。
最後まで付き合う義務もない。
残り少ない夏休み、
立夏は放っておいて
短い時間だけでも
小さい子たちと付き合う選択肢もありだし。
ちょっとまとめて時間をとって
難しい読書に熱中してもいい。
それから、あまり得意じゃないけれど
蛍ちゃんがもう少し宿題に集中するために
食事の支度は、手伝うくらいならできる。
一応、掃除の当番は数日だけという話し合いで
蛍ちゃんと交替している。
下僕は洗濯が好きみたいね。
特に、取り込んで
たたみながら仕分ける作業が
たまらないみたいね。
整理整頓が趣味っていうタイプには見えないけどな。
まあ、働き者なのはいいことね。
大家族に必要な労働力に
自分から名乗り出るのは感心ね。
これからも励んでいれば
ご主人としては気持ちよく褒めてあげられるわ。
よしよし。
そういうことだから
することがなくて立夏を見ているわけじゃない。
やっぱり単純に、あの子の宿題の進行状況が
気になるだけなの。
おせっかいなのかもしれない。
だらしないと手を出したくなるだけかもしれない。
後で手伝うのが嫌だから叱っているだけかも。
まあ、
たまには少しくらい落ち着きを覚えたほうがいい
立夏だからって
悲しい顔なんてあまり見たくはないけど
でも、そうせずにはいられないな。
悲しませるのが目的ではないのに。

まったく。
なんで今までやらなかったんだろう。
予定にない宿題が出てきたって
それまでにちゃんとやっていれば、困らないですんだはずよ。

趣味じゃないのに
なんとしても
立夏を机に縛り付ける形になってる。
そんなに言うほど厳しくはないわ。
予定で決めた勉強の時間だけよ。
本当はもっと見張っていたい気持ちは
抑えてる。
だから結局
鬼みたいだからなのよ。
相手がつらいとわかっていても
叱らないとって思うのは。
どうせ私は
牛の頭か馬の頭をして
悪い子には金棒を振り回して見せる存在よ。
みたいなことを蛍ちゃんに言ったら
体の一箇所をじっと見つめながら
でも牛娘には何かが足りないような気がする、だって。
いったいどういう意味なのか
私には全然わからないわ。
だいいち、私はまだ成長する希望があるから。

それでね。
立夏の宿題を手伝ったらだめだけど
あんまり厳しくして逃げてもいけないから
立夏の大好きなオニーチャンとして
息抜きくらいはさせてあげてくれる?
応援するなら
立夏みたいに元気なチアガールで
ポンポンを振ってあげたらいいのかな。
もちろん、下僕が。
って、なんて想像させるのよ!
私は普段から応援って柄じゃなくて
あんまり思いつかない。
うるさいときの立夏は
もうちょっとなんとかならないのかなって思うけど
あんまりしぼんでいても、こっちとしては調子が出ないな。
よくできたら、もうちょっと褒めてあげたらいいのかな。
いやいや机についているわりに
このところは、立夏にしてはがんばっていると思う。
でも、いままでほったらかしにしていたのが悪いのに
あんまり褒めるのは違うかな。
といって、このくらい当然でしょ、
じゃあやる気がでないのはわかっているんだけど
サボっていた宿題を済ませたからってあんまり持ち上げても
まじめにやっていた他の子に不公平になる気がする。
何かしてやれないかな。
誰かがチアで応援したらいいのに
そういうの得意そうな蛍ちゃんと立夏ちゃんが
今年は応援される子。
海晴姉様が張り切りはじめる前に
この話題は切り上げておきましょう。
甘いものでごほうび、というのは
私が作ったものでは誰も喜ばないし。
あ、思いついた。
春風姉様に相談したら、何かいい知恵がもらえるかも。
下僕に相談してる場合じゃなかったわ。
まあ、気が向いたら立夏のこと見てやってね。


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